【クラス転移】死のうと思った日にクラスメイト達が構って来たんだけど何で!?【その後】
マノイ
本編
お母さん、ごめんなさい。
もう無理です。
僕は今日、死ぬことにしました。
原因は父親だ。
酒と女とギャンブル好きで、毎日必ず暴言を吐かれ蹴られ殴られる。
その父親の元で僕が高校生になるまでどうにか生きていけたのは、お母さんが防波堤になり守ってくれたから。
でもそのお母さんは僕が高校に入学する少し前に病気で亡くなってしまった。
僕をどうにかして高校に行かせるためにと必死に働き過労の末に、というやつだ。
お母さんが亡くなってからの生活は地獄だった。
いやまぁ元々地獄だったのが地獄の深淵にまで連れてかれたというのが正しいかな。
高校に行きながらバイトをしてどうにか生活費を稼いでも、父親に奪われて酒とギャンブルで塵と化す。
家事は全部僕任せで少しでも不備があると、ううん、何も無くても日常的に殴られた。
お母さんが亡くなったから、お母さんに向けられていた分の暴力も僕に降りかかってきた。
高校卒業までの我慢。
そうは思えなかった。
あのクズ親は僕が社会人になっても寄生し、働いて稼いだ金を奪い取る気だろう。
僕が逃げたとしても地の底まで追ってくる。
そんな絶望的な予感しかしなかった。
せっかくお母さんが守ってくれたのに、高校に通えるようにと必死で働いてくれたから頑張りたかったのに、たった一年でもう限界になってしまったことが心から申し訳ない。
今日、お母さんのところに行くからね。
決行は放課後。
近くの山の中で首を吊ろう。
死ぬと決めたのだから学校に行く必要なんて無いのだけれど、明るいうちに死ぬのはなんとなく気分が乗らず、かといって家にいたら父親から暴力を受けるし、街中を歩いていたら補導されるかもしれない。
だから僕は夜になるまでは普通に生活しようと思い、学校に行くことにした。
教室に着いて、静かに扉を開ける。
皆、僕の存在など全く気付かずそれぞれの朝の時間を過ごしている。
自分の席についた途端『よぉ、
父親の暴力のせいで僕は対人恐怖症気味であり、彼女はおろか友達を作る事すら出来ないからだ。
お母さんが生前毎日優しく話しかけてくれたり、生きるために必死で対人のバイトをしたからか、普通に話をするくらいは出来るけれど、他人と仲良くなるのは抵抗があり距離を取ってしまうのだ。
まぁ別にぼっちだろうがどうでも良い。
だってどうせ僕は今日死ぬんだ。
むしろ仲が良い人が居ないから、気軽に死ねて気分が楽だ。
そんな風に自嘲していた時のこと。
「な……に……?」
突然強い眩暈を感じ、思わず机に上半身を伏せてしまう。
僕はメンタルがやられているが、こんな風に眩暈のような形で表に出たことはこれまで無い。
「うえ゛え゛……」
猛烈に気持ち悪くて吐きそうになる。
一分?
二分?
案外十秒くらいだったりして。
永遠に続くのではと思われた眩暈はあっさりと消え、残されたのは不快感と体に纏わりつく汗。
眩暈がした直後、教室の床に魔法陣のようなものが見えた気がしたけれど、気のせいだろう。
とりあえず体を起こしたら、教室内が異様な雰囲気になっていた。
先程までワイワイガヤガヤと盛り上がっていたクラスメイト達が全員話を止めていた。
そしてキョロキョロと周囲を見回し、お互いに何かアイコンタクトを取りあっている。
もしかして皆も変な眩暈が起きたとか?
あはは、そんなまさか、漫画じゃあるまいし。
死のうと決意しているからか、何が起きているか分からないけれど別にどうでも良いやという気分の方が強かった。
目の前で起きている異常についても、まるで他人事のように感じる。
でも残念ながらその異常は自分事だったらしい。
「ひぇっ!」
思わず声が出ちゃったじゃないか!
怖っ!
怖すぎるっ!
死のうと思っててもこれは怖すぎるって!
だってクラスメイト達が全員同時に僕の方を見てるんだよ!?
しかもなんか表情が変だ。
僕みたいなぼっち陰キャを見るのだから、侮辱しているとか、見下しているとか、気持ち悪がっているとかなら分かるよ。
でも彼らの表情は、真剣だったり、妙に悲しそうだったり、歯を食いしばりながら笑ってるっぽかったり、頬を赤らめてたり、え、あの、ホントに何ですかこれ?
