第24話 答え合わせと新たな真実

 俺はあの後、いつからリュミエールの名前を【アリシア】だと勘違いしていたのかを、必死になって考えた。


 恐らく……俺が頭を打って、前世の記憶を思い出したタイミングだ。


 もしかすると、井上拓真だった記憶と一時的にごっちゃになっていたのかもしれない。

 アリシアという名前はきっと、俺が前世の世界で遊んでいたゲームのキャラか何かだろう。


 きっとそうだ。

 そう思わなければ、モヤモヤし続ける気持ちや不可解な薄気味悪さを、いつまで経っても消すことが出来なかった。


 半ば強引に結論づけた俺は、その日は眠りについた。


 次の日――


 城内で、人通りが少なく、密談などによく使われる応接間に、俺とビアンカの姿があった。もちろん、今後のことについて相談するためだ。


 周囲には、ビアンカと離れていた分、親子の時間を取りたいと言い、二人きりにして貰っている。俺が普段からビアンカを溺愛しているため、周囲から疑問の声は出なかった。それどころか、またか……という感じの反応をされた。解せぬ。


 俺たちが親子水入らずの時間を快適に過ごすためにテーブル上に置かれたティーセットはそのままに、俺の横に座るビアンカの目は、前に置かれた黒い手鏡に釘付けになっていた。


「昨日のお父様のご様子から、もしやと思っていましたが……やはり邪纏いの鏡のこと、ご存じだったのですね。でもまさか、使役しているなんて……」

「ちなみに名前はポチだ」

「ぽ、ポチ?」

「ああ。鏡って呼ぶとややこしいだろ?」

「まあ、確かにそうですが……それにしてもポチだなんて、変わったお名前ですね。それで、ここに呼び出せるのですか?」

「ああ、もちろん。おいポチ、聞こえてるだろ。出てこい」


 俺が話しかけると、手鏡に映っていた俺たちの姿が消えた。

 突然鏡に何も映らなくなったことに驚いたのか、ビアンカが大きな瞳をさらに丸くする。


 手鏡から、場の空気にそぐわないくっそ明るい声が響いた。


『ご主人様、ビアンカ様。王妃様の真実に辿り着かれたようですね!』


 空気の読めない奴の発言に、ビアンカのこめかみがピクッと動き、俺の眉間に深い皺が寄る。胸の奥からじわじわ湧き出てくるのは、怒りだ。


 この、しょーーーーもない反応をしてくるクソ鏡への、怒りだ!


「はぁ⁉ 何が【真実に辿り着かれたようですね!】だ‼ お前……ビアンカと接触があったことを、何故言わなかった!」

「そうよ! この間あなたと話した時、全くそのことについて言わなかったでしょう⁉ 何が【陛下はあなた様の仰ることを信じてくださるとお思いですか?】よ!」


 だがポチは、俺たちの非難の声など全く意に介した様子なく、まあまあ、などと言って俺たちを宥めようとした。


『言わなかったのではなく、言えなかったのです。でもまあいいじゃないですか。結果的に協力し合えるようになったのですから、ね? ねね? だからそんなに怖い顔をなさらないでください。私めは信じていましたよ? お二人がこうやって真実に辿り着くことを‼』


 ……いや、絶対に思ってねえな、こいつ。


 やっぱり壊した方が良かったんじゃね?

 リュミエールが抱える事情は、結局ビアンカが解き明かしてくれたわけだし。


 こめかみがピキピキ動くのを感じながら、俺たちはポチに、リュミエールが隠し続けた真実を伝えた。

 全てを話し終えると、


『お二人が、ここまで辿り着くとは思いませんでした。ここまでご存じなら、私めからもお話し出来るでしょう』


 そうポチが称賛の声をあげ、俺たちが辿り着いた真実との答え合わせが始まった。


『お二人が仰るとおり、王妃様は邪纏い【狭間の獣】に取り憑かれております。あの方は、狭間の獣の目覚めを阻止するため、聖女であるビアンカ姫の憎しみがこもった聖法を受け、狭間の獣の身を封じ、処刑されて命を絶つことで獣を祓おうとなさったのです』

「でも、ビアンカは狭間の獣を祓えるんだろ? 別にビアンカに憎まれて処刑される必要なんてなかっただろ!」

『今のビアンカ姫の力だけでは、狭間の獣を祓える可能性は半々なのです』

「え?」


 でもビアンカは昨日、自信満々に祓えると言っていたが……


 隣を見ると、娘は唇を真っ直ぐに結び、黒い手鏡を見つめていた。しかし俺の視線に気付いたのかこちらを見て、躊躇いがちに頷いた。


 聞いていた話とは違い、俺の背中に冷や汗が流れ落ちた。


『ビアンカ姫が狭間の獣を祓うためには、長き修行が必要となります。今の姫の力だけで、狭間の獣を祓うのは難しい。しかし今の姫でも、確実に祓う方法が一つだけあるのです』

