第15話
六
「はい、カットォ!」
俺の悲鳴と混じり合うようにその声は聞こえた。頭をザクロのように砕くはずのマチェットは降りてこず、五秒ほど固まったままでいると、やがて恐る恐る目を開けた。
気配を感じた右側へと顔を向ける。するとそこには、死んだはずの樽井会長が出っ歯を剥き出しにして満面の笑みを浮かべていた。
「か、会長? え? なんで……え?」
「良かったっ。良かったわよぉ、串田君。さいっこーにグッドな恐怖が伝わってきたわ!」
樽井会長は両手の親指を上げて、高速で上下運動を繰り返す。
「いや、会長、死んだんじゃなかったんですか? あれぇ?」
死体を見たわけではない。しかし城戸の死体と高柳の生首がある以上、状況的に樽井会長だって死んでいるはずなのだ。なのにその樽井会長が今頃になって表れたかと思うと、映研のノリそのもので、存命っぷりを見せつけてくる。全くもって意味が分からなかった。
「なによぉ、鳩が豆鉄砲食らったような顔しちゃって。……って、当たり前よね。映研の皆で串田君に〝ドッキリ〟をし掛けてたんだから。でもおかげで、殺人鬼物で、ワンカットで、生放送っ、の私史上、最高のホラー作品ができあがったわ」
あ、生放送じゃないわね、とペロッと舌を出して訂正する樽井会長の口にした〝ドッキリ〟。
その〝ドッキリ〟とはあれだろうか。出演者を騙したりイタズラを仕掛けたりして、その出演者の反応を楽しむ手法の。
もしそうだとしたら城戸も――と、オカマ系会長とは逆の方向に顔も向けると、そこには立ち上がってこちらにカメラを向けている城戸がいた。
「カットはしましたけど、まだ撮ってますよー。ドッキリって判明したあとの顔って大事ですからね」
「城戸、お前も生きてたのかっ? やっぱりこれ本当にドッキリなのかよ……?」
ドッキリが事実かどうかを城戸に問う。事実だと首肯する城戸に、お前は斬られていなかったかと聞くと、渋谷系ギャルの撮影係はスマートフォンを取り出して何やら操作。そして音量を上げた。
ザシュッズシャッと肉を斬るような音が聞こえる。それは殺人鬼が城戸に斬りつけていたときと全く同じ音だった。
「ユーチューブからダウンロードした、人を刃物で切りまくる効果音でーす。これを鮫島さんがマチェットを振り下ろすタイミングで再生したんです。めっちゃ痛そうですよね。足の痙攣とかもそれっぽくやってみました」
拘束されている俺の視界が限定されているのをいいことに、城戸はしたり顔で何も知らされていない俺を嵌めていたらしい。カメラもずっと、後ろから俺と殺人鬼に向けていたのだろう。
「ぶん投げられたのはマジでして、それは普通に痛かったんですけどね」
などと城戸が言っているがそんなことはどうでもよくて、俺は〝鮫島さん〟なる人物が気になってそいつは誰だと聞く。すると城戸が樽井会長のいたほうを見て、この人ですと言った。
振り返ると、鼻を突き合わせる距離に高柳の生首があった。
「うわあああっ! ち、ちょっとっ、なん……あれ?」
薄汚れた鏡越しでは本物に見えたのだが、近くでよく見るとそれは作り物であることが明かな生首だった。やはり高柳も死んでいなかったらしい。
「石粉粘土製だ。樽井の知り合いのキャラクタークリエイターが作ったらしいんだが、よくできているだろう」
「は、はぁ」
生首を持つ殺人鬼が喋る。この殺人鬼が城戸の言った鮫島さんだという。幾分、声の野太さが軽減されているが、演技として敢えて出していたのだろう。ところで映画研究会にこの鮫島というメンバーはいない。一体誰なのだろうか。
「おっと。俺が誰か分からないという顔をしているな。ちょっと待ってくれ」
俺の疑問を察した鮫島さんが、化粧マスクをを取り外す。
その顔は、山に登って二週間籠ってましたといった感じの浅黒く髭が生えたものだった。年齢は三〇代前半くらいだろうか。高柳を超える大柄な体格もあって、殺人鬼でなくともなかなかの威圧感である。
それはさておき、マスクを取って顔を見たところで俺には初見の男だった。
「串田って言ったか。初めましてってとこだな。俺は映研のOBでな、樽井の奴から殺人鬼役でのオファーがあって、それでターゲットであるお前に最大級の恐怖を与えてくれって頼まれたんだ」
「そ、そうなんですか。……そう、なんですかぁ」
ここにきて激しく脱力する。無論、それは緊張感と恐怖からの解放によるものであり、ドッキリを仕掛けられたという怒りすら封殺した。それほど鮫島さんの扮する殺人鬼は堂に入ったものだったのだ。
まるで過去に、本当に人でも殺しているのではと思うほどに。
ところでオファーと聞いて、俺は薪の収容小屋で樽井会長と会ったときのことを思い出す。あのとき樽井会長は誰かと電話で話していたが、もしかしたらその相手が鮫島さんだったのかもしれない。
樽井会長の態度と〝お願いします〟という言葉から、実行間際の確認の電話だと推測する。だからこそドッキリの相手である俺に背後から声を掛けられて、樽井会長はあのような反応を示したのだろう。
「口、大丈夫か?」
「え? 口とは……?」
「マチェットの柄、思いっきりぶちこんじまっただろ。痛かったと思ってな」
それを聞いた瞬間、さきまでそれほど気にしていなかった口の痛みが鮮明になってきた。特に軟口蓋あたりの痛みが顕著だ。柄の先端が何度も当たっていたからだろう。
「そ、そうですね。ちょっと、痛いですかね」
「悪かったな。嘘くさくちゃいけねーと思って、ついな。あんたが抵抗しなかったら、もしかしたら喉を破壊していたかもしれねーな。がはは」
がはは、じゃねえだろ。
ぞっとすることを平然と述べる鮫島さん。撮影中、常軌を逸した異常者の雰囲気を終始醸し出していたが、もしかした元々、この男に備わっている性質なのかもしれない。
つまり、鮫島さんは――。
と、そこに鳴河が来る。イモ女は鮫島さんからマチェットと高柳の偽生首、そして化粧マスクを受け取ると俺をチラリと見る。すると、お疲れ様ですと会釈をして去っていった。
話し掛ける間もなかった。一瞬、冷笑が見えたような気がしたが勘違いだろう。
――おそらく。
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