困惑する僕の前に、彼らを代表してなのか、一人の男子がやってきた。
名前は……なんだっけ?
誰とも話したことが無いんだもん、覚えてないよ。
でも印象には残っている。
だってすっごいイケメンだから。
異世界にクラス転移でもしようものなら、間違いなく『勇者』と言われそうなくらいなイケメン君だ。
クラスカーストトップに君臨する彼が、僕なんかに何の用があるのだろうか。
「
イケメン君は何故か声を震わせながら僕を呼んだ。
返事しなきゃダメかな、ダメだよね。
相変わらずクラスメイト達は不穏な雰囲気を纏いながらガン見してくるし、ここでイケメン君の機嫌を損ねたらリンチとかされかねない。
そんなことになったら、自殺の原因があのクソ親じゃなくてリンチになっちゃうじゃん!
そんなのは絶対にダメだ。
ここは正解を返さないと。
とりあえず僕も名前を呼ぼう。
円滑なコミュニケーションをするのに大切なのは名前を呼んで返事をする事。
バイト先でそれを教わってから、大分自然に会話が出来るようになったんだ。
イケメン君の名前を思い出せ、思い出すんだ!
確か、そう、星、がついていたような気がする。
諸星……赤星……どっちかだ。
見た目は諸星っぽいかな?
ダメだ分からない。
ええい、ここは二択にかけるしかない!
「な、何かな? 諸星君?」
「っ!」
はいアウト!
顔を思いっきり背けられてしまった。
しかもめっちゃ歯を食いしばってる。
これ絶対に名前を間違えて激怒されてるやつぅ!
しかもクラスメイト達も似たような反応してるし。
あの女子なんて泣いてるよ!
僕にこれから降りかかるリンチと言う名の制裁に憐れんでいるのだろう。
人生最後の日にこんな辛い目に合うなんて、やっぱり神様は居ないんだ!
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
と思ったら時間切れで助かった。
助かった?
本当に?
一時間目の英語リーディングの授業中。
皆がチラチラと僕の方を見てくる。
これは助かってないね、うん。
斎藤さんが指されて教科書を読んでいるのだからそっち見なさい。
後、隣の名前覚えてない女子。
それもうチラ見じゃなくてガン見だよね。
授業に集中しなさい。
これはマズい。
休み時間になったらすぐに教室を出て逃げないと、何をされるか分かったものじゃない。
チャイムが鳴ったらすぐに席を立って……
「里中、次は移動教室だろ? 行こうぜ!」
捕まったああああ!
しかも柔道部の男子に肩掴まれて身動き取れない。
「え、あ、あれ、え?」
このまま
あのクソ親にやられたみたいに。
ガクブルが止まらない。
「ちょっと
「おお、わりぃわりぃ。ちょっと力入っちまったか」
「加賀谷の馬鹿力で掴まれたら骨折れちまうんじゃねーか。おーい、大丈夫か里中?」
「あ~あ、向こうならヒー……じゃなくて、痛かったら保健室に行った方が良いよ」
なんか人が集まって来てめっちゃフレンドリーなんですけど。
女子もいるんだけど。
体をペタペタ触られてるんですけど。
もちろん誰一人としてこれまで会話したことのない人達だ。
これはこれで怖い!
新手のいじめですか?
昨日まで僕のことなんて存在していたことすら気付いて無かったよね!?
「おっと、駄弁ってる時間無いか。さ、行こうぜ」
「ふええええ!?」
ちょっ、ひっぱらないで!
この時から、休み時間の度に毎回違うクラスメイトが僕の所にやってきて世間話をしてくる。
トイレに行って逃げようかと思ったら、
「俺も行く行く」
ってトイレにまでついてくる始末。
マジで怖いんですけど。
僕は君達とは縁のない陰キャぼっちですよ!?
そして昼休み。
「いやぁ、まだ夏前だってのに今日も暑いよなぁ」
あの、なんか親友っぽく自然に話しかけて来るのやめてもらって良いですか。
名前も知らないんですけど。
「分かるぅ、あたし暑いの苦手なんだよねぇ」
そしてさりげなくなんで会話に入って来るのかな、隣の席の女子のなんとかさん。
「里中は暑いの苦手じゃなかったよな?」
野球部のエース君は僕と席が離れてるのになんでここにいるの!
というかなんで暑いの苦手じゃないって知ってるの!?
