第59話 Operation BABEL 5

 笹本からの連絡から間もなく11時間、倍返しBABELを送り出す時が迫っていた。疲れ果てて倒れていたIT系スタッフも一人を残し全員本来為すべき役職に復帰した。そのほとんどが本来ならば船団長であり、特に戦闘中は留守に出来なかったのだ。

一人残ったITスタッフは12戦艦船団長ではあるが、先ほど船団長候補の師団長をそのネームシップ『ぴゅう太』号に送り、当人はフリーな状態にした。

 ウイルス解除のあちこちに仕掛けた罠はこの人物、福富昌孝中佐が作成したので、見守る必要が有るのだとウルシュラは言う。

 この辺りは他の業種の者たちには分からない。本人達の弁を信じるしかないだろう。

 笹本達も旗艦に戻ってきて普通に指令を下し始める。

「各自本来の艦艇に帰還して次回の指令を待ってください。多分作戦なんか必要有りません。容赦無く行きます」


 各員が、バタバタ艦艇を移るなか、ウルシュラは淡々と自分のデスクの脇に追加でテーブルを置き、そこに3面ディスプレイのパソコンを置き、自分のデスクに実況席、隣のテーブルに福富を座らせ解説の札を置き、実況する気満々だ。

 だいたいが笹本がちらりと見てぷっと吹き出してそれで終わりというのも根本的にこの艦隊はおかしい。

 その他の反応も無関心か面白がって終わりだ。今回の戦闘は出会った瞬間に割と決着が着いているのだ。もうやりたい放題なのも無理はない。


「敵艦視認できた。主砲充填無し、航宙機無し、機関微速」

 各務原かがみはら若葉の報告に実況席が盛り上がった。


「おーっと、いきなり戦争放棄に準ずる構えだ!これはいったいどうしたんだ敵艦隊!どうなんでしょう解説のフクトミさん」

「これはBABELにAIやコンピューター制御の全てに影響するように作りましたのでね。多分今頃実弾を人間で装填できないかお試し中でしょう」

「それ絶対出来ないよ。実弾って劣化ウラン弾だもの」

「次の瞬間放射能汚染でしょう」


 のめり気味のウルシュラと淡々と説明する福富の組合わせが面白おかしいのだが、笹本は順調に主砲が届く範囲に来たところで主砲を放つ。

「主砲斉射!」

 

「おっと、敵方のIT担当がウイルス撃退に動き出しました。まずはIDの解析が……速いぞ。なんと8秒、アイルトン・セナもびっくりだ」

「でもID入力欄ですからね」

「解除して嵌ったー!」

「二次元の可愛い女の子の画像しか出てこないようにしてあるんですよね。お生憎様です」

「無駄にあちこちクリックしてますねバカなんでしょうか。解説のフクトミさん」

「いや。何か無いか調べるのはごく普通の発想です。至って普通ですよ」

「あ。今おっぱいクリックした。大嵌まりじゃんかグフフ」

「まあ、何も無いただのイラストですけどね」


「ナハトドンナー放て!航宙機隊発艦!手柄を立てろ!」

「電磁レーザー射撃用意、射程に入り次第発砲。殲滅してください」

 笹本と叢雲が指令を飛ばす中、ウルシュラと福富の解説は続く。


「あ。なんか分かったみたいですね」

「はい。バックして画面の左上に別のパスワード入力欄が有るんですよね。そこが正解です。まあ、入力欄は背景と同じ色なので解りにくかったでしょう」

「パスワード簡単だったよね」

「はい。1234です。ただこれを2進数に直して入れないといけません」

「2進数ですか?割と意地悪しますね。昨今2進数って使いますか?」

「正解は10011010010ですが、まあ使いませんね。あ。気が付いて入力し直しましたね。4D2。惜しいですねそれは16進数です」

「アハハハハハハハハ」

「16進数入れた場合も別の罠が発動。しましたね。偽のキーワード入力画面です」

 

「やったぞ!航宙母艦撃沈!快挙だね!」

「戦艦5杯目、撃ち取った!」

「おい、味方の発砲に当たるなよハハハ」

 航宙隊はおおはしゃぎだ。


「偽物の画面開きました。これかなり悪質な罠かけたんだよね?」

「はい。あ、罠に嵌まりましたね。今のうちに全ての電源を切って強制終了した方が良いくらいですよ」

「あ!画面が」

 

 ウルシュラが覗いている敵のコントロールパネルが下からBABELの文字に侵食されていく。

 罠はキーボードで何か入力すれば発動し、それ以外を受け付け無くする物だった。

 

「各艦敵の残骸に気をつけて前進。微速で良いぞ」

「残骸の回避が出来ないなら上下に展開して構いません。こんな戦いでダメージを負うなんて損です」

 笹本と叢雲は指示指令の相性は良い。


「これはどいつもこつも目の前はナノテクマシンでバベル一色だぁ」

「可愛そうなので写植だけは可愛いのを選んでおきました」

「製作者からの無駄配慮。まさにバベルのハード・セーリングだぁ」

「押し売りの事ですね」


 世界が見たら信じられない光景がそこに有る。たった1艦隊5万隻が、目の前にいる4艦隊24万隻の連合艦隊に平押し戦を挑み、みるみる食い破っているのだ。普通なら無謀、普通なら有り得ない戦いがそこに有る。


「あ。遂にすべてを諦めて電源切りに行きましたね」

「仕方のない判断でしょう。今公国にもウイルスが感染してお互いがお互いの言葉を理解できていない状態になっていますから」

「おいマジかよ?なんで私たちのナノテクマシンに感染してないんだい?」

「相手にしかない特徴にくっついていますので。OS自体がかなり違いますし」

「あーやっぱりか。私も気付いては居たんだ」

 

「副提督、今回は捕虜取らないのかしら?」

 大場あられさんからの問い合わせに笹本がドライに答えた。

「こんな雑魚共なら敵として向かってきても何も怖くありませんので」

「こいつらなら次回は私がやって良いですか先輩さん」

「うん。充分勝てるね。というかエチエンヌさんやってみませんか?」

「通常なら遠慮してしまうわ」

「監修はみんなでやりますから安心です」

「そう。この艦隊は普通じゃないわね」

 

「あれ?全部のコンピューター切ったのに微速前進だけは切れてませんね」

「だってそこ切れたら降伏扱いでしょう。切らせてあげないようにしておきましたので」

「おいフクトミさんひっどい奴だな」

「そういった無茶ぶりをしたのはウルシュラ主任でしたよね」

「そうともいう~。さてこの後敵艦隊はいったいどんな無様な姿になってしまうのでしょうか?この後も実況は続きますがまずCMに入ります。実況はわたくしウルシュラ・キタと解説は」

「福富昌孝でした」

「どうぞチャンネルはそのままで!」


「誰に言ってるんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る