「まさかそれが……」

『そう。ビアンカ姫の憎しみがこもった聖法を受けること。聖女の強い憎しみには、狭間の獣を封じる程の力がありますから』

「で、でも、聖女の修行をすれば、ビアンカの力は強くなるんだろ? それこそ、狭間の獣を確実に祓えるくらいに」

『あなた様たちが王妃様の真実に辿り着いたのでお話し出来るのですが、狭間の獣は今から五年後に目覚めます。獣を確実に祓う程の力をつけるには、それ以上かかる。今からどれだけビアンカ姫が聖女修行を行っても、間に合わないのです。だから王妃様は、ビアンカ姫に憎まれて処刑されることを選んだのです』

「そのほうが、確実だから……か……」

『仰るとおりです』


 ポチに突きつけられた残酷な事実に、俺は力なく背もたれに身体を預けた。


 このまま何もしなければ五年後に狭間の獣が目覚め、この国で暴れまくる。

 俺が守るべき国が滅びる。


 しかし国を確実に守るならば、リュミエールを殺さなければならない。

 それも、ビアンカにリュミエールを憎ませる?


 今更無理だろ、そんなこと!


 俺は……どうすればいい?

 どうすれば――


 そのとき、前世の記憶――自称女神との取引を思い出した。


”後、あなたには望む能力を授けたいと思います。井上さんの世界でいう『チート能力』ってやつを。ただし一つだけですが”


 心臓がドクンと鳴った。

 絶望で閉ざされていた道に、一筋の光が差し込む。


 そうだ。

 チート能力だ。


 狭間の獣なんて一瞬で祓えるような強大な力を、あのクソ女神に与えて貰えば――


「大丈夫ですよ、お父様」


 ビアンカの明るい声に、俺の意識は今へと戻った。隣を見ると、先ほどとは違う自信に満ちた表情をしたビアンカがいた。


「神殿が、聖女の力が未熟な場合を想定していないわけがありません。私の力が未熟であっても、狭間の獣を祓う手段はあるはずです」

「お前は昨日も自信満々に言っていたな。何か心当たりがあるのか?」

「はい。だから、私に任せてください」


 俺には、邪纏いや聖法、聖女についての知識がない。

 ならばここは、専門家であるビアンカに任せよう。誠実で責任感のある娘が意味も無く、こんなことを言うはずないのだから。


 ビアンカは俺からの信頼を感じ取ったのかニコッと笑い返すと、今度は挑むように手鏡を見下ろした。


「ずっと気になっていたのです。お義母様が何故私の力や、邪纏いを祓う方法をご存じだったのかが……あなたですね? あなたがお義母様に、私に憎まれて処刑されるようにと助言したのですね?」

『はい。とはいえ、私めの助言は、聖女たるビアンカ姫の憎しみがこもった聖法を受け、ご自身で命を絶つことですが。先ほども申し上げたとおり、こちらの方が、確実に狭間の獣を祓えますから』

「ポチ、お前か……お前が全ての元凶かっ‼」

『元凶だなんて心外です。私めは、この国を滅びから救う方法を、王妃様に助言させて頂いただけです』

「……っ、おまえ……っ‼」

「お父様、邪纏いに人間らしさを求めるなんて無駄ですよ」


 ビアンカに諭され、俺は怒りを喉の奥に押し止めた。


 ああ、そうだよな。

 殺した人間を、死者の軍勢にしたり、永遠に朽ちぬ鑑賞物として保存するような奴等がいるのが、邪纏いの世界だもんな。


 だが落ち着いた俺と交代するように、テーブルに置いたビアンカの拳が震えだした。震える拳に視線を落としながら、小さな唇から恐ろしいほどの低い声が零れる。


「……だけどどうしてお義母様は、処刑を望んだのでしょうか……一度目の人生で、あのような無残な最期を遂げたのでしょうか。分からないのです……」


 ビアンカに言われ、確かにと思う。

 

 ビアンカの一度目の人生のとき、リュミエールは結婚式の余興として、残忍な方法で処刑された。だけどその時点ではすでに獣の支配から解放され、自死を選べたんだよな?


 なのにどうして最期まで悪女を貫き、処刑されたのだろうか。


 ダンッとテーブルを叩く音と、食器が揺れる音がした。ビアンカが怒りにまかせてテーブルを叩いたのだ。

 彼女の表情は、怒りと悲しみで歪んでいた。


「……私たちに……相談して欲しかった! 例え全てを話せなくても……私たちに話して欲しかった……だって、家族じゃないですか!」


 潤んでいた黒い瞳から、耐えきれなくなった涙が一粒零れてスカートの上に染みを作った。

 俺に抱きつき、静かに涙を流す娘の背中を撫でながら、ポチに向かって宣言した。


「俺たちは王妃を――いや、リュミエールを必ず救い出す。だからもうお前の助言など、必要ない」

『失敗する可能性があっても……ですか?』


 まだこいつは、ビアンカの力が未熟なことにこだわっているのだろうか。

 しかし、いざとなれば俺にはチート能力がある。


 だから、


「失敗などするわけがない」


 そう言い切ってやった。


 ポチは、何も言わなかった。

 少しの間の後、


『……左様でございますか』


 そう返答するポチの口調は、何故かリュミエールの淡々とした口調を思い出させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る