さらっと僕を会話に混ぜないで!?
しかもなんで僕の近くの席に座ってお弁当を広げてるのかな?かな?
「はぁ~腹減った。飯だ飯!」
「トモのお弁当美味しそう!」
「そういや桜川はどこ行った?」
「あいつ購買にパン買いに行ったぞ」
「…………」
なんだこれ。
「みっち~それ何!?」
「今朝コンビニ行ったら新作売ってたから買って来たの」
「お前、相変わらず弁当でけぇな」
「これでも足りないくらいだぜ」
「流石ラグビー部だわ」
「…………」
なんだこれ。
「里中君もお弁当なんだ」
「おお、うまそ…………うだな」
「そ、そう、だね」
「色どりとか、良いと思うよ、うん」
なんだこれ。
というかフォローになってないから!
素直に不味そうって言ってよ!
仕方ないでしょ、お金ないんだから、もやし弁当しか作れないんだよ。
色どりなんて申し訳程度にかかっているおかかくらいだよ。
僕だって普通のお弁当とか、購買のパンとか食べてみたかったよコンチクショウ。
っていうか、そんなことはどうでも良い。
なんでクラスメイトの半数近くが僕の周りでご飯食べ始めてるの!?!?!?
「里中そんなんじゃ足りないだろ。ほら、これやるよ」
「え?」
「あ、じゃああたしのもあげる。最近ダイエット中だからさ」
「え?」
「俺のもやるよ、今日は部活休む予定だからこんなに要らないんだよ」
「ふぇ?」
「俺のも」
「あたしのも」
「はいどうぞ」
「これも~」
「はいいいいいいいい!?」
わーい、おかず山盛り~
ってなんでやねん!
マジで何がどうなってるの!?!?!?!?
これ本当に食べて良いの?
ドッキリとかじゃなくて?
皆こっちをじっと見ないでよ。
食べろと催促されている気がする。
毒とか入ってないよね?
仕方ない。
とりあえずハンバーグをぱくり。
…………手作りの味…………お母さん。
はっ
危ない危ない。
皆に見られているのに思わずほろりと泣いてしまうところだった。
バレてないよね。
チラっと皆の様子を見る。
「「「「「「っ!」」」」」」
何故か皆顔背けてるんですけど。
そんなに僕の食べ方って汚かったの!?
ハンカチを顔に当てて泣きそうな女子がいるんですけど!?
泣きたいのはこっちだよ!
ほんとなんなのさ!
訳が分からない。
でもまぁいっか。
僕にとってはこれが最後の晩餐ならぬ最後の昼餐?だ。
ありがたく頂くとしよう。
皆の豹変っぷりが怖すぎて、逆に冷静になってきたよ。
そんなこんなでお昼を食べ終えたけれど、この後も皆に話しかけられまくるのかな。
はぁ、どうしよ。
なんて困惑していた僕の元に、ある人物がやってきた。
「おい、里中」
「ひぇ」
殆どのクラスメイトの名前は憶えていないけれど、彼の名前は知っている。
染めた髪に鋭い目つき、いつも不機嫌そうで態度が悪く遅刻や欠席の常習犯。
不良と呼ばれるタイプのクラスメイトだ。
決して関わりたくない相手ということで覚えている。
その郷田君が僕に話しかけて来るなんて。
『面貸せや』
からのカツアゲですか!?
貧乏だからお金持ってないよ!?
それとも暴力ですか!?
リンチじゃなかったって内心ほっとしてたのに結局殴られるなんて、そんなのってないよ!
「ご、ごご、郷田君。な、なな、何かな?」
人生の最終日にこんな試練があるなんて。
などと絶望していたら、郷田君は意味が分からないことを言って来た。
「困ったことがあれば俺に言え」
はぇ?
郷田君は何を言ったのかな?
おかしいな、僕って難聴系じゃなかったと思うんだけど、こんな近くで言われた言葉をちゃんと聞き取れないなんて、やっぱりどこかメンタルがおかしくなってるのかな。
郷田君が僕を助けてくれるかのようなことを言うなんて。
あはは、ないない。
もしかしたら夢なのかも。
まったく僕ったら、あの郷田君が優しくなる夢を見るだなんて、やっぱり壊れちゃってたかー
あはははー
「ちょっと郷田!」
夢か現実か分からず唖然としていたら、郷田君はクラスメイトの男子にひっぱられて教室の隅の方に連れてかれた。
「流石にそれはいきなりすぎだろ。里中がパニクってるじゃねーか」
「そうそう、里中くんを困らせちゃダメだよ」
あるぇ。
仲良さそう。
僕とは違う意味で孤立してたはずなんだけど。
女子を含めた数人で楽しそうにお話してるぞ。
クラスの陰キャっぽい男子も仲良さそうに話してるのだけど、君達って狩る者と狩られる者の関係じゃなかったっけ?
