第22話 笑顔の理由

 ……笑った?

 今から処刑される人間が笑うものなのか?


 背中に寒気が走った。


「王妃殿下の笑顔は一瞬でした。ですが、私の心にずっと残り続けました。あれだけ私を憎んでいた王妃殿下が、何故あのような優しい笑みを向けたのか……まるで、この結末を喜び、王妃殿下を弾糾した私を褒めているかのように……」


 そう話すビアンカの肩が震えている。両腕で自身を抱きしめながら、足先に視線を落とした。


「結婚後、私は、今まで王妃殿下にされたことを思い出しながら、あの人が行ってきたことを調べました。時間が経って分からなかったことも多かったのですが、あの方は、私を虐める際、同時に逃げ道も用意していたことが分かったのです」


「つまり王妃は、お前に危害を本気で加えようとしていなかったということか?」


「はい。私が森に置き去りにされたとき、獣に襲われそうになったと言いましたよね?」


「ああ。でも妖精族に助けられたんだろ?」


「そうなのですが、後に確認したところ、森に幼子がいるという知らせがあったそうです」


「知らせ? 誰から……」


「手紙を受け取った妖精族の子どもは、相手が人間だったと言っていましたが、フードで顔が隠れていたそうです。ただ……その女性からは、チェリックの香りがしたそうです。受け取った手紙からも……」


「……王妃が愛用していた香水の原料だな」


「はい。それに、隠し通路を知らせる謎の手紙にも、僅かにですが同じ香りがついていました。そもそもですよ? 私を殺したいほど憎いのなら、何故森に置き去りにしたのでしょうか? 非力な幼子である私など、簡単に殺せたはずです。ですが王妃殿下は、私を殺さなかった……これまで調べた結果から、私は一つの仮説を立てたのです」


 ビアンカが真っ直ぐ俺を見つめる。


「王妃殿下には、私を憎むフリをしなければならない理由があったのではないかと――恐らくその理由は、王妃殿下の処刑にも関わってくるのではないかと」


 憎むフリと、処刑。

 今のアリシアとも合致する。


 ビアンカも、俺と同じところまで辿り着いているというわけだな。


 俺の場合は、前世の記憶とポチの存在によって分かったが、ビアンカは超常現象に頼らず、一人でここまで辿り着いた。

 うちの子、本当に賢すぎる。


 ここまで話を聞き、ビアンカがポチのことを知っているか、よりも、もっと気になったことを訊ねた。


「それで……その後、お前自身はどうなったんだ? 確か、一度十九歳まで生きたと言ってたが……」


 愛する娘が十九歳などという若さで亡くなったなんて、認めたくはない。心が苦しくなり、保っていたはずの冷静さが一気にぐらつく。


 ビアンカは少し困惑していた。

 形の良い眉を真ん中に寄せ、少し考え込むように慎重に言葉を選んでいる。


「……私が一番長く生きたのは、一度目の人生で十九歳でした。その後は、九歳、十一歳まで生きました。でも二回目、三回目の人生の時は、突然目の前が真っ白になって、気が付いたら七歳の自分に戻っていたのです。だから正直……ちゃんと死んだかどうか分からないのです」

「一度目の人生は違ったのか?」

「一度目も最後は突然目の前が真っ白にはなったのですが……あんっの、くっっっっそ王子……」


 そう話すビアンカの表情に、初めて怒りが見えた。

 十歳という幼い容姿なのに、背後から立ち上る怒りのオーラが大人のソレだ。アリシアの冷たさとは違い、全てを燃やし尽くしてしまいそうな激情に、俺まで焼かれそうだ。


 とにかく怖すぎて、とーさん涙目なんだが。


 アリシアの酷い所業をされていたことを話す時ですら、怒りなんて見せていなかったのに、どういうことだ?


