2. 死に上がりクラスメイト

第9話 登校エスコート

 そんなこんなで、翌日から早速、幽霊より陰気な陰キャ少女・浅桜あさくらちえりとの同級生ライフが始まるわけだったが……。


『私チェリーさん……

 今あなたのマンションの前にいるの……』


 朝イチで送られてきたラインのメッセージを見て、反射的に内ポケットの数珠じゅずを握り締めながら自室の玄関を出た俺である。


「あっ……おっおはようございます……」


 マンションのエントランス前にちょこんと佇む、制服姿の目隠れ少女。通学カバンを両手で持った佇まいは二昔前の学園ドラマのヒロインのようだが、その黒髪はふわっと風になびいたりは断じてせず、本人の気性を映したようにドヨーンと重たく垂れ下がっている。

 なんていうか、天が与えた容姿はあれほど美少女なのに、よくここまで本人のオーラでデバフ掛けられるもんだよな……。


「ああ、おはよ……。とりあえずいくつか突っ込んでいい?」


 まずは「チェリーさんネタはもういいだろ」から軽く入るか、それとも「なんで当たり前に迎えに来てるんだよ」と核心に切り込むか……。

 なんて考えていたら、意外にも喋りたくてたまらなかったかのような陰キャ少女の連撃。


「あっふふっ……ほっ本日はお日柄もよく、絶好の登校日和びよりで……あっ、今日は降水確率ゼロパーセントだそうですよ……。あっ雨だったら相合い傘したかったのに……ざっ残念ですね……」

「うん、会話デッキ組んでくるのはいいけど、相手のカードを見て手札切ろうな」


 全てを後回しにして別の突っ込みを入れたところで、後ろから明るい声がした。


「おはよーイッツー! あっちえりちゃん、おはよー、さっそく登校デート?」


 朝から騒がしい声の主は、言わずと知れたあね弟子でし鈴鳴りんなさんだ。マンションの隣の部屋に師匠(今は猫)と住み、俺と似たような通学距離の学校に通っているため、登校時間が重なることが多い。


「あっ……かっかか鬼灯かがちさん……」


 浅桜ちえりはといえば、「陽」担当の鈴鳴さんと話すのがまだ慣れないのか、震えて俺の後ろに隠れてしまう始末。逆じゃないだけまだ安堵するところなんだろうか、これは。


「あたしのことは鈴鳴りんなちゃんでいいよー、名字だとお姉ちゃんとややこしいし!」

「あっえっ……で、でも、歳上を『ちゃん』なんて呼べないから……あっ、りっりり鈴鳴さんで……」

「おっけー」


 思ったより普通に会話が成立している……。

 それから三人で駅に向かって歩き出す中、姉弟子はふいに俺を指差し、ニマっと笑って陰キャ少女に尋ねた。


「イッツーのことは何て呼ぶの?」

「えっ……」


 不意を突かれて返事に詰まるちえり。

 そういえば、コイツに名前を呼ばれた記憶がないな……。昨晩、心霊カフェにやって来た時に一応名乗ったはずだけど、恥ずかしいのか、師匠達との会話では「あの人」とか「この人」でずっと通してた気がするし。


「あっ……えっと……」


 すぐ隣を歩きながら、前髪越しにおずおずと俺を見上げてくる視線。何かとぶっ飛んだコイツのことだし、いきなり下の名前呼び捨てとかじゃないだろうな……と俺が身構えたところで、さらに三秒ほど考え込む素振りを見せて、彼女は言った。


「あっ、なっ、ナイト君とか?」

「なんでだよ」


 ちょっとでもドキっとする展開を予想した俺がバカだった。せめて名前とかすらせてくれ。


「えっあっ……だ、だって、いっいきなり名前は恥ずかしくて……」

「ナイト呼ばわりの方が百倍恥ずかしくねぇ!?」


 耐えきれず声を張る俺と、ビクぅっと震え上がる陰キャ少女。

 そんな俺達をニヤニヤ笑って眺めていた鈴鳴さんは、ふいに、わざとらしく鼻高々な表情を作って。


「まあ、あたしはイッツーともう十年以上もあだ名で呼び合ってるけどねー」

「そこ、さらっとウソつかない。俺からはあだ名で呼んだことなんてないですけど?」

「子供の頃はさー、リンちゃんリンちゃんって素直に後ろを付いてきてたんだけどねー」

「さらっと過去を捏造しないでくださいよ!」


 声にならない声を出しながら聞いているちえりの前で、自称リンちゃんがひとしきり謎マウントを取り終えたのは、ちょうど駅の改札に差し掛かる頃だった。


「じゃあ、あたしこっちの電車だから。またねー、ちえりちゃん」

「あっ、はっはいっ……」

「イッツー、ちゃんとちえりちゃんが死なないようにエスコートしてあげるんだよ?」

「わかってますよ……」


 姉弟子と別れ、ホームに並んで電車を待つ僅かな間。

 会話がないのも手持ち無沙汰なので、俺はそもそもの疑問を引っ張り出してみる。


「てか、今更だけど、なんでわざわざウチまで?」

「あっ……おっ、お付き合いしてくれるって言ったじゃないですか……。だ、だから、こっ恋人なら……朝は一緒に登校するものだって……」

「それは時と場合に、ってか具体的には互いの最寄り駅によると思うんだけど……。お前の家ってどこだっけ」


 ちえりが「あっ……」に続いて口にしたのは、学校を挟んでウチと逆方面の駅名だった。……はい!?