「つっても、お前らも大概だぞ。俺が行くより前からあいつ困ってただろうが」
「あ、やっぱりそう見える?」
「やりすぎたかー」
「でも今日は
「だったらもっとストレートにやれば良いだけだろ」
「ストレート過ぎてもびっくりして怖がられるだけだよ」
「もう怖がられているようにしか見えねーけどな」
やっぱり仲良さそう。
ここからだと話が断片的にしか聞こえないから内容は分からないけれど、雰囲気は和気藹々って感じだ。
郷田君っていつの間に皆と仲良くなったのだろう。
実は不良じゃなくて、僕が知らない間に仲良くなるきっかけでもあったのかな。
あるいはやっぱりこれが夢か、だ。
クラスメイト達との昼食にきれいな郷田君。
昨日までなら絶対にありえない非日常に衝撃を受けていた僕だったけれど、更に追撃を受けることになる。
今度は僕らとは離れたところでご飯を食べていた女子の集団がやってきたのだ。
彼女達が僕の近くに来ると、その集団の中の一人が僕の前に出て来た。
クラス中が誰も何も言わなくなり僕とその女子を見ている。
異様な雰囲気だ。
その雰囲気に呑まれちゃったのか、僕は椅子から立ち上がってその人物と向かい合った。
さらさらで漆黒の黒髪が特徴的なクラス一の美少女。
ぼっちおぶぼっちの僕なんかとは住む世界が違う人物。
異世界に召喚されたら間違いなく『聖女』と呼ばれるだろう存在。
その井上さんが、僕の顔を不安げな表情で見つめている。
井上さんと一緒に来た女の子達も、他のクラスメイト達も、どことなく真剣な雰囲気があり、教室内に奇妙な緊張感が漂っていた。
「ゆ……里中、君」
「は、はは、はい。何でしょうか
「っ!?」
ふぇええええええ!?
目に涙を浮かべてるうううう!
なんで!?
僕、何かやっちゃったの!?
今度は名前合ってるはずだよ!
どうして!?
助けを求めて周囲を見ると、皆複雑そうな表情でジト目という微妙な目で僕を見て来るんだけれど、それってどういう感情なの!?
訳が分からないよ!
「…………」
「…………」
井上さんは何かに耐えるように下唇を噛み、次の言葉を口にしない。
どうしよう。
僕が悪いの?
この沈黙、超居心地が悪い。
何が起きているのか分からず、僕はもうパニック状態だよ。
というか、朝からずっとそうだよ。
あの眩暈の瞬間、まさか本当に謎の世界線に転移したのかな。
なんて現実逃避しようとしていた僕の心は、次の井上さんの一言で氷水を浴びせられたかのように凍ってしまう。
「放課後」
それは僕がこの世界とさよならする時。
今朝抱いた強い決意が、蘇って来る。
ずっとクラスメイト達の不審な挙動に動揺されっぱなしだった。
自殺のことを忘れていた時もあった。
でもそれで気が楽になったとか、死ぬのを止めようだなんてこれっぽっちも思わない。
家に帰ると思うだけで、あの醜悪な男の顔を思い出そうとするだけで、強い吐き気に襲われその場に崩れ落ちそうになる。
心が限界だった。
全てを終わらせたい。
その気持ちは変わってない。
クラスメイト達に囲まれているのに、自分だけ別世界に切り離されたかのような冷めた感覚。
そうだよ。
僕はもう、皆とは違い、この世界から半分消えているようなものだ。
そのことを井上さんは思い出させてくれた。
「放課後、用事ある?」
は、はは、放課後に用事だって?
あるよ、とても重要な用事がある。
誰にも言えない、最後の用事が。
「あ」
「無いよね」
井上さんは僕の返事を遮った。
まるでその答えを言わせないとでも言うかのようにはっきりと。
「いや、あ」
「無い。絶対に、無い」
なんで僕の放課後の予定が気になるの。
なんでそんなに強く否定するの。
なんでそんなに悲しそうなの。
まるで井上さんは、僕が今日何をやろうとしているのか知っているかのようだ。
そんな馬鹿な。
僕自身、昨日決意したことだ。
誰にも言ってないし、今日はクラスメイトたちに翻弄されていてネガティブな雰囲気を出せていなかったから僕の決意なんて分かるはずもない。
それなのに何で?
