第162話 歌

俺がジルに教えた歌は、日本で広く知られているアルファベット三文字の歌姫のものだ。そう言えば、夜に遊ぶ的な名前のアーティストの歌もよく聞いていたな。某動画配信サイトでPVをリスト化して部屋で垂れ流しにしていた。


教えた歌は、「うっせぇうっせぇ」的な歌と、「あんたは分かっちゃいないんだ」的な歌の二曲だ。あの歌姫もまさか異世界で自分の曲が歌われているとは思わないだろう。


地球にいた頃、カラオケでそれなりの点を取っており、俺も多少自信があったので、ときどき披露することはあるがジルが上手すぎるのもあって、こちらの世界ではあまり好評ではない。


「これは向こうの曲を聞いてみたいという事で良いのかな? つまり、あまりこちら風に編曲しない物のほうが?」


『そうですね、原曲に近い形で歌ってみて貰えるとありがたいですね』


「わかりました、ではまずはこちらからご披露しましょう」


ジルは「うっせぇうっせぇ」的な歌を歌いだした。うーむ、前に披露してもらった時と違い俺が披露したのに近い曲調だ、やはり上手い。


ジルが歌い終わると、地母達が拍手し始めた。


『素晴らしい歌ですね。ジルヴィア君は吟遊詩人としてかなり優れているのは間違いないでしょう』


「それはどうも」


『トール君もこれを歌えるのでしょう? 披露してもらえませんか?』


この後にか!? ヘタクソに聞こえちゃうじゃないか。


「いや、この後に歌ったら俺がしょぼいのがバレちゃいますよ」


『まあまあ、そう言わずに』


仕方ないので歌ってみたら、やはりみんな微妙な顔をしていた。辛い。



その後、ジルが「あんたは分かっちゃいないんだ」的な歌も披露して、こっちの目的の方も完了したようだ。


『トール君は他にも歌を知っているのだろう、また新しいのをジルヴィア君に伝授しておいてほしい』


俺が歌うのじゃ駄目……なんだろうな。


『今日はよく来てくれた、チョコレートにうどん、地球の歌と非常に興味深いものだった。やはり、モニターを通して見るのと直に見るのとでは大違いだな』


「それは良かったです」


『我らは星を、そして星に住まう生物・植物……、その全てを愛している。もちろん、君たちが害獣と呼ぶ獣の事もね。時には、それにこうして触れ合いたい願望を持っているのだ。だがここの外に出るわけには行かない』


「それで私に目を付けたと」


『有り体に言えばそうですね、この部屋に入る事が出来るヒトはトール君とジルヴィア君、他には良くて数人でしょう。煩わしく感じていたら申し訳ないが、今後もよろしく頼むよ』


「あまり高頻度で呼ばれても困りますが」


『そこは安心して良い、私たちはずっとこの状態で活動し続ける事は出来ない。この後、しばらくはまた意識のみの存在になるだろう』


ミズーが説明をさらに加えた。


『トールよ、この調整者招宴はお主たちの時間で数年から数十年に一度催されるかどうかという頻度によるものだ』


「なるほど、それぐらいの頻度なのか」


『さて、トールよ。現世に戻る前に一つ託宣を授けよう。おそらく近い将来、避け得ぬ酷い困難に遭うだろう。これは間違いない。普段より万一に備え色々としているようですが、更なる念入りな備えをしておくことをお勧めしますよ』


「そこまでの困難が?」


『ええ、間違いなく。それが何かは時が来れば分かるでしょう』


「ご忠告どうもありがとうございます」


『うむ。では、これにてお別れとしよう。今日はご苦労でした、次に会うのがいつになるか分からぬがまた会いましょう』


『トール君、ばいばーい!』


『帰りはそっちの扉からだよ。それじゃあね』


『達者でのう』


『……』


五人の地母がそれぞれ別れの挨拶をしてくれた。割とあっさりしてるな。壮性の地母がそっちと言った後ろを見ると、来た時に通った光る扉が現れている。帰る時も同じ感じのようだ。


「ミズー達は何か言っておく事など無いのか?」


『うむ、我の打ったうどんを祖に披露できただけで感無量だ』


『僕は大丈夫だよ』


『……』


「そうか、じゃあお暇しよう。では地母様、これで失礼しますね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る