第103話 ザレでのスローライフ再び

ヴェンデルガルドと呼ばれていた女性の手術が終わってから二日後、シンデルマイサーとドミニクが俺の薬屋を訪ねてきた。


そうそう、総合ギルドについてはシンデルマイサーが言っていた通り、前に納品した四級傷病回復薬の代金を支払いと薬屋の営業停止の撤回、さらに総合ギルド長から直接の謝罪を受けた。ただ、謝罪をした総合ギルド長は既に別の人になっていたが。前任者はどうなったのか聞いたが、黙って首を横に振っていた。

生きているんだろうか……、南無~。


さらに薬師の受付窓口担当者も前にいた感じの良いおばちゃんに戻り、俺としては一安心だ。


訪ねてきたシンデルマイサーは、二日前とは打って変わって嬉しそうな表情だ。


「トール殿、あれからヴェンデルガルド様は何事もなかったかのように元気になられた。本当に感謝の限りだ。それで、直接一言お礼を言いたいとおっしゃっていてな、表にお越しになっている」


そう言うと、ドアのベルがチリンチリンと鳴り一人の女性が入ってきた。

しっかりと整えられたロングヘアの茶髪にキッチリされた化粧、まさにゴージャスな美少女という印象だ。また、これまで見たことが無いような立派なドレスを身に纏い、見た目からは十代それも前半だと思うが、年に似合わない優雅な仕草から相当上流な階級の人間なのは間違いないだろう。シンデルマイサーとドミニクは脇によけて頭を下げている。


「そなたがトール殿か、この度の妾の治療について厚く礼を申すぞ。病を患う前よりも体の調子が良くすら感じる状態じゃ」


「それは何よりでございます」


「ここまでの者が市井にいるとは、世の中とは広いものよのう。そなたは皇国に務めるのは望んでおらぬと聞いておるが?」


「おっしゃる通りです、市井にて薬屋を営みたいと考えております」


「ここまでの腕ゆえ惜しいが、そなたの要望には応えたい。もちろん、この治療やトール殿について広めるような事はせぬと、このヴェンデルガルドが保証しよう」


「ご配慮ありがとうございます」


「では、これにてな。そなたからの大恩、生涯忘れる事はないであろう。何か困りごとがあればシンデルマイサーを通して妾に申し伝えるが良い」


そう言って、ヴェンデルガルドと呼ばれる女性は外に出て行った。


「さて、トール殿。改めてお願いするが、あのお方の事や治療した事に関しては絶対に秘匿として欲しい」


やんごきなきお方が、嫁入り前にどうこうというのが不味いのだろうか?


「承りました」


「くれぐれもよろしく頼む。では、最初に治療の報酬を渡させてもらおう、金札五百枚(約五千万円)だ。これで足りなければ言ってくれ」


「いえ、十分ですよ」


「あと、何か要望があれば出来得る限り応えさせてもらう。何かあるか?」


「では、一つだけ。住居の母屋部分の横に、家を建てたいと考えております。我が家の一階から行き来できるような家です」


「ふむ……、増築したいという事か。ドミニク殿、どうか?」


「問題ありません。今回はトール殿にザレの総合ギルドがご迷惑をおかけした件、治療のために色々お手間を取らせたお詫びも兼ねて、手続きや建築作業、費用など含め諸々全てを請け負いましょうぞ」


「結構。ただし、かかった費用については中央に申請してくれ。こちらで全て支払わせてもらいたい」


「承知いたしました」


「ではトール殿、私もこれで失礼する。この度は本当に世話になった、心より礼を言わせてもらう」


そう言って、シンデルマイサーは出て行った。おそらくヴェンデルガルドと共に皇都に帰るのだろう。残ったドミニクが俺に問いかける。


「トール殿、この増築する建物は水の調整者様のご要望ですかな? ああ、お答えいただかなくとも結構。すぐに取り掛かります。つきましては室内のご要望など請け負いたいので、早速大工を呼んでどのようにするか決めましょうぞ」