「えっ、じゃあ、わざわざ自分ちから学校をスルーパスしてウチまで来たわけ!?」

「ふふっ、こっ恋人になって初日だから、あ、朝からサプライズしちゃおうって思って……」

「重い重い。ってか、電車賃ムダにさせるのは親御さんに気の毒すぎるからやめてくれ」


 あの優しそうな母親はどんな思いでコイツを送り出しているんだろう、と考えると、胸がキリキリと痛むようだった。


「あっ……じゃ、じゃあ明日から……が、学校の最寄り駅で待ち合わせして、そっそこから一緒に歩くのでいいですか……?」

「まあ、それならいいけど……」


 いや待て、なんかセールスの手法でこういうの聞いたことあるぞ……。ドア・イン・ザ・フェイスだっけ? 先に無理筋の要求を拒絶させてから、それよりはマシな要求をしれっと通すやつ……。


「お前ってさぁ」

「あっ、はい……?」

「ぶっ飛んでるようで意外とちゃんと論理の一貫した会話はできるから、余計にタチ悪いよな」

「あっふふっ……わ、私は悪い女……」


 まあ、コイツがまた死にかけないように見張っておくのが一応の任務しごとである手前、どのみち一緒にいるのは避けられないんだけど……。

 電車に乗り込み、人混みから陰キャ少女を庇う形で窓際に立ちながら、俺は小声で話を仕切り直した。


「まあ、なんでもいいけど……。その代わり、こ……恋人とか、人前では言わないでくれよ」

「あっ……」


 元々のうつむき加減からさらに深く俯く彼女。ちょっと酷な言い方だったかなと思ったら、何か一人で口元をニヤつかせている。


「ひっ、秘密の関係っていいですよね……お、表沙汰にできないお付き合いって、ちょっとワクワクします……」

「ポジティブモンスターかよ」


 性根しょうねはネガティブゴーストのくせに。


「ってか、前髪上げないの?」


 ふと思いついたままに言ってみると、陰キャ・オブ・陰キャの口から「ふぇっ!?」と今朝一番大きな声が出た。


「あっまっまま前髪っ!? なっなんで!?」

「声、声」


 周囲の乗客の視線を浴びて縮こまりながら、彼女はぶんぶんと首を横に振っている。


「むっむむムリです……! ひっ人様の前で素顔をさらけ出すなんて……はっはは恥ずかしくて死んじゃいます……」

「平安貴族か」


 それから、ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、ワンテンポの三つ分くらい遅れて。


「……あっ、今のは……へ、平安時代の高貴な女性は、みっ御簾みすの内に隠れて素顔を見せないっていう……」

「いちいち俺のしょーもない発言を解説しなくていいから」


 こないだ陽キャ女子にも似たようなことをやられた覚えがあるけど、それこそ恥ずかしいんだよなこれ……。


「あっ……でっでも、わっ私、源氏物語は好きです……」


 何が「でも」なのか知らないが、コイツなりに会話を続けようとしてくれているのが伝わってきたので、俺ももう少し乗っかることにした。


「へぇ、誰推しなの」

「あっ、お、推しっていうか……六条ろくじょうの御息所みやすんどころさんには親近感を覚えますよ……ふふっ……」

「それは生霊いきりょう仲間ってことで?」


 あおいの上が取り殺されるシーンを思い出しながら言うと、もと生霊は、ふふふ、と口元を緩ませた。


「あっでも、わっ私なんかが勝手に自分を重ねたりしたら、しっ失礼ですかね……。ふふっ、六条さんは仮にも教養ある大人の女性……。そ、それに比べて私は……中学の成績も2とか3ばっかりでしたし……こ、高校もマグレのギリギリで受かったくらいで……」

「でも、六条ろくじょうの御息所みやすんどころはピアノ弾けないじゃん」

「あっふぇっ……!? いっいや、あの時代は琴とかですし……」


 そこで電車が駅に到着し、俺達は人混みと一緒にホームに吐き出される。

 改札を出て、同じ制服の群れを見やりながら歩き出したところで、ちえりは思い出したように言ってきた。


「……あっ、でっでも今の、わっ私にも長所があるってフォローしてくれたん――」

「あー、解説しなくていいんだって恥ずかしいから! 頼むから俺の姉弟子を呪い殺してくれたりするなよ!?」


 転校生とボッチ少女に向けられる、通学中の生徒達の「何だコイツら」という視線。

 学校に着くまでの間だけでこの気苦労って……。早くコイツのペースに慣れないと、俺の方が魂抜けちゃいそうだな……?



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