心地のいい場所


「おっそい!」


 俺達が帰って来た途端、怒りを含んだ声が酒場内に響いた。

 声の主はルティナだ。腰に手を当てて『私は怒っています』を全身で表現している。どうやら帰りを首を長くして待ってくれていたようだ。


「おかえりをお待ちしていました」

「……ん、お腹空いた」


 席にはザインとミュウが座っている。

 ミュウは待ちきれないのか両手にフォークとスプーンを握り、今か今かと厨房をチラチラと見ていた。

 しかし、皆が揃うまでは我慢してくれていたんだと思うと、先程フィーナが言っていた「ご飯はみんな揃って食べる」と言うのは冗談でもなんでもなく、本当だったのかと内心笑ってしまった。


「我らのことを差し置いて、他者が手を加えた供物を食しているのではないかと心配したのだぞ!」

「あはは……そんなわけないじゃん。ルティナの作る料理が一番だよ〜」

「フィーナの言う通りよぉ。他所で食べるとか絶対にありえないわ」


 すかさずフォローに入った二人。

 本心からそう言っていることを察したルティナは、頬を赤く染めて「そ、そう……?」と口籠った。満更でもなさそうだ。


「──っと、それより早くご飯にするぞ! ほら、席に座るがいい。すぐに持ってきてやる」

「俺も手伝おうか?」

「え、いいの? ありが──じゃなくて……うむ! 流石は我が右腕。しっかりと心得ているようで師として嬉しく思うぞ!」


 俺も調理係として仕事をしたほうがいいと思っての言葉だったのだが、それによってルティナの好感度は上昇したようだ。口調は相変わらず偉そうだが、口元のニヤニヤが隠し切れていない。


「ルティナがデレた」

「デレたわねぇ」

「……デレてる」

「デレてますね」

「あんたらは黙ってろ!」


 息ぴったりの四人と、厨房から顔を出して叫ぶルティナ。


 それは家族のような、微笑ましい会話だ。


 彼女達の仲の良さを微笑ましく思うと同時に、本当にこの中の誰かが大罪人なのか? と俺の中で疑問が渦を巻く。

 陛下のお言葉と我が国の情報網を疑うわけではないが、ここまで感情豊かな皆の中に凶悪犯が潜んでいるなんて、とても考えられない。


 ──だが、もし本当に潜んでいるとしたら?


 そいつは皆を騙して紛れているわけだ。

 大罪人が善人の仮面を被り、皆の中に溶け込もうとしている。到底許せることではない。


 もしこの中の誰かの正体が判明したら、皆はどう思うのだろう?

 怒って突き放すのか、それとも仲間想いの彼女達らしく真実を隠して許すのか。


 ……きっと皆は後者を選ぶのだろう。

 しかし、それは大罪人をこの世で野放しにされるのと同じだ。


 大罪人のせいで何千、何万の人が悲しく、苦しい思いをしたか。

 それを考えたら俺は……その大罪人を前にしても、快く許せるのだろうか。


「アル君?」


 フィーナが顔を覗き込んできた。


「どうしたの? なんか、怖い顔をしていたよ?」

「……いや、少し心配になってな」

「心配? 何が心配なの?」

「お前達の輪の中に入れるかという心配だ」


 咄嗟の思いつきで言った言葉に、全員が呆けた顔になる。思わず出てきた言葉とは言え、これは嘘ではなく本心でもあるのだが……流石にあからさまで怪しかったか?


 そう心配していると、ほぼ同時にフィーナ達が笑った。


「なぁんだ。そんなことか」

「……そんなこととはなんだ。これでも本気で」

「違うよ。この中にアル君を邪魔だと思っている人はいないよ?」


 ハッとして周囲を見渡す。


「カカッ、同じ道を歩む友のことを、どうして邪魔だと思う?」

「不真面目な連中で困っていたのよぉ。真面目なあなたが入ってくれて、本当にありがたいわぁ」

「……ん、アルはデザート作ってくれる。居なくなったら悲しい」

「そろそろ男一人も寂しいと思っていた頃なので、あなたが来てくれて心から感謝していますよ」


 ルティナが、マギサが、ミュウが、ザインがそれぞれの思いを口にしてくれた。


「ね? だから心配する理由なんて無いんだよ」


 最後にフィーナが微笑む。


「もし、誰かがアル君を悪く言って酷いことをするなら、私達がアル君の代わりに怒ってあげる。私が本気を出したら強いんだよ? そこら辺の連中なんてワンパンだよ。ワンパン」


 フィーナが拳を右に左に振る。

 その様子では誰も倒せそうにないが、きっと俺を安心させようと励ましてくれているのだろう。


「アル君は私達の仲間なんだから、困った時はいつでも頼ってよ。そのために私達がいるんだからさ!」

「〜〜〜〜っ! あ、そっ、そうだ! 早く昼食にしよう! 先程から腹が減って仕方ないんだ!」


 真正面から気持ちを伝えられるのは慣れていなくて、どうしようもない恥ずかしさが込み上げてきた。

 熱が帯びるのを自覚しながら視線を逸らし、逃げるように厨房へ潜り込む。


「あ、照れた?」

「これは照れてるな」

「照れてるわねぇ」

「顔が赤くなっていました」

「ん、照れてるアルも可愛い」

「うるさいぞお前達!」


 俺は大罪人を探すため、この酒場を訪れた。

 要はスパイだ。陛下の使命を全うするのに、仲間や友情なんて曖昧なものは必要ないのだ。


 しかし、それでも俺は、ここは居心地がいいと思っていた。

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