遺書32

山本貫太

32から先へ

遺書を書くのが好きだ。事あるごとに私は遺書を残している。きっと、ドグラ・マグラという小説で愉快な登場人物が可笑しく遺書を書いていた姿に憧れたのだろう。なんの哀しみも込めずに、この言葉を残せたらと思う。


長々と遺書を書いたが、前半部分はなくしてしまった。私は原稿用紙に遺書を書いているのだが、律義に左下に数字を振っている。そのため、ここに残すのは32枚目以降だ。

もし、私の穢らわしく、そして煩わしい部屋から31枚分の遺書を君が見つけたのならば、まあ、読んでくれたら嬉しいが、どうしてくれたって構わない、好きにしてほしい。

ここから先はただ、遺書の文字を間違えずに打ち込むことだけに専念する。君が読んでくれることを願って。


32

を壊してしまったのは申し訳なかった。本当に。けれども、あれは、私が唯一、悪意を持って、ありったけの憎しみをこめて、君に悲しんでほしくて壊したかった物なので許してほしい。私が部屋に残すものは一つ残らず、がらくた含めて君にあげる。それでオアイコにしてくれ、迷惑な話だろうけれど。


君とは色んな場所へ行く約束をした。私が中でも行きたくて、今でも行きたいのは木佐波市だ。


「川も海も、山も近くてね。絶対好きになるよ、やーくんなら」


君が幼い頃過ごした街を一目見たかった。私は記憶力がよくないけれど、小規模ながらきれいな祭が開かれる話をよく思い出す。うそだ、今書きながら思い出した。何かを燃やして、それを眺めるのだったけ。駄目だ、私はずいぶんと君の話を忘れている。


君はいつも死にたがっていた、あるいは、止めて欲しがっていたのだと思う。ひどく鈍感なので私はどちらが正解だったのか、いまだにわからない。一緒にドライブをしながら「あの木とか良さそうじゃない?」と笑う横顔が私は好きだった。私は赤信号さえうまく止まれない優良ドライバーなので、君がいつも運転してくれていたね。君の運転はひどくゆっくりだったけれど、心地よかった。


死に場所ドライブ。私達はそう呼んでいたけれど、ひどいネーミングだと思う。けれども、死を通して景色を見ることは、私は楽しかった。太陽が溶けやすい透明な海で溺れるのも、ゴツゴツとした岩肌で頭をスイカのように粉々にするのも、ひっそりと、けれども堂々とした枯木で首を吊るのも、君とならいいかな、と思った。いや、内心怖かったけれど。


私は死にたくなんて微塵もない、なんなら不死になりたい。たとえ管だらけになろうと、脳だけになろうと、君がいなくなってしまっても、生き続けたい。でも、無理かも。


癌が見つかりました。

私が首もとを擦ると君は「のど、乾燥した?」といつものど飴をくれたけれど、いくらなめても痛くて、声もだんだんガサついて、変だなとは思っていたけれど、いやだね、本当に。冬風邪、喉風邪だったら良かったのに。

転移、ではなく重複というそうで、私の身体はもうやる気がないみたい。こんなに生きたいのにね、まだまだ、たくさんしたいことあるのに。ひどい話だね、本当に。


私は隠しながら、ずっとのど飴をもらい続けて、そのことが何となくずっと申し訳ないような、騙しているような、いや、違うな。思い込みたかったんです。ただの風邪だって。気持ち悪いと思うかもだけど、君がくれたのど飴の小さな袋は一つ残らず、取っておいてある。何でだろう、捨てたっていいはずなのに、よくわからない。


自分のことがよくわからない。どんどんわからなくなる。こんなこと書くはずじゃなかった。こんなもの読ませたくない。書きたくもないはずなのに、くそう、ダジャレでも書くか。だめだ、思いつかない。死にたくない。たすけてほしい、もしくは、ころしてくれ。


実家に帰るなんて嘘です。ごめんね。入院するんです。小さいとき、ひざの手術をして入院したときは退院日も決まってたけれど、こんどのは決まってない。決めてくれよ、って思う。さみしい場所で死にたくない。君と見つけた死に場所のどれでもいいから、そこに行きたい。


退院する気も、生き続ける気も満々です。きゆうに終わる気もしてる。だったら恥ずかしいな、でもうれしい。


この遺書をいつか笑いながら一緒に読みましょう。もしくは、泣きながら捨てましょう。


またね。


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遺書32 山本貫太 @tankatomoma

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