団子と侍<落語>

蝉の弟子

団子と侍

※ 扉絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330669257120332


 江戸時代の貧しい町人は、長屋での借り住まいが一般的でありました。

 長屋には大家さんがおりまして、店子(たなこ)達から毎年店賃(たなちん)を取り立てている訳ですが、なにぶん今より情の厚い時代の話でございます。何かと店子の世話を焼き、頼りにされる大家も少なくなかったとか……



ハチ(はっつぁん)「大家さん! 大家さん! お・お・や・さーーん!!」


大家「そんな大声出さなくったって聞こえてるよ! 用があるならとっとと上がっておいで。

 で? 今度はなんの用だいはっつぁん? また懲りずに”お宝を拾ってきた”なんて言うんじゃないだろうね? え?

 おまえの拾ってくるものは、いつもガラクタばかりじゃないか。いい加減に学習おしよ、はっつぁんのように欲の皮が人一倍突っ張った人間に、そうそうお宝が舞い込んでくるわけがないんだから……」


ハチ「いえ、今度拾ったのは団子なんで……」


大家「団子だって? ……お前が手に持っているのは、どう見ても刀じゃないか」


ハチ「へえ、ちょっと目を離したすきに、団子が刀に変ってたんです」


大家「そんなバカな話があるものか!

 おまえの話は、いつも肝心なところを省くからいけない。ちゃんと分かるように順を追って説明しな」


ハチ「へ、へえ。

 おいらの家の前にいつも置きっぱなしにしてる、大きな漬物桶があるでしょ」


大家「えっ! あの桶まだ片づけてなかったのかい?!

 往来の邪魔になるから早くどかしておくれよ、はっつぁん」


ハチ「え、ええ。あの桶大きすぎて、しまう場所がなくって……、すいやせん。

 でね、今朝あの桶の上に、大きな風呂敷包が置いてありまして、中を覗いてみたらたんまり団子が詰まってたんです」


大家「へぇーー、そんなに沢山の団子が詰まってたのかい。そらぁ落とした人は困ってる事だろう。ちゃんと番所には届けたのかい?」


ハチ「いえ、腹が減ってたし、頂いちゃおうと思いまして」


大家「呆れたねぇ。

 ハチ、それはネコババっていうんだよ。落とし主に知れたら弁償させられるよ」


ハチ「バレなきゃ大丈夫かなと……」


大家「およしよ。ただでさえそそっかしいおまえが隠し事したって、すぐにボロを出すに決まってるじゃないか。

 それに昔から”天網恢恢疎(てんもうかいかい そ)にして漏らさず”と、言ってね、お天道様はちゃんと見ていなさるんだ。」


ハチ「へ? 堤防決壊(ていぼうけっかい)粗末なお漏らし?」


大家「て・ん・も・う・か・い・か・い・疎(そ)にして漏らさず! 隠れて悪事をしても、その付けはいずれ巡って来るって意味さ。

 最近じゃ偉いお坊様や、人気一座や、お殿様だって、長年隠していた不正がバレて天地をひっくり返すような騒ぎになってるのを、おまえだって知ってるだろ? 滅多な事を企むもんじゃないよ」


ハチ「へぇ、言われてみれば」


大家「で、どうしてその団子が刀に変っちまったんだい?」


ハチ「それが、団子があるから今日の昼飯代が浮くな、と思いまして」


大家「うん、確かに団子がそんなにあるなら昼飯を買う必要はないね」


ハチ「ええ、ですから浮いた金で酒を買いに行こうと……」


大家「はっつぁん! はっつぁん!! はっつぁぁぁん!!!」


ハチ「どうしたんです大家さん。 急に大声を出して?」


大家「店賃だよ! 店賃!! 酒を買う前に、貯まりに貯まった未払いの店賃を、少しでもあたしに返そうって気にはならなかったのかい? ええっ!」


ハチ「ああ、そういえば……。でも店賃なら、次も待ってくださるんでしょ?」


大家「バカ言ってんじゃないよ! あたしだって霞を食って生きてる訳じゃないんだからね! キチンと払うものは払ってもらわないと困るんだよまったく!!

 それで、酒を買いに行って、その後どうしたんだい?」


ハチ「酒を買って帰ってきたら、団子が風呂敷ごと消えて刀になってた……」


大家「だから、訳の分からない事を言ってるんじゃないよ!」


ハチ「そんなこと言ったって……、おいらにだって訳が分からないんだから仕方ないじゃないですか……。

 あーあ、今日の昼飯どうしようかなぁ~~」


大家「……まさかおまえ、またあたしにたかる気じゃないだろうね?」


???「たのもう! たのもーう!!」


大家「おや、誰か来たね。 はっつぁん、その刀は見えないようにタンスの裏にでも隠しときな。町人が刀持ってるとこを見られたら、例え竹光でもあらぬ誤解を生みかねないんだから……。

 はーい、どなたでしょうか?」


八衛門「拙者、八谷八衛門と申す。そなたがここの大家だな」


大家「へい、お侍様」


ハチ「八谷八衛門……どっかで聞いたような名前だねぇ……」


八衛門「実はな、大きな声では申せぬのじゃが、この長屋で刀を失くして難儀しておる。よって、そなたにも刀を探すのを手伝って欲しいのじゃ」


ハチ「……刀って、もしかしてこれですかい?」


八衛門「おお、それじゃ、それじゃ、かたじけない」


ハチ「んんん??? 団子が消えて、代わりにこの刀があったって事は……、ちょっと、ちょっと、それじゃおいらの団子を盗んだのは、このお侍って事じゃねぇのか?! 

