邪教殲滅編

第164話 布教

調整者招宴とかいうよく分からない集会に、『不動なる地母』からお呼ばれしてからしばらく経った。ザレで昼近くまで寝て適当な時間に薬屋をオープンする本来あるべき生活に戻った。


ジルヴィアはと言えば、調整者から教わった歌にインスピレーションを受けたのか、ザレに帰ってすぐ、何かを思いついたらしく旅立っていった。旅立つ前に一緒に行くかと聞いたが、一人で試したい事があるとの事で、どうやら芸術家モードに入ってしまったようだ。一月程で戻るらしい。


まったりとした生活ながら、特設の遊戯室にはタイキやダイチのみならず、よく分からない調整者が時々訪れているのは少し気になるが、別段問題を起こしたりはしていない。室内でくつろいだり、遊戯を行ったり、併設されたキッチンで何かを作ったりしているようだ。たまに、使わせてくれた礼としてよく分からない謎の贈り物をされる事もある。


今日は定休日なのでマーケットに買い物に出ている、もちろんミズーも一緒だ。

まずは総合ギルドで金を卸して、八百屋に行って、肉屋に行って、香辛料を取り扱っている店に行ってそれからベッカールに寄って帰る感じだろうか。


俺の店はザレの最南東、外壁近くにある。そこから、ザレの中央から南東に伸びている大通りに向かう。

この町のマーケットは南東部分に集中しているので、家からあまり遠出しないで良いのは助かる。これについては、エッボンの爺さんやベーデカ夫妻へ素直に感謝だ。


第一の目的地である総合ギルドは南東の大通り沿いにあるのでそこに向かってミズーと歩く。歩いていると何やら人だかりが目に入った、何かモメ事だろうか? 近寄ると面倒なので少し遠巻きにして見る事にした。


「皆さまは天神様を信じなさいますか? 天神様は皆様の心の中にいらっしゃるのです、一緒に祈りませんか?」


天神教とは皇国にある宗教の一つだ。この世界は天神と呼ばれる神が作り、加護もその神が気まぐれにお与えくださるありがたいもの、みんな天神様に感謝し祈りましょう、みたいな感じの教義らしい。

国教ではないが割と広まっていて、大きな町であれば教会があるのは珍しくない。


この天神とやらが、『大いなる天主』の事を指すなら、それなりに教義は正しい事になる。

もしかしたら、この宗教を興した人が何らかの『加護』を持っていて、『大いなる天主』の事を知っていたりしたのかもしれないな。


布教活動をしているらしき人を見ると、黒い頭巾をかぶり、白い布でおでこより上と顎から下を覆っている、あれもベールって言うんだっけ? そして服はこれまた黒をベースとしたローブ状。

いわゆる女性用の修道服という物だろうか? つまりシスターってやつか。


ただ見た感じ、服装から女性のようだが体がめちゃくちゃガッシリしているような? 服がピッチピチで、身長も俺より高く百八十センチ以上ありそうだ。パワー系シスター?


街頭で天神教の布教活動をしているのだろうか? 人だかりの中から中年男性がシスターに尋ねた。


「その天神様ってやつは祈るだけで俺たちを助けて下さるのかい?」


「そんな訳がありません。天神様は自らを助くる者を助けるのです、つまり祈るだけで助けて下さるわけがありません」


「ええ? そうなのかい?」


「ええ、つまり自らの肉体や精神を鍛えに鍛え、仕事をし、そして食物を食らって精一杯日々の生活をする。さすれば、天神様はそっと助けを下さるのです」


……鍛えに鍛え?


「俺っちが普段している生活とあまり変わらねえような……?」


「その通りですよ。普段一所懸命に生きれば、素晴らしい天命が待っている、そう言う事です。人事を尽くして、時々天神様に感謝し祈る、これこそ天神教の教義である人事天命に他なりません」


「時々祈れば良いって事かい?」


「ええ、我が天神教の教会はいつでも門戸を開いています。相談したい事があれば是非お越し下さい」


聞いてはいたが、やはりそこまで強引な宗教では無く、宗教と言えばセットと言って良い寄進の類もそこまで集めてはいないらしい。じゃあどうやって運営しているのかという話にはなるが。

見ているとミズーがそっと寄り添ってきた、何か話したい事でもあるのか。


『天神教に興味があるのか?』


「いや、布教活動が目に留まっただけだ」


シスターらしき女性を、ミズーが興味無さげに見ている。


『あれも相変わらずだな』


「なんだ、ミズー。天神教について何か知っているのか」


『大した事では無い、お主もその内分かるかもしれぬ』


「とりあえず、こんなところで油を売ってないで総合ギルドで金を卸そう」


『今日は重ねパンの気分だ。ああそうだ、小麦粉がそろそろ切れそうだから買うのを忘れぬようにな』


「お前、うどん作り過ぎだよ。エーファはもちろんの事、遊戯室に来ている調整者にも振舞ってるだろ」


『蕎麦にもそろそろ手を出すぞ』


小さい声で雑談をしながら、俺たちはその場を離れた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ザレの大通りを総合ギルドに向かって歩いていくトールとミズーをじっと見つめる者がいた。天神教のシスターだ。布教活動しながらも、トールの事を注視していたのだ。


「あれが神託のあった男……。連れているのは大川辺猫……では無いですね。なるほど、やはり只者で無いという事ですか」

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