白雪姫の継母の夫に転生したっぽいんだが妻も娘も好きすぎるんで、愛しい家族を守るためにハッピーエンドを目指します ~とりあえず魔法の鏡、まずお前をぶっ壊す~
第11話 世界で一番美しく、お優しいのは――
第11話 世界で一番美しく、お優しいのは――
手鏡の表面に触れると、人差し指の先にひんやりとした冷たさが走った。この状態で声を発すれば、アリシアに届く。
俺は唾を飲み込んで口の中を湿らせると、肺の奥から空気を送り出した。
『あ、あの……』
プライバシー保護のために音声を変えていますというテロップが出そうな甲高い声が、俺の発声とは僅かに遅れて聞こえてくる。恐らく、アリシア側に伝わっている俺の声を、手鏡側でも拾っているのだろう。
アリシアには問題なくポチだと思われているようで、一枚絵にして残したいくらい美しく小首を傾げながら、ポチに成り代わった俺に尋ねる。
「ああ、良かったわ、反応があって。それで一体どうしたのかしら? 何か悩み?」
悩み、という単語を聞いた瞬間、天啓がひらめいた。
くわっと目を見開きながら、少し食い気味に答える。
『そ、そうです! 私、今もの凄く悩んでおりまして……』
「あら。邪纏いにも悩み事があるのですね。あなたにはいつも支えられていますから、私に出来ることがあれば、何でも言って?」
アリシアはフフッと笑うと、何の疑問も抱くことなく俺の出任せを受け入れている。
それはいいのだが……
(あなたにはいつも支えられているって……ポチに対する評価が高すぎないか?)
そこだけが、非常に非常に気に食わない。
くっそ。
どこかのタイミングで、ポチに対するアリシアの評価を下げてやる!
ポチの株大暴落だ! ヒャッハー!
そう心に誓いながら、俺は言葉を選びつつ、アリシアとの会話を再開した。
『ありがとうございます、王妃様。早速なのですが……私の友人が、好きな人に隠しごとをされているようで悩んでいるみたいなのです」
「直接訊ねても駄目なのでしょうか?」
『はい。友人が訊ねても教えてくれないらしく……こういうとき、友人はどう行動すればよろしいでしょうか?』
これぞ、
”本当は自分のことだけど、友人の話にして悩みを聞いて貰おう”作戦だ!
これなら、友人の話という部分以外は嘘を付く必要がないから、下手に嘘を重ね、矛盾が発生することもない。
完璧すぎる……
自分が恐ろしい……
自分の思いつきに自画自賛していると、アリシアが顎の下に手を当てて考え込んでいるのが見えた。
その表情は、滅茶苦茶真剣だ。
しばらく考え顔を上げると、鏡を通してこちらを見つめてきた。俺の姿は見えていないはずなのに、貫くような真っ直ぐな視線に、心臓が大きく音を立てる。
「そう……ですね。あなたのご友人と、そのご友人が好きな方との関係が分からないので何とも言えませんが……私なら、何があったか必要以上に訊ねないと思います」
『そう、なのですか?』
「ええ。その代わり、私がその人をとても心配していること、そして必要であれば力になるので、そのときは私のことを思い出して欲しいと伝えますね」
『気にならないのですか? 何が好きな人を悩ませているのか……』
「気にはなりますけれど……」
アリシアは瞳を閉じた。
何かを思い出し、思い出したそれをまるで言葉でなぞるように、ゆっくりと語り出す。
「その方が悩み考え抜き、結果を導き出す時間も大切だと思うのです。無理強いはいたしません。でも私に頼ってもよいことをしっかり伝え、そしてその方の話を受け止める度量が私にあることを、日々の態度で示したいと思います。悪く言うなら……私に頼っても良いと信じて貰えていないってことなのですから」
彼女の発言が、俺の心をグサグサと突き刺していく。
まるっきり、俺に当てはまることばかりだったからだ。
アリシアの言葉を借りるなら、
彼女が俺に相談もなにもしなかったということは……俺が悩みを打ち明けるに値しない人間だったということ――
……悔しい。
悔しいが……夫婦関係が破綻している、どうしよう……と悩むだけで、関係改善のために何も動こうとしなかった俺も、充分すぎるほど悪い。
自業自得だ。
……ちょっと泣きそう。
「ご、ごめんなさい! 偉そうに……でも、少しは参考になれば嬉しいわ」
『ありがとうございます、王妃様。大変参考になりました。相手に悩み事を打ち上げても大丈夫だと信頼して貰うよう、行動で示せと友人に伝えておきます』
「ええ。そのご友人の悩みが、早く解決することを祈っております」
アリシアは微笑むと、両手を組んで祈りのポーズをとった。常套句ではなく、悩みが解決することを心の底から祈っていた。
顔も名前も知らない、その相手を想って――
心の声が、思わず口を衝く。
『王妃様は……お優しい方ですね』
え? と声をあげ、アリシアが顔を上げた。俺の発言を精査しているのか、両腕を組んで、うーんとうなり声をあげている。
「そんなことは、ありません。お優しい方というのはビアンカ姫や陛下のような方のことを言うのですよ。私なんて、あの方々の足下にも及びません」
どこか寂しそうに呟くアリシア。
分からなかった。
何故自分を、そこまで卑下するのかが。
俺たちの幸せのために自ら悪役になろうとしている彼女が、
見知らぬ誰かのために祈ることができる彼女が、
優しくないわけが――ない。
『世界で一番美しく、そしてお優しいのは――王妃様、あなたです』
溢れ出た愛おしさが、言葉となって唇から零れ落ちた。
アリシアの美しい瞳が、零れんばかりに見開かれた。
しかしその驚きは、少し恥じらいが混ざった微笑みへと変わる。
「……ありがとう、鏡。あなたがいてくれて、本当に良かった」
次の瞬間、手鏡一面、紫色に変わった。
アリシアが、紫の布でポチの本体を覆ったのだろう。
鏡面から指を離すと、俺は深すぎる溜息をつき、全身から力を抜いた。
ずっと鏡面に指を置いていたせいか、めっちゃ肩が凝っている。無意識のうちに力が入っていたようだ。
心臓がまだドクドクと大きく音を立てている。
頬が酷く熱い。
それもそうだろう。
だって初めて彼女に、俺の本心を告げたのだから。
……鏡越しだけど。
ふうっと息を吐き出すと、俺は椅子の背もたれに全体重を預けながら、天井を見た。
(俺がやるべきこと――か……)
アリシアの事情を探っていくことも大切だが、彼女が俺を信頼し、全てを話しても良いと思って貰えるような男になる必要がある。
そのためには、恥ずかしいとかそんなことを言っている場合じゃ無く、俺自身もアリシアとの距離を縮められるように動く必要があるわけで……
最後に見せたアリシアの微笑みを思い出すと、心の奥がジワーッと蕩けていく気持ちになった。甘くて、温かくて、抱きしめてこのまま腕の中に閉じ込めていたくなるような、そんな幸せな気持ちに――
俺の言葉で、彼女を喜ばせたことが嬉しい。
アリシアも、”あなたがいてくれて本当によかった”って言っていたし、これで俺の好感度が上が――
…………
…………
…………
…………
いやこれ、ポチの好感度をただ上げただけじゃね?
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