はい、カットォ! ~そして廃キャンプ場から誰もいなくなった~
真賀田デニム
第1話
次は
そうなったとき、自分を抑える術はもうないだろう。
でもそれでいい。いつまで続くとも分からない悪夢に終止符を打つときがきたのだ。
許さない。決して奴らを許さない――。
一
デスクの斜め前にある、キャスター付きの木製スタンドミラー。
その鏡越しに、ひび割れて色の褪せた化粧マスクを付けた男が見える。
自らを〈ウェバーの亡霊〉と名乗るその男に現在、俺は十畳ほどの部屋に監禁されていた。
窓はある。が、茶色いカーテンで塞がれていて、僅かに通り抜けてくる斜陽の橙色が屋内の埃を浮かび上がらせているのみ。そんな薄暗い空間の中で俺は、〈ウェバーの亡霊〉にとあるゲームをさせられていた。
ゲームの名前は〈表現ゲーム〉といい、〈ウェバーの亡霊〉が口にした決まり文句を使って、時間内に文章を打ち込まなければならないというものだ。
打ち込むのは〈モジノラクエン〉という小説投稿サイト内の、作者の近況や呟きを書き込む自由帳欄。そこで書いた文章を別のユーザー、〈審判者〉がチェックして合格と判断されれば、俺は生を噛みしめることが許されるのだ。
〈モジノラクエン〉は小説投稿サイトであるので、当然パソコン、あるいはスマートフォンで文字を書くことになる。用意されているのはノートパソコンであり、それは俺を拘束している木製の机の上にあった。
そう、俺は監禁どころか拘束されているのである。机の両端の足から伸びた鎖によって両手首、そして両足首を。更に言えば、腹部と首も同様に動きを制限されていた。
満足に動くのは手首から先だけという状態での、強制的な〈表現ゲーム〉。絶望感の漂うこの状況で俺はすでに四つの文章を作り上げ、〈審判者〉の合格をもぎ取っていた。
〈ウェバーの亡霊〉が言うには、次の五つ目の決まり文句に対して適切な文章を作り上げることができれば、俺を解放するとのことだった。
下を向いていた〈ウェバーの亡霊〉が顔を上げる。マスクの中で唯一見えている両目が鏡越しに俺の目を見据えた。くぐもった声を口の小さな隙間から吐き出す。
「
「……それが決まり文句か」
「そうだ。始めろ」
〈ウェバーの亡霊〉の開始の号令と同時に、頭上からウイィンと連続的な機械音が発生する。それは電動
作り上げた文章が制限時間以内に〈審判者〉から合格とされなければ、頭部を真っ二つにするという世にもおぞましいギミックだ。
俺は汗ばんだ手を一度握る。開き、キーボードに乗せた。
やがてできあがった文章は、
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【串田】
俺は最初、何の疑いもなく、その宝石を本物だと思っていた。その宝石の輝きが、目を眩ます程だったからだ。しかし、矯めつ眇めつ眺めていた友人が言うには、間違いなく偽物とのことだった。俺は怒りを露わにすると、その宝石を買った露天商へと向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「投稿したぞ。早くスイッチを切ってくれ!」
文章を作り上げて投稿した時点で一度、電動丸鋸を止めるというルールだ。〈ウェバーの亡霊〉はスイッチを切ると、無言で立ち上がる。俺の横に来るとパソコンのモニターに目を向けた。
「ふん。駄目だろうな、これは。お前、本当に小説家か?」
〈ウェバーの亡霊〉はマスクの口元を揺らした。
「なぜだ、何がいけないっ? 矯めつ眇めつの意味は〝色々な方向から念入りに見る様子〟だろ? 使い方は間違っていないはずだ。それに文字数だってあんたのルール通り、一〇〇文字は超えている!」
「洗練された文章であること。……それもルールだ」
意味を正しく認識して書くこと。
洗練された文章であること。
一〇〇文字以上書くこと。
これが、〈ウェバーの亡霊〉が〈表現ゲーム〉を行うにあたって俺に提示したルール。〈ウェバーの亡霊〉は、その〝洗練された文章であること〟という項目に対して駄目だと言ったのだ。
「どこがどう洗練されていないんだっ? 今更、読点が多いとか言うつもりじゃないだろうな? 最初からずっとこんな感じだったぞ!」
とそこで、サイト右上の通知アイコンが〈審判者〉からのコメントが入ったことを知らせる。〈ウェバーの亡霊〉がなんと言おうと、〈審判者〉が合格とすれば合格である。俺は通知アイコンをクリックする。
〈審判者〉はしかし俺の祷りを一蹴した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【審判者】
不合格。友人になぜ、宝石の真贋(しんがん)を見極める審美眼がある? 違和感がある。洗練されているとは言えない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
〈審判者〉の指摘した通りだ。友人が何者かであるか明示されていないと、その審美眼に説明がつかない。
「そ、それは、書き忘れたんだ。友人ではなくて宝石商の友人だっ。書き直す、だから――」
「駄目だ。できたと言った以上、書き直しは許されない。また新しい文章を最初から書け」
有無を言わさぬ口調の〈ウェバーの亡霊〉が手に持っていたスイッチを押し、後ろへと下がる。二度と聞きたくなかった電動丸鋸の作動音が耳朶(じだ)を打ち、俺は身を震わせた。
テーブルに置かれた電動丸鋸と連動した時計を見れば、残りの時間はちょうど一分三〇秒を下回ったところだ。不合格からくる動揺、且つ音量を上げていく電動丸鋸が集中力をこそぎ取る状況下であれば、その時間はあまりにも短い。そこに書かなければならないという焦りも加わればもうお手上げだ。
気づけば電動丸鋸の刃が俺の髪の毛を掠めていて。
それはすぐに。
「や、やめてくれええええええっ!」
「ゲームオーバー」
俺の頭頂部に当たった。
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