第163話 日常への帰還

光る扉から出ると、調整者たちが大勢いた広間に戻っていた。全員が戻ると、光る扉は消えてしまった。

次に呼ばれるのは数年後か数十年後か、それとももっと後か。


ジルは大勢の調整者たちを値踏みするように見つめている。


「私はとりあえず、調整者独自の歌ってやつを聞きたいな。どの人?なんだろう」


『ああ、それがあったね。良かったら僕が紹介するよ』


「助かるよ、タイキお願いできる?」


『もちろん。こっちだよ』


タイキとジルヴィアが調整者たちの方へ歩いて行った。調整者独自の歌ってどんなのなんだろう、何となく人の身には聞き取れないものだったりしそうな気がするが。


「ジルヴィアが歌を教わったらもう帰っても良いのか、ミズー」


『うむ。祖もご満足いただけたようだ』


「そうか、俺は調整者に用事は特にないし、ジルヴィアが戻ったら早々にここを出よう」



ミズーと雑談しながらしばらく待っていると、タイキとジルヴィアが戻ってきた。


「お帰り、歌は教えてもらえたのか?」


ジルヴィアは複雑な顔をしている。


「う~ん、確かに教えてはもらえたんだけどさ。明らかに人間が出せる音じゃなかったんだよね。笛のような音でさ、曲調自体は真似出来るけど、それを自分の口で歌うのは無理そうだった」


「どういう調整者だったんだ?」


「目が一つしかない、全身を藁で出来た外套みたいなので覆った調整者だった。口が筒みたいになってて、そこから音を出してるみたい。

でも、今までに聞いた事が無い曲を知れたことは良かったよ」


聞いた限りでは、水〇しげるが書いた妖怪に似たようなのがいそうな感じだろうか。前に見かけた葉っぱだらけの調整者と同じような奴なのかもしれない。

とりあえずジルが満足したならそれでいいか。


「それなら良かった。もう用事も無いし帰ろうと思うんだが」


「うん、私ももういいかな」


「顔を合わせておいたほうが良い調整者とかいないよな、ミズー」


『お主は我と契約した使徒という扱いだ。同格であるタイキやダイチとも親しい。ここにおる調整者は我らの下位存在ゆえ、特段気にする必要は無い』


「そうか、じゃあ戻ろう。帰りの扉はどこにあるんだ?」


『来た時に通った道を戻れば、行き止まりに扉が出るはずだ』



光る扉を抜けると、獣人たちの集落の岩の前に立っていた。無事、戻って来れたようだ。空を見ると赤みがかっている、もう夕方か。

入ったのは朝なので、あの空間は時間の流れが違うのかもしれない。


「とりあえず、チョコレートの原料をいくらか貰ってからザレに帰るか」


『今日はもう遅いゆえ、ここに泊まるのが良いだろう』


「カウアにお願いするか。……そう言えば、タイキにダイチ。俺に内緒で勝手に契約した事忘れてないからな」


『あちゃー、やっぱり? ごめんね』


いつもの軽い口を叩きながら、エジプト座りをしたタイキは反省してる風の表情を浮かべた頭を少し横に傾け、前足を顔の前でくっつけて拝むようなポーズをしている。これは猫のおねだりポーズってやつか。


どこでこんなあざといポーズを学んだのか。ともかく、そんなポーズを取っても俺には一切通用しないぞと思っていたが、横でジルが「少し可愛いかも、他にも出来る?」と言っている。ジルに言われたタイキが色々ポーズを取り、それを見たジルも喜んでいる。


……なるほど、将を射止めるために最初から馬を狙っていたのか。なかなか強かな奴だ。


『……』


一方のダイチはダイチで、勝手に契約して何が悪いと素知らぬ顔だ。こいつはこいつで太い野郎だな。


「タイキとダイチは、一か月ぐらいウチに出入り禁止にするか」


『ええー!? そんなのないよ!! ごめんってば!!』


そう言って纏わりついてくるタイキ。ダイチは黙って圧し掛かってきた。こりゃこの後じっくり話し合いをしないとな。



獣人たちの集落に一晩泊まり、朝早くにザレへ向けて出発した。帰りは俺、ジルヴィア、ミズーの三人だ。タイキとダイチは別に用事があるらしく、昨晩にどこかへ行ってしまった。あの後、結局ジルにほどほどで許してあげなよと言われたのもあって、一週間の出入り禁止に留めた。それすらブーブー言っていたが。まあ、また遊戯室に集まってくるだろう。


行きと同じぐらいの日数をかけて、アーヘン州、そしてザレの家へと帰り着いた。おお、懐かしの我が家だ。と言っても、二十日も経っていないが。


「やれやれ、貴重な経験だったとは思うがなんか疲れたな」


「そうだね」


『祖にお目通りできるなど、至上の幸運なのだぞ』


「まあ、お前らからすればそうなんだろうけどさ」


しかし、地母が言っていた避け得ぬ困難というのが少し気になるな。真っ先に思いつくのが例の三人娘絡みの事だが……。それとも身内に何かトラブルでも起こるのだろうか? 時期を明言してくれなかったから、どうなるのやら。


ともかく、またザレでの日常が帰ってきた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



トールが、『不動なる地母』と会う少し前の事。


『この部屋にヒトが入るなど初めてですから、楽しみですね』


『あたしトール君に早く会いたい』


地母は五人ともトールと会えるのを楽しみにしている。チョコレートやうどんが楽しみというのもあるが。

その時だった、部屋におぞましい気配が発生したのだ。


『ふむ、翁か』


そう言うのと同時に、ボロを幾重にも纏った小さい老人が部屋に現れた。


『ふぉっふぉっふぉっ、我が花とその花瓶をここへ呼んだようじゃな』


『別に構わないだろう?』


表情を変えずに、若性の地母がそれに応える。


『もちろんじゃ、止めに来たというわけじゃないぞ。ジルヴィアはおそらく喜んで来るであろう。あの花瓶はジルヴィアをより美しく輝かせておる、あてがうのを許容したのは正解じゃったのう。無節操にすぐくっつけたのはそちらの馬鹿猫のようじゃが』


あれについては、結果として仲の良い夫婦になったから良かったものの、確かにトゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥの落ち度だ。しこたま叱責したので多少は反省したようだが。


『それで、何しに来た?』


『いや、これ程愛しておるのに我が花からは儂は嫌われに嫌われておるから、お主らを通して伝えておこうと思ってのう』


やっている事を鑑みれば、嫌われて当然だろうと若性の地母は内心思った。だが、『天主』にせよ『翁』にせよ、そんな殊勝な考えは微塵も持ち合わせていない。


『それで何を伝えたいと?』


『お主も既に知っておろうが、少し前の天主のやらかしがそろそろ大きな毒果実を実らせそうでのう。まったく、花瓶の奴を見習ってほしいもんじゃ。ともかく遠くない内に、我が花と花瓶に面倒ごとが起きるじゃろう。代わりに忠告してやってはもらえぬか? 褒美を取らすのであればそれ相応の力も与えてやってもよかろう』


『……良いでしょう。しかし本当に忠告であれば、嫌われていようとも別に貴方がすれば良いでしょう』


『ふぉっふぉっふぉっふぉっ、確かに伝えたぞ。ではこれで失礼する』


いつもの厭らしい笑みを浮かべたまま、翁は消えた。


『ふむ、自分のお気に入りへの警告ですからまあ嘘ではないのでしょうけど、何か思惑がありそうですね』

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