碧色に燃ゆる村

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碧色に燃ゆる村

 碧色へきしょくの炎が目の前に揺れる。熱に当てらた頬は暑く、鏡で見れば赤くなっていることだろう。この村に使える鏡はもう無いけれど。全ての家が燃えていたから。

 村に火を放ったのは私だった。手には松明。私の松明は赤く燃えているのに、この故郷の村の人家を燃やせば青い炎が上がるのには訳がある。

 この村の側の山では銅がよく取れる。その銅は地面に染み入り私たちの飲み水にも入っていた。銅を過剰に摂取し続ければ銅中毒になりいずれ苦しんで死ぬようだが、それは私たちには問題がなかった。

 長年、銅の溶けた水を長年飲んでいた村人の体は変化していた。どれだけ銅を体に溜めようとも体の一部を銅に変えることで上手く銅を排出することが出来ていた。私の母は足が銅で出来ていたし、父は手のひら、兄は首筋が銅になっていた。

 しかし私には銅になっている部分が無い。私は高校のときに親に無理を言って都会に出たからだった。村に居続けることで自分の可能性が狭くなるんじゃないかと思った。広い世界を見てみたかった。

 親の反対を押しきって村を出て大学を卒業し就職先も決まったところで、久々に故郷に帰って来た私を迎える者は誰一人としていなかった。村の住民は残らず病に臥せっていたのだ。銅は一因ではあるが原因ではない。菌やウイルスが原因でもない。寄生虫にやられたのだ。

 村の住民は皆一様に体のどこかが銅になっている。銅になっていれば、もちろん緑青が付くことがある。その緑青を食べる寄生虫が発生し、寄生虫は人まで食い破るようになったのだった。私たちの体が銅に対応したように、寄生虫は私たちの体を食べられるように対応してしまったのだ。

 村の住民は一人残らず罹患した。酷い痛みと苦痛を伴い、患部はもちろん内臓も虫が食い破っていた。私が帰って来たときには、手遅れだったらしい。

 手遅れでも出来ることはある。苦痛に呻きいずれ死を待つ者を、楽にするくらいのとこは出来る。そしてこの寄生虫を他の地域に広げない対策も出来る。

 だから村を燃やした。きっとこのために私はあの日家を出たのだろうと思った。村の皆はもう自身では動けず、何も出来ることはなかったから。

 銅を持つみんなの炎は炎色反応により碧色に燃える。美しい青い炎が、故郷の村を包んでいる。私のことを心配して都会に行くことを反対した母や父も、私の進路を後押しした兄も、幼い頃からの友人も皆この青い炎に包まれている。

 なんて綺麗な青なのだろう。美しく、切なく、胸が痛んだ。私の目から流れる涙も炎の色を受けて青碧になっているのだろうか。

 私たちにしか寄生しないはずの虫ならば退治する必要が無いようにも思えるだろうが、この寄生虫はどうやら驚異的な進化スピードを持っているらしい。今や銅を持たない者にも寄生する。つまり、私だ。私も燃やさなければいけない。

 全ての家を燃やし終わり、私は実家へと戻った。他の村と同じように青い炎が産まれ育った家を包み込んでいた。

 溜め息と共に私は崩れかけた扉を開け、熱さを耐えながら皆の死ぬ寝室へ向かう。燃えるベッドに寝転ぶと、屋根は落ちていて星が見えた。青い星が見える。青い星は若い星だ。この碧色の炎があの星のように未来を繋いでいけばいいと、私は切に願っている。

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碧色に燃ゆる村 2121 @kanata2121

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