いやいや、そんなことあるわけないでしょ。
僕はもう決めたんだ。
全てを諦めたんだ。
僕の答えがどれだけ遮られようとも変わることは無い。
だからはっきりと答えよう。
「僕は用事があひぃん!?!?!?!?」
ふわり、と甘い匂いがした。
『用事がある』とはっきりと告げようとしたのだけれど、柔らかな感触がそれを中断させた。
なんで抱き締められちゃってるのおおおおおおお!?
え?
え?
え?
僕が?
美少女に?
だ、抱きっ……ふぇ!?
今日一の大混乱だよ。
いやいや、まてまて、これってかなりヤバい。
クラスの殆どの男子は井上さんの事が好きなはずだ。
それなのに、こんな冴えないただの陰キャが井上さんに抱き締められたところなんて見られたら、嫉妬でヤバい事になってしまう。
「
ぜんっぜん大丈夫じゃないッス!
つーか名前で呼ばないで!
逆効果だから!
絶対皆僕を睨んでるでしょ!
「コロス」
ほら、ほらほら、怨嗟の声が聞こえて来た!
「絶対(里中の父親を)ぶっ殺してやる!」
「(里中の父親を)マジ許せねぇ」
「シッ!シッ!」
このままじゃ自殺どころか彼らに殺されちゃうよ!
ボクシング部の男子なんか本気でシャドーボクシングしてるしぃ!
あの名前も知らない男子なんか、血が出る程に手を強く握ってる!
「準備もう終わってますか?終わってますよね?」
「これ以上は見てられない」
「う゛っ……う゛っ……」
女子も雰囲気がおかしい。
委員長が何処かに電話してるけど準備って何?
僕、処されちゃうの!?
これ以上見てられないくらいに醜い光景ですかね!?
嗚咽漏らす程に醜いですかね!?
井上さんは体を離してくれないし、何がどうなってるの!
――――――――
「あ、あの、だから、用事が」
「…………」
「ええと、だから」
「…………」
そして放課後。
僕は学校を出るとそのまま山に向か……へなかった。
それどころか、まともに教室を出る事すら許されなかった。
僕の右腕に、井上さんがまるで恋人かのようにぎゅっと抱き着いている。
クラスメイト達は何故か嫉妬もせずにニヤニヤしながら僕達が教室を出るところを見ていた。
どうしてこうなった。
僕、今日、死にたいんだけど。
なんでこんな幸せなことになってるの?
かなり体を密着して来るから、色々と当たってどうしたら良いか分からないんだけど。
なんで僕は死ぬ日にラブコメしてるの!?
「井上さん、ちょっと、ダメだって、放してよ」
「…………」
何度も何度も繰り返しお願いしても井上さんは決して放してくれない。
むしろお願いするたびにぎゅっと強く体を押し当てられる。
どう考えても恋人ムーブなのだが、僕相手に井上さんがそんなことをする意味が分からない。
だって昨日まで話すどころか目すら合ったことのない相手だ。
分かった。
きっとこれは罰ゲームか何かなのだろう。
よりにもよってこんな日に罰ゲームやらなくても良いじゃないか。
どうにか説得して離れて貰わないと。
「僕みたいな暗くて弱くて惨めな人間に井上さんがこんなことする必要なんて無いよ」
井上さんにはイケメン君とか野球部エース君とか、彼らの方がお似合いだ。
いくら罰ゲームでも僕なんかを相手にこんなことするのはダメだよ。
そう言いたかっただけなのに。
「違う」
普段の明るい声とは裏腹に、低く、力強い声できっぱりと否定された。
そして井上さんは、これまで以上に強く強く僕の右腕を抱き、僕の顔を見上げた。
「っ!?」
その顔は、聖女、いや、聖母と呼べるほどに慈愛に満ちたものであり、僕の意識は一気に惹き込まれてしまった。
「優くんは、優しくて、勇敢で、楽しくて、素敵な男性だよ」
何故井上さんが僕のことをこんなにも過大評価しているのか。
僕自身が、彼女が言うような人間では無い事は分かっている。
それなのに、彼女の言葉があまりにも甘く脳を蕩けさせるかのようで、僕は何も言葉を返すことも出来なかった。
気が付いたら、見覚えのある場所を歩いていた。
半ば放心状態な僕を井上さんが引っ張ってきたのだろう。
あれ、この方向は、僕の家?
