第83話 オーストラリア有限会社国後退戦 最終打合せ

 笹本が召集した参謀府会議。普段椅子に座るのはグェン司令長官だけだ。これは高齢な事以上に、膝の痛みが慢性的に有る為だ。

 その他の人に座席は用意されていない。眠くなるし、意見が活性化しないので立ったまま会議に臨むようにしているのだ。

 

「参謀長さん、お早いですね」

 ブリーフィングルームを一番に開けて入ってきたのは小鳥遊君だ。

「皆から報告聞きたいからね。首尾はどうでしたか?」

「はい。マレーシアからはパトロール艦隊全てを出してくれるそうですよ。ただ、それでも通常の艦隊の十分の一なので、合流後は第6うちの指揮下に入るそうです」

「お見事です。あとでお礼を伝えます。それと小鳥遊君、見事な外交でした」

 

 次に来たのはウルシュラだ。

「笹本君、あまり私に外交仕事振らないで欲しいな。苦労したよ」

「すまないね。どうでしたか?」

「民主ポーランド宇宙軍3艦隊、救援してくれるってさ。ただし」

「ただし?」

「笹本君と個別に会談したいってさ。宇宙軍総長が」

「ありがとう。よしきた会談……なのか?緊張するな」

「まあ。通訳に私も行くからさ。悪いけど客引きパンダになってよ」

「背に腹はかえられないからね。脱げと言われても承服するさ」

「それは私が全力で阻止するね」

 ウルシュラはニタリと笑いながら、ブリーフィングにおける定位置である操作盤に間向かった。


 グェン司令長官もベトナムから2艦隊と、義勇軍を引き連れる約束を取りつけていた。

「それ、残ったベトナム軍の全てではないですか?」

「そうではあるよ。だがベトナムは決して友人を見捨てはしないよ」

「司令長官、ご無理を強いてしまったようで。申し訳ありません」

「儂が無理だというのならこの後入って来る方はどれほど無茶をしたものだろうね」


 そうグェン司令長官が笑った後、エチエンヌが大股で入ってきた

「ササモト、あんた私を何だと思ってるのよ!」

 エチエンヌがカンカンに怒っているのが手に取るように分かる。

「うわ!ダメでも怒ったりなんかしないから許して!」

「ダメじゃないから苛立ってるのよ!どうしてくれるのよ」

「いや。なんかごめん」

「謝らないでよね!」

 

「あー。こりゃ話題になるね」

 ウルシュラが動画を引っ張り出してきた。エチエンヌはステージに立ち、堂々と演説をぶちかましそれが世界の危機であるとぶちかましている。

「これどこでやって来たの?」

「言われるままにあちこちよ」

「誰に言われたのさ」

「国会議員だのフランス宇宙軍幹部とかなんだとかかんだとか!恥ずかしいったら無いわ」

 

 来た全員が無言になる瞬間が続いた後、やっと笹本が聞いてみた。

「で?どの位集まったの?」

「6艦隊よ」

「おおおおお~」

「分からなかったの?六つ・艦隊を・出して・くれるそうよ」

「凄いよ!凄いよ」

 小鳥遊が大喜びする中、笹本が思いっきり水を差した。

「フランス宇宙軍……暇なの?」

「誰が暇ですって?ああーん!」

 

 エチエンヌが凄んだところで全員が揃った。笹本がエチエンヌにぶん殴られる前に会議の方が始まったのだ。

「いやいや。楽しそうですね」

 大場忠道の声掛けにエチエンヌの方が冷静になった。

「いえ。楽しくなんかないわ」

 

 振りほどかれて安心した笹本が開始を宣言する。軽く振り回されていつも以上に服がずっこけている。

 

「えー。リギル・ケンタウルスで一撃だけ加えて我々は逃げます。相手は12艦隊96万隻。このような敵を1艦隊で片付けるのは不可能です。逃げましょう。ここまで質問は有りますか?」

