大学生が爆破予告犯を全力で特定してみた
バブル
穴埋め部、会議する
「〈限界〉、はもう限界やな」
狐みたいな糸目もそれを助長していると私は睨んでいる。ちなみに、関西弁はエセだ。
「無論。大体なんだ限界大学生って馬から落馬みたいに」
と、厳めしい顔つきで返したのは殿村さん。太い眉と角張った顔のせいで、こっちはやたら堅物みたいである。その割に、保身第一の小物だから結構ダサい。前に編集長と対立したときは、新入生の私を矢面に立たせて、自分はミュート、カメラオフという体たらくだった。
それは偏見では、と言いかけて黙っておく。すべての大学生が「限界」とは限らないけれど、少なくともこの部屋の三人はそうだからだ。私含め。
「にこちゃんは? なんかないか?」
にこちゃんは通称。本当は、正木邦子という。
愛媛の南方、滑床大学に入学しておよそ三ヶ月。出版社への就職を目指し、ひとまず学内誌を発行している出版研究会に所属した。
出版研究会が発行しているのは二冊。新聞色の強い学内報『
「毎回思うんですけど、このコラムにタイトルいります?」
「俺らからタイトル奪ったらいよいよ二百字の駄文だけやぞ。ツイートに毛が生えたようなもんやないか」
間違いない。
印刷の都合上、ページ数を調整したいときが往々にしてある。そんなとき、上手く余白を埋めるのが我々の使命だ。通称「穴埋め部」。
ただ、サークル内の面倒なやつを寄せ集めるためだけに作られた節がある。そこに配属されたのは遺憾を通り越して屈辱だ。
「じゃあこんなんどうですか。〈大学生が爆破予告犯を全力で特定してみた〉」
「なんか今風やな」
「さすが新入生。若い感性だ。これに決定!」
会議はいつも、ふわっと終わる。対面でやる意味あったか?
感染症の流行で、学内も様変わりした。正門からB棟に進むと、入構者を記録するための機械が並ぶ。学生証を通さないといけないのだ。前に横着した大菱さんが素通りしようとして、警備員さんに捕まっていたのを覚えている。教員や事務員も同じようにチェックされているらしい。
爆破予告犯と聞くとセンセーショナルだが、事が起きたのは二ヶ月前。熟すどころか話題は腐っている。そんなものを何故扱うのかと言えば、それが穴埋め部だからだ。
殿村さんが講義に行ったから、部屋は少しだけ広い。七月の割に気温は低く、扇風機の微風が心地良かった。紙が飛ぶから、「弱」までしか許されていない扇風機だ。
「マジでなんか書くことあります?」
「そう拗ねんな新人。本部が情報収集しとるから、取材の手間は省けるで」
「出版研究会の風上にも置けない台詞ですね」
大菱さんから、先月の『不滑』を受け取る。扱いが雑なのか、ホッチキスの芯は歪んで取れかかっていた。もう何度も目を通した。けれど、ここから何かを掬い取るしかないので、もう一度読み込む。
「聞き役、頼みます」
「はいよ」
大菱さんは重箱の隅をよくつつく。日常会話でもそうするせいで煙たがられているが、調査のときには良いデバッガーになってくれるのだ。
「事件発生は五月十九日。中間試験の日ですね。警備員さんが朝の巡回中、」
「朝って言っても色々やろ。具体的な時間は?」
こんな具合に。
「七時半頃だそうです。八〇号館の七階の教室に、不審物を発見しました。教卓に置かれた箱と、黒板に貼られた紙」
「マグネットでくっついとったらしいな」
「ええ。紙に書いてあった文はこうです。〈構内にあと四つ、爆弾を仕掛けた〉。シンプルですね。警備員さんはすぐに、その場を離れたそうです。偽物だと思っていても、さすがに不審物が目の前にあるとなっては」
「ちょっとはびびる、か。その爆弾もどきは結局なんなん」
「靴箱らしいです」
「ちょうどええ大きさやな」
しかし、爆破予告で現物を置いておくとは珍しい。こういうのは大抵、掲示板に書き込むとか電話をかけるとかするものだ。
「で、その後は?」
「警備員さんは中庭まで出て、まず事務局に連絡。そこから少しして、警察に通報したそうです。これが七時五十分頃。全学休講となって警察の捜査が入り、夕方には結局イタズラってことに落ち着いたようです」
「監視カメラには何も映ってなかったんか?」
「前日の夜には巡回の警備員さんが映ったのが最後。二十二時頃だそうです。朝も発見者の警備員さんが。一応付け加えとくと、不審なものは持っていなかったし、鍵の取り出しや巡回の時刻も平常通り、らしいです」
「うん、犯人の特定は無理やな。タイトル詐欺決定や」
穴埋め部のコラムなんてそんなものである。大体、容疑者は学生だけでも千人程度。警察が未だに見つけていないものを、どう見つければ良いのか。いや、そもそも捜査しているのだろうか?
「とりあえず例の教室行ってみます? 今回少し多めにスペースもらったんですよね」
「押しつけられただけやけどな」
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