Fic Esc.

Garm

視野欠損

 銀座を行き交う数多の人通りの中で、三輪の花を持って立っていた。

 花を添えるべき知己の墓は東京ここにはない。何故買ったのかすらも分からない。響く蝉の声の向こうに微かな耳鳴りがして、揺らぐ頭を持て余していた右手で抑えた。

 ……正直、心当りはないでもない。記憶にくらく落ちた影の中、忘れて欠落したわけじゃなく、ただ真っ黒に塗り潰された場所。消去法的にそこに答えがあることには違いない。そもそも思い出そうと近付くほどに身の毛が逆立つもんで、もうとっくに思い出すのもやめちまったんだが。

 そのうち時間を無為にするのに嫌気の差した俺は、花を残らず屑籠に放り投げてから煙草を取り出した。そもそもこんなところで暇を潰している場合じゃない。俺に無駄にできる時間なんぞそう無いはずだろうが。そう独りごちてから、吸殻を靴底で磨り潰してから立ち上がった。




──────────────────────




 煌めき揺らめく枝垂桜の前、薄くかすかな影法師。

 鼓膜に届く前に潰えた声。符合する記憶。酷く痛む頭。

 網膜の中に届かない姿。瞬間爆ぜる蝉騒せんそう。理解を拒む脳。

 刹那に影を貫く、総て見透かしてしまうような、鈍く妖しい朱。




 そこで目を覚ました。部屋を包む静寂の中で、蝉の声が鼓膜を揺らしている。

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