「なあケンジ、どこに逃げるんだ?」

 アリーナの質問は実に妥当だ。まだ笹本は逃げる先を話していないからだ。

「アリーナ、実に大事な質問ですね」

 笹本は一息入れて答えた。

「ケンタウルス座の名前がある星、ハダルにしました。この星は」

「磁気の乱れが酷いからレーダーが利かない地域ですね」

 航海長のフセイン・ゼルコウトが地域を説明した。実はどこでやり合うかについて笹本はフセインを連れて各援軍艦隊と打合せ、恒星ハダルには5時間後に揃う所まで来ているのだ。

「はい。だからウルシュラ」

「あ。モールストーチやトーチ感光ユニットを貸し出さないとね。やっておくよ」

 ウルシュラが気付いたように言うが、実はもう読み上げAI込みで貸し出し済みである。更にサービスキット代わりにモンゴル原始共産主義国のレーダーよりも目が良い見張り員までセットでお届けだ。そこら辺に抜かりなんて無い。


「問題は今、これ以上ない程に士気が上がっているのでその逃げ腰な命令を聞いてくれるかどうかです」

 叢雲が淡々と現状の問題点を洗い出す。笹本はちょっとだけ『半分以上はオマエのせいだかんな!』と、叢雲に凄んでみたかったが、その衝動を堪えて答えた。

「今回僕らは正式には逃げるという単語を使う必要すらありません。ほら見てください。ウルシュラ、地域宙図をズームアウトしてください」

「了解したよ。良い所で止めてね」

 

 少しずつ宙図の描くヵ所が広がり皆が声を上げる。まず南十字の暁星ミモザとアクルックスを、そして南十字εイプシロンを捕え始める。

 オオと声が上がった所で笹本が拡大を止める。ブリーフィングルーム全体が急激に活気づく。 


「逃げるふりして敵の喉笛に飛び込むのか」

「逆にこれを連呼すればついてきてくれますね」

「逃げるという名の転戦だ」

「ねえねえ、逃げてる間に何人か提督堕としても怒られないかな」

「クハハ、小島船団長は逃げてる合間にも敵の提督を狙いに行きますか。最悪に最高ですね」

「航宙機が付けるナハトドンナーや航宙母艦の宙雷をたまに落としておちょくるのなんか最高ね」

「ハハ、あとは作戦名だけの問題だなケンジ。良い作戦名を頼むよ。ハハ」

 

 急激に暖まり出したブリーフィングルームの様子を見て笹本が作戦名を発表する。

「今回は逃げるという名目で敵を誘い出し、増援に来て貰った各国艦隊と共にハダルの底に沈めます。ケンタウルス座は半人半馬の架空の生き物。その神話の一部から名前を取りましょう『いたずら好きのネフェレ』作戦。さあ皆さん、相手にかけるいたずらは連絡下されば大いに検討します」


「ん?エリカ先生?それはインスタントコーヒー作ってる会社か?」

 アリーナが聞いている。

「違うわ。神々の女王に恋した人間の男イクシオンに与える為に、雲で作った偽物の女王の名前よ。その二人の子供がケンタウロスの始まりになるの」

「ほう。良く分からないがケンタウロスのママはいたずら好きで現代のケンタママは追いかけてきた奴を叩き斬ってしまうのだな」

「そうなるわね」

 恵梨香先生がアリーナにニッコリ笑いながらアリーナに答えた。

「なるほど理解したぞ。しかしまあとんだストーカーイクシオン大艦隊だな」

「さあ。航宙機と航宙母艦から仕掛けられるいたずらを用意しに行きましょ」

「僕も混ぜてくださいよ」

 

 各員が三々五々にいたずらの企画を検討しに戻っていく。笹本は12艦隊に追われて全滅する未来と、士気の高さから後退を潔しと出来ない懸念の両方を辛うじて払拭する事に成功したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る