第51話 年末年始
25日以降の年末、笹本は来客の少ない静かな時を過ごせた。たまにウルシュラが訳の分からない何かを開発しては持ってきて見せびらかしたり、何度かエチエンヌが恵梨香先生を連れて過去の戦闘データの解説を求めたりしにやって来たが、概ね静かな年末が流れた。
笹本にとって大学卒業以来初めてのゆるやかな年末。去年までの今頃は売り出しに大忙しで帰宅は本当に夜中だっただけに……逆に手持ち無沙汰だった。
仕方がないから寮の自室から廊下、共用トイレまであれこれ大掃除したりしていた。
なんでこんなに静かなのかと言えば、第6艦隊のクルーの多くが夜も明けない内からぞろぞろとお出かけしていき、夜中に大量の紙袋を提げて帰って来るを繰り返していたからだ。
テレビから垂れ流されるニュースが皆の行き先を教えてくれた。ビッグサイトとやらで開催されているコミックマーケットというイベントに足を運んでいるらしい。
いや。もしかしたら各務原だけは違うのかも知れない。その日は朝に大量の荷物を手伝いまで頼んで運び出し、帰りにほぼ手ぶらで帰って来ていたからだ。年末はやはりみんなそれなりに大忙しなようで。
「やあ。久しぶりではありませんか」
笹本は数少ない居残り組の一人、ウラジオストク共和国出身で、いつかの密航者騒ぎに猫を連れていた女の子に声をかけた。その子は寮のホールで白猫のエカテリーナと遊んでいた。
「あ。こんにちは副提督」
「君は猫ちゃんのお世話の為に残ったのかい?」
「はい。飼い主の責任は果たさなくてはですから。エカテリーナは大変な仔でしたので」
女の子が言うには研修が始まって2ヶ月後、謎の長雨(梅雨の事だろう)の中、構内の軒下で、吹込む雨にずぶ濡れになりながら研修時に着ていたズボンの裾に入り込んでニャーニャー哭きながら助けを求めてきたそうだ。
女の子は独り猫ちゃんの面倒を見ようと決めたそうだ。その時はまだ仔猫で、蚤やなんかにやられて弱まっていたが、今ではすっかり元気に、そして大きくなった。
「そう。猫ちゃんかわいいよね。大事にしてあげて下さいね」
笹本は猫には弱い人だった。
笹本にいつもの賑わいが戻ってきたのは大晦日の夕方だった。何やらアリーナが煌びやかな和装に身を包み、どたどたしながらやって来た。
「さあケンジ、除夜の鐘だ!初日の出だ!ハツモーゼだ!海を割って進むに違いないぞ。さあ、トシコのラーメン食わせろ」
「初詣だ。アリーナ暑くないのか?普段短パン半袖で出歩いているのに。ついでに年越しそばだ」
「うん。タオル欲しい。蕎麦もラーメンも相違なかろう」
アリーナは『子供は風の子』で短パン半袖なのではない。日本の冬が暑くてならないようなのだ。これは北欧など日本より高緯度の国から来た乗組員全般の特徴で、ウルシュラも日中は暑くて厚手のシャツを脱いでTシャツで歩いている。
選挙帝政ロシアやフィンランドから来た子たちは挙句の果てに目の前の海に飛び込んでしまい、警察やら警備員がわんさと押し寄せる事態にまでなっている。ウォッカの瓶が大量に転がっているわ酒臭いわ。むしろそっちの方が騒動の原因になったようではあるが。
年末年始は本当にイベントは満載だ。アリーナにしろコミックマーケットから帰ってきた皆もお腹ペコペコなようだ。まずはカフェテリアで年越しそばから始めた。
「なんだケンジ、こんな美味い物隠していたのか?」
晴れ着にざるそばの露が跳ねるのを防止する前掛けを着けたアリーナが聞いてくる。
「隠してはいないよ。ただ美味い所って探すの大変なんだ」
アリーナに小島、叢雲、各務原といつもの仲間が集まり、のんびりと紅白を見て、除夜の鐘を見物しにお寺に出かけた。アリーナはお寺の雰囲気に負ける事無く元気にしていた。
「こうやって除夜の鐘を見に行くなんて初めてですよ。良い物ですよね」
珍しく小島はおとなしい。いつもこうなら可愛いのになあ。と、笹本は思ったが絶対口に出してはいけない感想だ。
叢雲はいつになく厚着だ。尋常ならない程寒がりらしい。
除夜の鐘の後は会場を移して初詣なのだが、皆にコミックマーケット帰りの疲れが出ているようなので、お寺の近所にある神社で済ませる事にした。
神前に賽銭を入れお参りをした後、アリーナを車に連れていくとあっという間に寝入っている。
仕方がないので初日の出は基地で見れたら見てねと伝え、基地に帰った。
基地に着いて解散かと思いきや、何故か小島、叢雲、各務原が笹本の自室に集まり色々用意し始めた。部屋にこたつが有るのはこの中では笹本の部屋だけだからだ。ちなみに笹本は必要も無いのにねだられて買わされ、部屋に置いたら入り浸られたのだ。
ちなみに部屋に置いてあるお茶とミカンは小島の実家から送られてきた物で、急須だの湯飲みだの電子ポットだのは各務原が持ち込んだものだ。
「あの、なんで集まってるの?」
「報告が有るからですね」
「コミケ最終日は私達全員軍装で行ったところ本物の第6艦隊士官が来ていると大騒ぎになり撮影がひっきりなしでした。小島さんが大人気です」
「ウルシュラさんも最終日来てくれたよ。あの独特なヘルメットとマントが超人気でしたよ」
「へえ。そいつは凄いな」
ウルシュラは戦闘中いつもお釜ひっくり返したようなヘルメットとマントがトレードマークだ。どうもポーランド国軍のイメージそのものらしい。
続いて叢雲が例のコミックマーケットで買った戦利品を見せてくる。
『各国宇宙軍の戦略論』
『第6艦隊の敵はいかにすれば勝てるのか』
『ペテン師の戦略分析』
等の本が並んでいる。
「これは興味有るな」笹本が手に取ったのは相手がいかにすれば勝てるかを書いた冊子だ。
「無料貸出ししますから好きなだけどうぞです」
「ああ。ありがとう」
「その他アリーナさんが居ない今だから言える話、先輩さんは『サカモト参謀長』という名前で多数の創作物が出ていますね」
「へー。どんな?」
何故か各務原が顔を背ける。
「こんなです。読むのならこの場で朗読したら良いと思います。これは斬新です」
各務原が顔をうつ伏せ、小島がキョトンとしている。
『参謀長サカモトの情事』
と書かれた本には作者フタバとかサンチョス×サカモト、侍少年×サカモトとかの文字が躍っている。
「音読……するの?」
「やめて」
各務原が両手で顔を隠しながら抗議する。
「え?でも叢雲さんが」
「作者の前で対象者が音読なんてどんな悪意ですか?どんな羞恥プレイですか」
「書いたのお前かフタバちゃん」
「やめて」
本当に羞恥に耐えているように見えているので笹本はあまり言いたくはなかったが、やめてって言いたいのはこっちだよとだけは言ってやった。
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