「ええ、よろしくお願いします」



あれから一か月弱が経った、今も増築部分は建築中だ。いつごろ完成するんだろうな。今日も今日とて暇な薬屋は開店中だ。香箱座りしているミズーが大あくびをしている。ふーむ、水の調整者もあくびするのかと思って見ていたら俺もつられてあくびをしてしまった。


そんな昼過ぎの事だった。チリンチリン、ドアに付けた鈴の音が響き、扉が開いた。


「トール、ただいま!今、帰ってきたよ」


「おっ、ジルかお帰り」


お帰りと言われてジルはとても嬉しそうだ。


「ふふふ、ただいま。入る時に見えたけど、母屋の傍になにか大きい建物を建ててるようだけど、あれはなんだい?」


「ジルがいない間に色々あってさ、母屋の横に建てる事になったんだよ。費用はドミニクさん持ちだけどね」


ジルは靴を脱いで、板の間に上がってきた。椅子に座ってる俺の横に椅子を持ってきて体をくっつけるようにして座る。ジルってクール系美人かと思ってたけど、結構くっつきたがるんだよな。


「やっぱり、トールがいないと少し寂しかったなあ、トールはどうだった?」


「俺も同じ気持ちだよ」


「そっかあ。それで色々あったってどういう事があったの?」


「ああ、それなんだが………


ジルとミズーと共に過ごすザレでのスローライフがまた帰ってきた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



皇都へ向かう馬車の中には、ヴェンデルガルドとシンデルマイサーが乗っている。

ドアを閉めると外からは中が見えなくなる豪奢な馬車だ。


「のう、シンデルマイサー。トール殿は一体何者なのか? あの髪からすると王国人のようであるが?」


「調べた限りでは、どうもノルトラエのボトロック家の者が皇国に引き込んだようですな」


「ふうむ……、妾の病はそう簡単に治せるものでは無かったはずだが。妾の医者に聞くと、何をやったかすら分からないし何故治ったのかも分からないとの事らしい。王国にそこまで高度な医療技術があると思えぬ」


「以前に行った治療についても、腑の病に対する最新の治療法を研究・実施している部下ですら皆目見当がつかぬと。今まで見つかってすらいない特殊な『加護』によるものやもしれませぬ」


「ほほう……、そうなると引き込めなかったのがますます惜しいのう。ここまでの能力、妾自身を褒美として皇帝家に取り込む価値があるとも思ったが」


「ヴェンデルガルド様は前ヴィースバーデ当主であるエッボン・ヴィースバーデをご存知ですか? つい先日皇都で逢いまして、聞くと彼もトール殿の知り合いらしく、どうやらトール殿は武の面においてもかなりの実力者なのは間違いないとの事です。無理に従わせようとすれば……」


「……なるほど、無理して我らの兵やトール殿が失われたり、皇国を嫌って隠遁したり王国や小国群に亡命されたりしては元も子もないの。妾に興味を示した風でもなく、爵位にも興味は無さそうであったしのう」


「左様でございます。エッボンに聞く限りでは、ヴィースバーデ家以外にも引き込んだボトロック家や、武では皇都一とも噂されるグートハイル家などが有用性に気付いておる上、大手クランにも目を付けられているようで、彼に唾を付けておきたい者は既に何人かいるようですな」


「当然の事であろう、トール殿の思惑はともかく多少なりとも聡い者ならすぐに気づく。見た目にそぐわぬ余裕や慇懃な態度も気にかかった、妾が何者なのか聞きもせなんだ。どこぞで高等な教育でも受けておったのやもな。ともかく、父上としては妾の病の完治だけでもご納得いただけるだろう、トール殿の存在は決めた通り極秘としようぞ」


「はっ」


「とは言え、いざという時には今後も協力願いたいの」


「緩やかなる後ろ盾に留めておけば、交渉次第で可能でしょう。今はドミニクの庇護がありますゆえ、政争にもそうそう巻き込まれはしないかと。昨日お伝えいたしました総合ギルドの件は厳粛に対応いたします」


「それなら良い、何かあれば妾か父上まで頼む。総合ギルドの件は父上の耳にも入れて置く」


「承知いたしました」

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