第34話 私は、抗う

”お父様、お義母様。狭間の獣を祓う準備が整いました。近々、大神殿にお越しいただけないでしょうか”


 ビアンカにそう言われた俺たちは、様々な理由を付け、何とか十五日間休暇をとることに成功した。休暇中の滞在先が大神殿だと知った時の周囲の反応は怪訝そうではあったが、大神殿にはビアンカがいること、そして俺が密かに立てた計画を告げると皆納得してくれたので、その後はスムーズにことが進んだ。


 まあ、流石に本当のことは言えないよな。

 リュミエールが最強最悪の邪纏いに取り憑かれていて、このままだと五年後、世界を滅ぼすから、ちょっくら聖女ビアンカに祓って貰ってくるわ、だなんて。


 邪纏いに取り憑かれていると知られれば、彼女を王妃の座から下ろせと周囲が騒ぎたてるだろう。そしてそんな王女を俺に嫁がせたエデル王国は、責任に問われる。


 過去の戦争のせいで拗れていた二国間の関係が、良い感じになってきている。エデル王国に落ち度がないことはリュミエールの話からも分かっているので、また拗らせるようなことはしたくないし、そもそも、やっとこさラブラブになれた妻を、手放せ?


 ……………………

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 ちょっと、何言ってるかわかんない。


 まあ、何も知らないままのほうが幸せだということも、時にはあるのだ。


 こうして俺たちは、信頼出来る人間に城を任せると、大神殿のあるフィルムの街へと向かった。


 大神殿に辿り着いた俺たちを真っ先に迎えてくれたのは、


「お父様、お義母様!」


 走る音まで尊い、俺たちの白雪姫――ビアンカだった。


 ちなみに娘の格好は、城で身につけているようなドレス姿ではない。


 ファナードの女神のような服――前世の世界で言うと、ギリシャ神話の女神のような白い服を身につけていた。頭には、丁度背中の中央ぐらいまでの長さがある白いベールを被り、頭にはめ込まれた金色の輪っかで止めている。


 聖女なので、ファナードの女神を模した服装をしているのかもしれない。

 とはいえ顔は見えるのだが。


 可愛すぎるビアンカこそ、悪い虫おとこが寄ってこないよう、顔を隠すべきでは????


 走り寄ってきたビアンカを俺が抱き上げると、リュミエールも、ビアンカの頬に自分の頬をくっつけて抱きしめながら、再会を喜んだ。


 中々感情を表情として出すことができない彼女だが、その分、行動で感情を示すようになった。こうしてビアンカとくっつくのも、上手く感情を表に出せない彼女の、精一杯の愛情表現なのだ。


 頬っぺたをくっつけあって笑うビアンカと、表情は硬いが嬉しさはめっちゃ伝わってくるリュミエールの姿はまさに、天使と聖母の一枚絵。


 この場にいる皆の者たちよ、刮目せよ。

 お前たちは今、この世界で最も尊ぶべき奇跡と対面しているのだ。


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 ……………………


 この中に、絵師さんはいらっしゃいませんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉


 再会を喜び合った後、俺たち三人は大神官に案内された部屋に入った。

 中には既に先客がいた。


 ビアンカを守る七人の聖騎士たちだ。


 俺とリュミエールが一つのソファーに座り、ビアンカは大神官の隣に座った。その後ろには聖騎士たちが、聖女を守るように控えている。


 皆に見守られながら、俺とリュミエールは、狭間の獣の邪祓いについて、説明を受けた。


 邪祓いは今から七日後、大神殿が所有するクウォルト大森林の一角に作られた広場で決行される。


 クウォルト大森林は、エクペリオン王国内で一番広く深い森であり、ここフィルムの街から四日ほどかかる。


 距離はあるが仕方ない。


 祓うのは、最強最悪の邪纏いだ。何があるか分からない以上、人々の生活圏から出来るだけ離れた場所で邪祓いをすべきだろう。

 そういう意味では、クウォルト大森林は、邪祓いに適している。別名【迷いの森】と呼ばれていて、この森に近付く物好きはいないため、開発も進んでいないのだから。


「つまり今から三日後に出発ということ……ですか」


 説明を聞いたリュミエールが呟いた。表情は変わらないが、膝の上に置いた両手の指先が白くなるほど、強く握りしめている。

 不安になるのも仕方は無い。


 俺は、リュミエールの手を握った。


「大丈夫だ、リュミエール。ビアンカが失敗すると思うのか?」

「……いいえ。そう、ですね」


 目の前のビアンカに視線を向けながら、リュミエールは頷いた。ビアンカが小さな胸を張りながら、彼女を安心させるように明るい声を出した。


「もちろんです! お義母様は、私たちが必ず救います! それに当日は、お父様も邪祓いに参加されますし、安心してください」

「え? レオン様も、邪祓いに参加されるのですか⁉」

「ああ、もちろんだ」


 俺は頷き、当日の役目を告げると、リュミエールは眉間に深い皺を刻みながら、大きく首を横に振った。

 細い指のどこに、こんな力があるのかと思えるほど、強く俺の腕を掴む。


「い、いけません! 私なんかのために、あなた様の身まで危険に晒すなど‼」

「もう決めたことだ。邪祓いという危険に、ビアンカだけを関わらせるわけにはいかない。それに家族の一大事に、夫であり父親である俺が動かない理由がない」


 家族を守れなくて、国が守れるかってーの!