「あの、え、なんで?」
「…………」
偶然だよね。
まさか僕の家を知ってるなんてこと無いよね。
あ、あはは、そんな、まさか。
馴染みのボロアパートが見えて来た。
もう戻らないと決めていたのに。
あの地獄なんて見たくもないのに。
自然と足が止まる。
父親に殴られる恐怖が体を支配する。
息が荒く、顔が苦痛に歪む。
「大丈夫、私
「…………」
一体何を言っているのだろうか。
僕には分からない。
分からないよ。
井上さんも、クラスメイトも、どうしちゃったの。
どうして僕を死なせてくれないの。
どうしてあの地獄に帰そうとするの。
こんなの、あんまりだ。
もう嫌だ。
お母さん、助けて。
誰か助けて!
「お、きたきた」
「準備出来てるよー」
「もっとゆっくり来れば良かったのに」
…………は?
え、何、どういうこと?
ボロアパートの前にクラスメイト達が勢ぞろいしていた。
それだけじゃない。
見たことのない大人の人が数名混ざっていた。
「父さん、マジで頼むぜ」
「いや、警察は令状なしに勝手にこんなこと出来ないんだが……」
「そのくらいなんとかしろよ!」
「さなっち、よく弁護士の知り合いなんていたね」
「お母さんの勤めている会社の先輩の旦那さんの知り合いなんだって」
「他人じゃん! なんで来てくれたの!?」
「
「おう、でも一つだけ気になる事あるんだよな。高校生って児童に入るのかな」
「分かんね」
「皆分かってないな、悪い奴を懲らしめるならマスコミだよ、マスコミ」
「あの人が
「それが教えてくれないんだよね(エロい雑誌の編集者だなんて言えない)」
「俺、ゲーム実況しかやったことないんだけどなぁ」
「何言ってるんですか、ユーチューバーの力を見せてくださいよ! それに登録者数伸ばすチャンスですよ!」
「ひええ、炎上する未来しか見えない……」
警察?
弁護士?
児童相談所?
マスコミ?
ユーチューバー?
はい?
お母さん、なんか知らないけれど、僕がそっちに行くのはまだ先になりそうです。
『これでもう里中は大丈夫だよな?』
『何言ってるの。あのクソ野郎が捕まっただけでまだ心の傷は癒えてないんだから、全然大丈夫じゃないよ』
『まぁまぁ、真田が言いたいのは自殺を止められたかってことだろ』
『異世界に転移した日に自殺するつもりだったって聞き出せていて本当に良かったよ』
『あいつそんな状況だったのに、俺達のために必死になって……』
『ばか、その話しないでよ、泣いちゃうじゃない』
『わりぃわりぃ、にしてもよ、魔王の奴もマジで余計なことするよな』
『記憶消去して強制送還とか最悪だろ。せっかくあいつの心の傷が治って来たって言うのに』
『可哀想なのは七海もだよ。あんなに里中くんと好き合ってたのに』
『心配してくれてありがとう。でも私は優君を信じてるから大丈夫。絶対に記憶を取り戻してくれる、ううん、今度は私が助ける!』
『俺達も同じ気持ちだぜ。里中には幸せになってもらわねーとな』
『あいつが居なかったら俺達死んでたからな』
『生き延びてても確実に病んでたもんね』
『借りは絶対に返す』
『里中君って明日から一人でしょ。一人になると寂しくて暗いこと考えちゃうんと思うんだ。だからさ、私達の家に泊まってもらうってのはどう?』
『それ良いな!』
『さんせ~い』
『あ~でも女子は難しいかな。七海に悪いもん』
『いっそのこと、七海と二人きりで住んでもらえば?』
『それも良いな!』
『さんせいさんせ~い』
『向こうだともう結婚済みたいな感じだったもんな』
『見てるこっちが恥ずかしかったもんね~』
『肝心の井上さんの反応が無いな』
『恥ずかしくて悶えてるんだと思うよ』
『その姿を里中に見せてやりてーな』
『あはは、確かに~』
その日、クラスLI〇Eは夜遅くまで途切れることなく続いた。
どうやら里中優の困惑はまだまだ終わりそうに無い。
【クラス転移】死のうと思った日にクラスメイト達が構って来たんだけど何で!?【その後】 マノイ @aimon36
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