第19話


 八


 

 理解が遅れてやってくる。

 まるで、稲光のあとにやってくる雷の音のように。


「こ、殺した? え? 彩花って城戸だよね? 死んだって何?」


 高柳は顔を怒りに染めているだけで答えてくれない。周囲のメンバーも同様に言葉を発することができないでいる。そんな中、樽井会長が会長という立場を全うするかのように、口を開いた。


「ええ、死んでたのよ。池の中で。今もまだあそこに彼女は浮かんでいるわ。た、助けようとはしたのよ。でも池が深くて水質も低いしで、とてもじゃないけど彼女の元まではいけそうになくて……」


 池とはあのクリスタルポンドのことだろう。

 その池に、死んだ城戸が浮かんでいる――らしい。


「……ぷっははははははっ」


 渇いた笑い声が自然と出る。

 面白くもないのに笑えることができるのを今日、俺は知った。


「……裕司、何笑ってんだよ。彩花が殺されたんだぞ」

「はぁ、もういいって。そういうの。本当にもういいって」

「なんだと? もういいってなんだよ。彩花が殺されたのがどうでもいいってことなのかよっ」


 高柳の怒号をさらりと躱すと、俺は樽井会長を睨みつけた。


「会長、いつまでこんなこと続けるんですか? 城戸が死んだ? 池から出てきたジェイソンにでも殺されたんですかね。ハっ、この後に及んでそんなこと信じるわけないじゃないですか」

「串田君、聞いて」

「今度は俺に何を求めているんですか? 城戸が死んで俺がどんな反応を見せるかですか? それとも城戸を殺した殺人鬼に俺と〈表現ゲーム〉をさせて、また皆で嗤うんですか? いい加減にしてくださいよ」

「そうじゃない。これは――」

「もう俺を騙して遊ぶのは止めてください。物事には限度ってものがある。これ以上、俺を怒らせないでくださいよ。こんな趣味の悪いくだらないことを続けるなら、俺は映研なんて止めてや――」


「聞きなさいっ、串田君っ!」


 樽井会長の大喝一声が部屋に響く。

 あまりの迫力に俺は続く言葉を呑み込んだ。同時に確信が大きく揺らぎ、一滴の墨汁が澄んだ水を濁すかのように、あらぬ想像が頭を侵食し始めた。


「……本当なんですか。城戸が殺されたっていうのは……?」

「紛れもなく本当よ。城戸さんが死んだのは事実なの」

「そ、そんな……一体、誰に」


 殺されたのか――という疑問がある一方、それが仮に事実ならと、俺は別の疑問を覚える。

 高柳はなぜ、誰かに殺されたと断定したのだろうか、と。


「もう一度、ちゃんと事故の可能性も検討したほうがいいんじゃないですか。誰かが殺しただなんて私は考えられません」


 その疑問を鳴河が、変わりに述べてくれた。

 問われた高柳が、キッとした視線を鳴河に向ける。温厚な彼とは思えない鋭い目つきだった。


「言った筈だろ。彩花は、あの池は汚いから絶対に近寄りたくないと言っていたんだよ。だから近づいて足を滑らせたとか、そんな事故の可能性なんてないんだよ」

「用を足すためかもしれません。最初から汚れている場所なら気にすることもないという精神構造が、城戸さんに本来はしない行動を起こさせたのかもしれません」

「それは絶対にない。彩花はきれい好きなんだ。例えトイレだったとしても、それは絶対にない。彩花は殺された。これが絶対なんだっ」


 高柳の言う通り、城戸には、嫌悪感を抱く対象にはどんなことがあっても近づかないというイメージがある。仮に用を足すとしても林の中でするだろう。罪悪感の免罪符として池を選ぶなんていう優等生的発想をする女でもないはずだ。


 しかし高柳は、自分が城戸を彩花と呼び捨てにしていることに気づいているのだろうか。

 何度か距離の近さを思わせる言動が気になっていたが、おそらく親密な関係なのだろう。今まで隠していたのは、メンバー同士の色恋が映研の活動の支障になると判断してのことなのかもしれない。


 どうやらほかのメンバーに、高柳と城戸の関係に言及する者はいないようだ。俺もとりあえずスルーすることにした。


「じゃあ、誰なんすか? 城戸さんを殺したのって。殺したってことは犯人がいるんすよね?」


 天王寺が至極当然のことを言う。


「もちろんだ。そして俺はその犯人の目星がついている」

「ほ、本当っすかっ? 誰なんすか、それ? 教えて――」

「ちょっと待って、天王寺君」


 鳴河が天王寺の言を遮る。天王寺が黙ると彼女は高柳を見て先を続けた。


「高柳さんの今の言い方ですと、ここにいるメンバーの誰かが犯人というふうに聞こえるのですが、そうなのですか? 外部の人間は除外しているのですか」

「ああ、そうだ。外部の人間じゃない」

「その根拠は?」

「犯人足りうる動機と状況証拠を有している奴が、この中にいるからだよ」


 なにやら展開がミステリの様相を呈してきた。ミステリ小説ならば今まで一回も出ていなかった外部の人間が犯人などもってのほかだが、これは小説ではなく現実である。その現実世界でメンバーに犯人がいると言い切るのは、よっぽどの確証があるに違いない。


「健、教えろ。それは誰なんだよ」


 俺が聞く。


「その前に」高柳が制するように手のひらを俺に向ける。「俺はそいつに名乗り出てほしい。罪の意識があるならば、この場で名乗り出てほしい」


 高柳がメンバーの全てに目を向ける。

 誰一人として名乗り出る者はいなかった。


「もう一度言う。彩花を殺した人間はこの場で名乗り出てほしい」


 しかし同じだった。

 黙したメンバーは、ほかのメンバーの動向を探るような仕草を見せるのみだった。


「そうか。分かった。罪の意識も反省の色も微塵もないってことなんだな。じゃあ、お望み通り糾弾してやるよ」


 高柳がカーテンを開け、光を取り入れる。まるで糾弾した相手のうろたえた表情をしっかり見るかのように。


 目を瞑る高柳。やがて開いたとき、タカのような眼光と伸ばした指先を俺の後ろに向けた。

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