第23話 暗幕の戦い 三回目の殲滅戦へ

 最後の船団の塊は巡洋艦と戦艦、その後方に航宙母艦打撃群だ。このような群れに有効なのは実は航宙機である。戦艦などの主砲武装が邪魔になって航宙機への対策が鈍くなりがちなのだ。

 第6艦隊側から放たれた航宙機は目の前の大炎上を周囲から、何機かは炎上の中を搔い潜って向こう側に廻り、敵艦に接近して攻撃を加える。航宙機の武装は今回統一されていない。

 発艦した船団長の決定に従った者も居れば、パイロット自身で武装を決定した者もいる。ナハトドンナー核融合爆弾が周囲に投下され、対艦ミサイルが次々敵艦を襲い、宙雷をばらまきそれにぶつかった艦船が轟音と共に吹き飛び、必要も無いのに機銃を掃射して艦船に小さな穴を開ける。

 他にもビーム攪乱膜を落としてきたる斉射を妨害したりとバラエティに富んだ攻撃が展開されている。もっともそれを見ているのは今回に限っては航宙隊のみである。


 無線封鎖の影響でカメラの映像もローカルでしか流れていないためだ。そのような中更に炎上の向こう側からもナハトドンナーミサイルや電磁レーザーの攻撃も開始された。攻撃が届くようになってきたのだ。一方敵方も充分に速度が落ちたようで側面の電磁レーザーや対航宙機機銃が使えるようになってきた。何機かの航宙機がそれの攻撃に巻き込まれ、一時的に距離を取る。

 そんな中満を持してかどうかは知らないが一斉射の為のエネルギー充填が開始される。これが第6艦隊に届いたら比較的に被害は甚大だ。今回は敢えて一斉射は使っていない。やるなら今しか無いだろう。ところがそこに意外な人物が口を挟んできた。

「後ろに控えている航宙母艦、左から2番目じゃ。旗指物が見えとるぞ」

「え?」

 それを言ってきたのは本来軍権等が一切ないモンゴル原始共産主義共和国から来た軍医、ドルチドトエン先生だ。

「儂の立場で言い出すのも何かと思うのじゃがの。ほれ。この旗が立っておるぞ」

 そう言って副提督のエンブレムを指した。

「この突撃馬鹿が副提督?」

「ではまだ豚のスタークは狩られていないのですね」

「ああ。それは一番最初に狩ってしまったじゃろう?」

「ええ。航宙機隊は左から2番目の航宙母艦を攻撃しまくってください。え?豚は既に狩られていた?」

 叢雲は驚いたが驚く以上にとんでもない知らせが舞い込んできた。

 『敵艦見ゆ。総数10000。エンブレム、旗幟不明。向かい来る。遅い。位置0-3正面』

「くそっ。何分で辿り着きますか?」

「戦闘速度なんだろ?12分だね」

 ウルシュラが何故かすぐに答えた。メンテナンス以上にこの人は役に立つなと笹本は思ってはいるが、それ以上に何者なのかが本気で怖い。

「それは今の所月よりも遠いですね。8分以内で目に前の敵を葬ります!」

「あー。それ終わったようじゃな」

 ドルチドトエン先生がしっかり例の旗幟を出した航宙母艦が炎上したところを確認し、第2の戦闘が終了したことを教えてくれた。

「どうして見えるのです?」

 思わず笹本が聞いてみた。

「儂はモンゴル人じゃぞ。昔からモンゴル人は目が良いって知らなかったかの?儂なんかまだ見えない方じゃて」

「今度誰か紹介してくれませんか?ここに置きますので」

「構わんよ。生憎男性になると思うがの。モンゴルからは男性しか来ておらんのじゃ。不覚。これ程の名将のオルドに妾を送れぬとはの」

「妾とか必要無いですから」 

 ドルチと笹本が間抜けな人事を話している間にも戦局は動く。沈黙した敵の残骸を大場霰さんと重巡洋艦3船団を付けてこれを狩りつくし、本隊は最後に見つかった、割り出せば参謀で名前はシュルツ。最後におねしょをしたのは17歳と言う人物に真向かう事になる。

「サナエ、これで敵は最後だと思うよ。無線封鎖解除するかい?」

 サントスの問い合わせにエチエンヌ・ユボーが何故か力強く答える。

「まだ駄目よ。叢雲は敵の第62艦隊を一隻残らず仕留めなくてはならないの。今解除したら連絡が付かない事を理由に逃げられてしまうわ」

「立って歩く豚の殲滅です」

「多くは聞かないよサナエ。なら解除のタイミングは斉射後かな?」

「そうですね。その辺りなら逃げられないでしょうから」

 これで叢雲臨時参謀長の狙いははっきりした。コイツは本気だったのだ。背脂を回収するかどうかは全くの別問題に敵の艦船を片っ端から使い物にならなくしてやる事に専心していたのだ。その堂々たる決意には笹本も恐れ入った。

 笹本が恐れ入った中叢雲はエチエンヌに向き直り頭を下げた。

「私が何度もプレッシャーと責任に押しつぶされそうな時に助言と励ましをくれたエチエンヌさんに感謝します」


 ああそうか。この人が参謀に留まった理由は多分そう言う事か。笹本は思った。エチエンヌ・ユボー。この人は自分が当事者ではない時に限って物凄く安心させる助言ができる……と言うより岡目八目をよく理解した人なのだ。

 そしてそんな彼女が前回の難破船の戦いで満足な献策が出来なかったのは笹本の考えが余りに突飛すぎたからなだけだ。エチエンヌの読みの範疇を超えて行っただけなのだ。

 この人はやっぱり第6艦隊に必要な参謀なのだ。


「武装が残っている航宙隊は新手の残党を葬ってきてください」

 笹本が色々思案している間も戦場は動いている。斉射前にやるべきことは航宙機による体力落としだ。ここでかなり少数ながらそれが初めてできる戦場になったのだ。

「おー!」「行くぞー!」「やっちまえー!」わざわざモールストーチで送ってくれる辺り、索敵よりもやりたいのはこれだったのだろうと思わざるを得ない。

 恐らく2回目の攻撃帰りの航宙機と1回目索敵帰投の合間で航宙母艦の滑走路はゴタゴタしているに違いないが、文句を言わせる暇はない。頑張って貰い補給を急ピッチで済ませて次々送り出してもらうしかない。本来戦力の逐次投入は避けたいところではあるがそんなこと言っている場合ではない。

 だってドルチ先生曰く敵に航宙母艦が居ないのだから。航宙隊はもはややりたい放題だ。精々側面から放たれる機銃か電磁レーザーくらいしか航宙機を止める者はいない。主砲の斉射前にぽつりぽつりと航行不能に陥っていく。本来ならばめいいっぱい進軍と一斉射を邪魔してやりたいところだ。航宙母艦からはひっきりなしに帰投し、しょっちゅう発艦している。第6艦隊に大きなゴタゴタが発生するまでほんの僅かなのである。

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