 一体何があったんだ⁉


「先ほど、一度目の人生では隣国の王子と結婚したと言いましたよね?」

「あ、ああ……」


 俺はビアンカの気迫に圧されながら、操られるようにブンブンと首を縦に振った。


 そ、そういえばそんなこと言ってたな。

 アリシアの最期が壮絶すぎて、聞き逃してたな……


「隣国っていうことは、ベルガイム王国か? そういえば、現国王夫妻の間には、四人ぐらい王子がいたな」

「そうです。結局、跡継ぎがいなかったお父様は、ベルガイム王国の第二王子を、私の婿として迎えたのです」


 第二王子……顔が思い浮かばん。


 可愛い可愛いビアンカをそんなモブと結婚させるなんて……恐らくだが人生一回目の俺、アリシアがビアンカを殺そうとしたことがショックすぎて、正常な判断が出来ていなかったんだろうな……


 目許に深い影を刻んだビアンカが、半笑いを浮かべながら言葉を続ける。


「しかしその王子は、邪纏いだったのです。いえ、ベルガイム王家自体が、死者を操る邪纏いの家系だったのです。王子は私と結婚して三年後、本性を現しました。邪法によってお父様も含めた大勢の人が殺され、他国を侵略するための不死の兵士として蘇らせたのです。私なんて、【死体はいい。君の美しさを永久に保存出来るから】とか言って私を殺し、観賞用にしようとしていたんですよ? 邪法をかけられてしまった私は意識が遠のき……気が付いたら七歳の自分に戻っていました。そのまま、亡くなったのでしょう」


 君の美しさを永久に保存出来るから……だ、と?


 ……………………

 ……………………

 ……………………

 ……………………


 はぁあああああああああああああ?

 うるせぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼


 ビアンカは年取ったら、滅茶苦茶可愛いおばあちゃんになるっつーーーーーーーーーのっ‼

 若かろうが年を取ろうが、ビアンカの魅力は何一つ変わらんっつーーーーーーーーのっ‼


 そんな野郎に、ビアンカの美しさの何たるかを語る資格はない!

 人生もろともやり直してこい‼


 でもまさか本当に、死体愛好家……というかネクロマンサーな王子だったとは……いや、さっきベルガイム王家自体が邪纏いって言ってたな……


 狙っていたんだろう、この国を。

 そしてビアンカの夫となり、さらに俺が心神喪失している隙を狙って、国を乗っ取ろうと計画したんだろう。


 やべぇ……くっそ近くに国の脅威あるやん……

 全てが終わったら、対処しよう。


 くそ王家もくそ王子も、全員首を洗って待ってろ。

 ビアンカを鑑賞用玩具にしようとしたことを、後悔させてやる!


 ビアンカの頭を撫でると、心の中で荒れ狂っていた怒りが引き、代わりに悔しさと後悔で一杯になった。


「……守ってやれなくて……すまなかった、ビアンカ」


 謝罪を口にすると、自然と目頭が熱くなった。

 愛する妻を失い、最愛の娘を守れず死んだ一度目の人生の俺は、さぞかし無念だっただろう。


 今ですら、これだけ胸が苦しいのだから。


 だがビアンカは首を横に振ると、優しく微笑む。


「いいえ。お父様は最期の瞬間まで、私を守ろうとなされました。いつ死んでもおかしくない程の怪我を負いながらも、私が逃げるための道を作って下さったのです。だから……もう謝らないでください」


 そう話すビアンカの瞳も潤んでいた。

 しかし、服の裾で目をゴシゴシ擦ると、真剣な表情に戻った。


「それにまだ話はこれからなのですから」

「……ああ、そうだな」


 その言葉に、俺は僅かに滲んだ涙を服の裾で拭くと、話を聞く体制に戻った。


「二度目の人生は、一度目と少し違っていました。王妃殿下は嫁いでこられたときから、冷たいお人でした。ですが、なんというか……一度目の人生に比べると、あまり虐めてこないというか……」


「一度目の人生のときと、王妃の様子が違っていたのか?」


「はい。だから二度目の人生では、徹底的に王妃殿下を観察することにしたのです。よくよく観察した結果、王妃殿下が、私やお父様を心の底から嫌っているわけではない――むしろ好意を寄せてくださっていることに気付きました。それを見て確信したのです。私の仮説は正しかったのだと」