「でもあなた様は、エクペリオン王国の主です! そしてビアンカは国の希望。こんなことで失われてはならないのです! この機会に正直に申し上げますが……私は、ビアンカが狭間の獣を祓うことに納得していません! やはり、安全かつ確実な方法をとるべきかと……」

「言ったはずだ。俺の幸せの中には、お前がいないと駄目だと」


 リュミエールが、ハッと息を飲んで俯いた。髪の毛の隙間から見える耳の先が、ほんのり赤くなっている。「しかし……」と絞り出すように呟く彼女の手を、強く握りしめた。


「誰の優先順位が高いとか関係ない。誰一人欠けてはいけないんだ」


 そう。

 俺たちは、家族なのだから――


「皆で、幸せを掴むんだ。そのための危険なら、俺はいくらでも引き受ける」


 きっと、記憶にない繰り返された世界の中でも、俺は同じ選択をしたはず。いや、チート能力がなくとも、俺の決意は変わらない。

 

 だって、こんなに美しい妻と世界一可愛い娘が、俺の家族なんだぞ?

 こんなに素敵で温かい家族が、今世にはいるんだぞ?


 守らない、理由がないだろ‼


 ビアンカも、身を乗り出す。


「そうですよ、お義母様。あなたが一人で悩み、苦しみ続けた重荷を、どうか私たちにも背負わせてください。家族皆で、乗り越えましょう!」


 リュミエールは、何の反応も見せなかった。

 だが大きく見開かれた青い瞳がみるみる潤み、耐えきれなくなった涙が目尻を伝って頬に流れた。彼女の頭が深く沈む。


「ありがとう……ございます……レオン様、ビアンカ……」


 肩を振るわせながら、リュミエールは俺たちに向かって深く深く頭を下げ、そしてゆっくりと顔を上げた。


 頬は濡れているが、新たな涙は流れていなかった。


「母を死に追いやった私に……狭間の獣に取り憑かれ、国を危険に晒した私に、幸せになる権利などないと思っていました。レオン様とビアンカが幸せになるのなら、この命など惜しくはないと。しかし……もう終わりにします」


 決意に満ちた美しい表情が、俺たちの視線を奪う。


「私は、あらがう。ですからどうか、狭間の獣を祓う力を、私にお貸しください」


 リュミエールは、覚悟を決めたのだ。

 過去と決別し、自らを罰することを止め、俺たちのために――そして自分のために幸せになる覚悟を。


 俺は、そんな彼女の覚悟を美しく、そして誇らしく思う。


 リュミエールの決意に皆が心を打たれる中、俺たちの様子を見守っていた大神官が、腕を組みながら納得した様子で呟いた。


「ふむ……初めて陛下からご提案をお聞きしたときは、驚きましたが……なるほど、これは納得ですなあ」

「陛下からのご提案? 何のことでしょうか?」


 って、くそ爺っっっっっっっ‼

 その話は、リュミエールには内緒だっつっただろーーーーーーーーーーがっっっっ‼


 俺の心の叫びが、鬼の形相となって現れていたのか、大神官の表情がピシッと固まった。かと思えば、カラ笑いをあげて誤魔化そうとした。


 ……いやいやいやいや、ごまかし切れてねーけど?

 リュミエールさんが、疑惑の眼差しを向けていらっしゃいますケド?


 誤魔化すの下手くそ過ぎだろ、こいつ‼


 大神官も、誤魔化しきれていない雰囲気を察知したのか、


「いやぁー、今日は良い天気ですなぁー」


 とか、突然全く関係のない天気の話とかし出すし!

 ここで、今までの空気感とか感動とか、そういうのを全てぶった切って、いきなり天気の話もってこれるとか、メンタル鋼なの?


 それとも、馬鹿なの⁉

 

 そのとき、


「お義母様? よろしければ、今から私と一緒に大神殿をまわりませんか? 私がご案内いたします! ここは、邪纏いに対抗する場所ではありますが、長い歴史があるため、様々な芸術的作品が保管されているのですよ?」

「そうなのですか! とても興味深いですね?」

「はい! もの凄く大きな絵画もあるんですよ。是非お義母様にも、観て頂きたいです!」


 ビアンカの無邪気な提案に、リュミエールの意識がそちらに向いた。継子の楽しそうな提案と満面の笑顔によって、大神官の失言が彼女の記憶から消去されたようだ。


 ビアンカ、グッジョブ過ぎる‼

 流石、賢可愛い俺の娘‼


 場の空気を読んだのか聖騎士たちもビアンカの発言に合わせ、「ささっ、王妃様、こちらへ……」と、リュミエールを部屋の出口へと誘っている。


 リュミエールの手を、ビアンカが自然な流れで取ると、二人は聖騎士たちと共に部屋を出て行った。


 皆のファインプレーのお陰で、俺の計画が洩れることは防がれた。

 本当に良かった……


 実は、リュミエールにサプライズを用意しているのだ。

 彼女に知られないように、コソコソと計画実行の準備を進めていたのに、この爺のおかげでパーになるところだった。


 ホッと胸を撫で下ろしていると、


「いやぁー、危なかったですなぁー。しかし、何とか誤魔化せたようで良かったです」


 と、元凶がのうのうとお茶を啜っているんだが。


 え? 何でアレで誤魔化せたと思ってんの?

 ええ? 何でお前がやりきった顔してんの?


 ……駄目だこいつ。

 早く何とかしないと。

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