第60話 Operation BABEL 6

「はい、パプアニューギニア遭遇戦。実況の続きをやって参りましょう」

「ゲームのYouTube実況じゃないんですから」

「今回の敵はテプラー以外はアシモフ、フォックス、ルルー、そしてパラメスワラでは参謀だったシュルツが提督になって『ペテン師被害者の会』みたいな編成ですね」

「全員戦いにならずに敗れましたね」

 

 実況席は別の形で盛り上がっている。

 反面笹本と叢雲はちっとも終わりの見えない平押しにくたびれ始めていた。


 しかし航宙機隊はまだまだ元気だ。

「あれ?おい見ろ!帰りに機銃掃射したら駆逐艦か揚陸艦なら撃沈出来るぞ!」

 声の主は小鳥遊君だ。准将は100機の航宙機をリモートしてるので、その駆逐艦か揚陸艦の周りはまさに雲霞うんかの如くな状態だ。

「大佐50機のオレ、やってみます」

「沈めたぞ!」

「中佐の私も40機でやってみます」

「撃沈!これ当たり所も有りますね」


「いやさあ。確かに1艦隊でこの大連合艦隊に挑んでいるのはおかしいんだけどね」

 笹本は疲れちゃって独り言をした。

「ええおかしい状況ね。それがどうしたのかしらケンジサン」

 エチエンヌ・ユボーが叢雲に替わって答えた。

「これに援軍が来ないのもどうかとは思うんだけどね」

「そうね。国家連邦政府こくれん宇宙軍や多国籍軍は何をやっているのかしらね?」

「あー。そして今パプアニューギニア軍が来てくれましたよ」

「あら良いじゃない」

「良くないよ。酷いよね掃宙艇だけ800隻も寄越してきたよ」

 

「ええ?なんて話なのよ?パプアニューギニア軍はおこぼれ回収に来たって訳?」

 レーダーには無人掃宙艇のマークが後方にずらずら並んでいる様子が見える。

「それは知らないよ。でも僕の腹はもう決まった」

 笹本は方々に無線をして、怪我した捕虜を15万から20万人送ると連絡した。

 

「ケンジサン?何をするつもり?」


「ぴーんぽーんぱーんぽーん。あー。師団長さん向けに全艦放送します。今から敵の捕虜取り祭を開催します。参加してみたい師団長さんはどしどしご応募ください。なお、いつも斬り込み戦に参加している大場さんご一家と小島鼎さんはオブザーバーをお願いしたいので旗艦までお越しください。ぴーんぽーんぱーんぽーん」

 

「ケンジサン、あなた何をしてるの?」

「パプアニューギニアに敵艦隊を丸ごとプレゼントします。金銀パールなんかより素敵で大きなプレゼントだよ」

「鉄の塊プレゼントなのね。花でも添えてみたらどうかしら?そのままなんて……無粋だわ」

 エチエンヌも自分が言っている事が分からない。半ばこの非常識な戦争に頭がマヒしているのだ。


 そんな事を話している間にも各師団長などから専用の志願フォームにどしどし突入希望者が集まっている。ドイツもコイツも手柄に飢えているのが良く分かる。


 今回は衝突突入ではなく揚陸艦を敵の旗艦に軟着陸させるという事も有って小島は自分でやる事を拒否し、他の揚陸艦船団長のオブザーバーになって指導員をやるのだそうだ。小島さんの指導員なんて若干笑いがこみ上げてしまうのだが、笹本はあまり言わないでおくことにした。何せ自分が言い出した筈なのだから。

 次々と編成が決まり4隻の揚陸艦に志願した師団長に大場一家が別々に分乗して出発した。

 別に急がなければならない攻撃ではない。各船団長も楽し気にやっているし、航宙隊は尚更だ。その脇合いを揚陸艦が進む。その中で各大場家が突入戦の心得みたいな物を説明しているのだが、好評なのは雄哉君の教えなようだ。


「白兵戦で必要な物は色々有るよ。戦う武器、技量とかね。でも一番必要なのは戦う気なんだ。相手を仕留め、自分は無傷でいる初撃を放つ気力と勇気が一番大事なんですよ」


「綺麗に仕留めるとかそんな事考える必要なんて無いです。白兵戦は単なる殴り合いです。ルール無用で相手より先にやるのが大事です」


「殴り合い。要するに喧嘩なのでルールはただ一つ。相手が倒れるまでやる事です。僕のストックで殴るとか、姉ちゃんの石附で牽制するとか、とーちゃんの肘鉄や裏拳なんて普通の武道では使いません。お行儀よく戦って、それで負けても誰も誉めてはくれません。泥臭く執念深く勝つ事こそ大事です」


 雄哉君は多くの師団長と年齢が同じな為か、聞いている姿勢はどうでも師団長の心には入り込むようだ。尤も本人の資質としてかみ砕いた説明が得意だという側面も有るのだろうが。


 他の大場家の指導はどうも当てにならない。特に父忠道さんはその発する剣豪の雰囲気に師団長たちが委縮してしまうし、母あられさんの指導は『死合しあいにおいて必要な覚悟はたまの取合いをする決意。魂を取れる者は魂を取られる覚悟のある物だけだ』などと意味の分からない任侠映画みたいな事を言っている。極めつけは姉のみぞれさんだ。

 「白兵戦なんてドーンと出てってバーッとやってシャキーンと決めればいいのよ」

 

 相変わらずポニーテイルで大正浪漫のはいからさんが、トロンとした目でこんな事を言いだす様がおかしくて仕方ないようだ。師団長たちも顔は神妙だが肩で笑いをこらえている。


「さあ間もなく突入戦が開始されますね。ところで翻訳機能はきちんと治っているのでしょうか?オオバママの言ってる事が半分も分からなかった気がするのですが」

「いや、日本人でも完全に理解できている人は居ない言い回しです。大丈夫です」


 福富さんの解説は淡々としていてお見事だ。

 解説はもはやどれだけ武器を使わずに敵艦を沈められるかを検討し始めた艦隊戦ではなく、突入戦をしに行く師団を紹介している。

 揚陸艦が敵艦に着地し、ハッチをこじ開けた先に見えた物は何とも言い難い光景だった。

 目の前の表示ナノテクマシンが映し出すBABELのピンク文字に視界を侵食されナノテクマシンを切る動作を繰り返す敵の兵員。目の前がピンク一色になっておろおろしながら壊れている人物。最初から勝負になっていない。

「うん、全員武装変更。電磁警棒で仕留めましょう」

 各師団長は突入時にライフルなどを持っていたが、それを背後の異空間収納にしまい、代わりに電磁警棒を取出し次々仕留めて回った。仕留められた敵は次々海浜幕張の基地内に有る捕虜収容所に送られたのだが、結果として20万人にも及ぶ捕虜を収容する場所が不足し、日本宇宙軍捕虜収容所、海上保安庁抑留所、更には刑務所まで解放された。

 また、捕虜の健康状態などのチェックの為に必要な医師団が圧倒的に不足し、千葉市全域の他船橋市、習志野市、市原市に医者の動員令が下され騒然となった。

 更にこの戦いについて国家連邦政府も世界も、これを戦争と認めなかった。この一戦はそのまま『パプアニューギニア騒動』という名前で記録され、人種差別者による宇宙デモの鎮圧を行ったと記された。宇宙開発歴287年1月。公国はコロニー3個分の労働者人口をそっくりそのまま失う結果になるのである。

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