 団子を盗んだうえに刀も返せとは、ふてぇ野郎だ!

 やいやい泥棒侍! 昔かっら”チンポーかいかい、それにしてもムラムラ~!”と、言ってな、お天道様はちゃんと見ていなさるんだ!」


八衛門「チンポーがムラムラ……? お天道様は、一体なにをご覧になっておるのじゃ???」


大家「……天網恢恢疎(てんもうかいかい そ)にして漏らさず」


ハチ「そうそう、それそれ。良く分からないけどその”天和(テンホー)快感、役満逃さず”ってやつだ!

 とにかく、おまえみたいな泥棒が下手な嘘を付いても、すぐにバレちまうって事だよ!」


八衛門「なんと無礼千万な! 痩せても枯れてもこの八谷八衛門、天に誓って盗みなどせぬわ! あれはわしの団子じゃ!」


ハチ「なんだとぉ! おいらの桶の上にあったんだから、おいらのもんだ!」


大家「コラはっつぁんっ! そんな理屈が通る訳ないだろうが!

 とはいえ八谷様、刀を返す前に順を追って事情をお聞かせくださいませぬか。あたしとしても刀と団子の持ち主が本当にあなた様か、今のお話では得心がいきませぬもので」


八衛門「うむ、もっともな話じゃ。

 ワシは今朝、殿に使いを頼まれて団子を買って帰る途中であった」


ハチ「へぇー、あんたんとこの殿様は、随分と食いしん坊なんですねぇ。一人であんなに沢山の団子を平らげようだなんて。

 おいらだって一人じゃ食いきれないから、長屋のみんなに分けるつもりだったのに」


大家「馬鹿な事を言うんじゃないよ! ご家来衆に配る分の団子に決まってるじゃないか!

 だいたいおまえは、あたしのとこに団子どころか米粒一つよこした試しもないだろうがっ!」


ハチ「大家さんは俺達よりいいもの食ってるんだから、別に分けてやる必要なんてないでしょうよ。セッコイなぁ~~」


八衛門「コホンッ! その方達、話の腰を折るではないっ!

 で、わしは団子を屋敷に持ち帰る途中、この長屋の前で知り合いの侍と出会ってな。団子を桶の上に置いたまま長話をしてる間に、そのまま忘れてしまったという訳じゃ」


ハチ「お殿様の使いの途中で長話? 随分と呑気なお侍もいたもんだなぁ……なんだか親近感が湧いてくるよ、おいら。

 それにしても、団子の事も忘れて夢中になるなんて、いったいどんなお話をなさってたんです?」


八衛門「いや、別に大した事ではない。新しい刀を手に入れたので、試し切りをする相手を探していると……」


大家「ちょっと、ちょっと! うちの長屋の前で、なんて物騒な話をしてるんです!」


八衛門「そうは言うがな大家よ、この世には刀の錆にするしかないような、生かしておけぬ迷惑な輩もおるのじゃ。

 例えば、人から借りた金をいつまで経っても返さずに、困らせ続ける奴とかな」


大家「それなら、あたしにも一人心当たりが……」


ハチ「ちょっ!! そそそそ、そんな事より、団子の話はどうなったんです?!」


八衛門「うむ、わしが団子を忘れた事に気づいて戻ってみたら、長屋の戸の隙間から見覚えのある風呂敷包みが覗いておったのでな……」


ハチ「それじゃあんた、おいらの家に無断で上がり込んで団子を持っていったんですかい?」


八衛門「左様じゃ。留守のようであったし、先を急いでおったのでな。許せ」


ハチ「冗談じゃない! いくらお侍だからって、許せませんよ! おいらの家の中をジロジロ見たりしなかったでしょうね!」


八衛門「人聞きの悪い事を申すでない。痩せても枯れてもこの八谷八衛門、天に誓ってデバガメの真似事などせぬわ!

 これみよがしに部屋の隅に積まれておった春画以外、何一つ見ておらんぞ!」


ハチ「見てんじゃねーか!

 それに”これみよがしに”とはなんだ! ”これみよがしに”とは!? ええっ!!

  部屋の隅っこに目立たねぇように、ちんまりと置いてあった筈だぞ!}


八衛門「なに? ”目立たぬように”、”ちんまりと”じゃと? 腰の高さまで山と積まれておっては、嫌でも目に入りよるわ!

 ……いやそれにしても、最近の春画は過激でけしからんな。おかげで、しばらく股が充血して歩くのに難儀いたしたぞ」


ハチ「やかましいわっ!

 春画に夢中で刀忘れてりゃ、世話がないってんだよ!」


大家「なんだか、はっつぁんが二人に増えたみたいだねぇ……、一人でも持て余しているっていうのに……。

 そ、それで八谷様は、お屋敷に帰る途中で、今度はお刀を忘れた事に気づいて、長屋に引き返してこられたのですね?」


八衛門「うむ、屋敷近くの池のほとりにて団子をつまみ食ぃ……、ではなく命がけでお毒見役を務めている最中に、はたと刀の事に気づいたのじゃ」


ハチ「本当に大丈夫なんですかい、このお侍は?」


大家「あたしも少々不安だが、少なくともこの刀の持ち主は八谷様で間違いないようだ。

 返してやりな、はっつぁん」


ハチ「へ、へい。

 ところでお侍さん、団子の風呂敷を持っていないようですが、屋敷に置いてこられたんですかい?」


 何を思ったか八谷八衛門は、勢いよく手で膝を打った。


八衛門「これはしたり! 団子は池のほとりに忘れて参ったーーっ!」


 お後がよろしいようで。


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