「え? 王妃の表情が読み取れるのか⁉」


「ええ。今の王妃殿下も分かりやすいですよね。私と会うと、一瞬だけ頬の緊張が溶けるのです。それに私が大神殿から戻ってきた際も、立ち去る際、一瞬だけもの凄く苦しそうな気持ちを顔に出されていましたし、ご無理をされているのだなって」


 何で分かるんだ⁉

 うちの娘、微表情が読めるタイプの超人なのかな⁉


「でも二回目の人生は、たった二年――私が九歳のときに突然終わってしまいました。三回目の人生を始め、二回目の人生と同じく、王妃殿下から悪意を感じられないと、私を虐めてもちゃんと逃げ道を用意されていると確信した私は、十歳のとき、思い切って邪纏いの鏡に会いに行ったのです。隠し通路があることは、一度目の人生で分かっていましたから」


 邪纏いの鏡――つまりポチのことだ。


 さすが親子だな。

 考えることは一緒――


「でもあの鏡は、何かごちゃごちゃ言う割には、何も教えてくれなくて……何か腹が立ったので、護身用に持参していた槌で壊しました」


 って、壊されてるぅぅぅぅ⁉


 た、確かに俺のときもポチの野郎、何かごちゃごちゃ言ってたけど、さすがに壊すのは思いとどまってやったぞ?


 可愛い顔して結構容赦ないな、うちの娘!

 意外と短気だな、うちの娘!


 怒らせないように俺も気をつけよう……

 

 もちろん、鏡を割ると大きな音が出るわけで、それを聞きつけたアリシアに、ビアンカは感情のままに、自分が知っていることを全て伝えた。


 アリシアが、自分たち親子のことが好きなのに、冷たい態度をとっていること。

 このままだといずれ一度目の人生のように、ビアンカを殺そうとした悪女として、処刑されてしまうことを。


「だから……困っていることがあるのならお父様に話して、一緒に解決しようって言ったんです。そうしたら王妃殿下は……泣いていらっしゃいました。泣いて……私を抱きしめてくださったんです。何度も何度も、ごめんなさいって謝罪されながら……」


 しかしそれでもアリシアは、全てを語らなかった。


「自分の口からは話せないのだと……でも全てを知りたいのなら、大神殿に行って欲しいとお願いしてこられたのです。だけど、お父様が大神殿行きを中々許してくださらなくて……そして気付けば、七歳に戻っていたのです」

「ご、ごめん……」


 ……俺の過保護も、ちょっと見直すべきかなあ。


 でも八ヶ月前、ビアンカが突然、大神殿に行きたいと言い出した理由が、これで分かった。

 前の人生でアリシアと交わした約束を果たし、全てを知ろうとしたのだ。


 結果、ビアンカは聖女認定をされた。

 聖女修行をしたいというビアンカの願いを俺は許さなかったが、アリシアが後押しした。


 恐らく……アリシアの事情に、聖女修行も関わっていたから。


 全部、繋がっていたのだ。


「お前が突然大神殿に行きたいと言い出したのは、そういう理由か」

「はい。一人で出歩くことが許される九歳を待つのは、とても長かったですけどね」

「言ってくれれば、俺だって……」

「ごめんなさい……お父様に、これ以上のご負担をかけたくなかったのです。一度目の人生で、たくさんご負担をおかけしたのをみていたので……だから話すなら、全てが分かってからと決めていたのです」


 ビアンカが申し訳なさそうに言う。

 ううっ……や、優しい……


 でもこうやって俺に全てを打ち明けてくれたということは――


「短期間ではありましたが聖女修行を受け――分かったのです」


 大きく心臓が跳ねた。

 いよいよ核心に触れるからだ。


 ビアンカの唇がゆっくり動く。


「王妃殿下は、最強最悪の邪纏い【狭間の獣】に取り憑かれておられます」 

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