第7話 難破船の戦い

 第6艦隊から見て左翼側の艦隊も沈黙した。指揮艦に862本もの電磁レーザーが叩き込まれ、居残った人物など一人も無しに旗艦が消滅した。瞬時に一切の艦船がコントロールを失い恒星カノープスに吸い込まれていく。

 しかし元々第6艦隊に突っ込んできていた物が惰性で流れ始めているのだ。第6艦隊側に全く被害が無い訳ではない。今まではその損害を無視してきた笹本だったが、全体の2割を超えた事を契機に気にしなくてはいけなくなった。これ以上戦力を失った場合、最後の提督であるパーラが牙を剥いた時、立ち向かう事すら出来なくなる。

「全軍カノープスを下に垂直に向き直れ。上方20度、1.1メガメートル後退」

 ここに来て遂に笹本自身が後退を指示した。この指示はサントス旗下の右翼側も叢雲旗下の左翼側も一斉に聞き入れたようで、全艦隊が従ってくれた。AI歩兵を甲板に出して宇宙機雷を投げつけて継戦していたサントスにしても、撃ち下ろすように切り込んでいた叢雲も自軍の被害に辟易へきえきしていたのだ。


「まさかなぁ。撃沈される艦船よりコントロールアウトした敵艦と衝突して戦闘不能になる艦船が多くなる戦場になるとは思いもしなかったですよ」

 笹本は思わずグエン提督に謝罪した。

「仕方無いと思うよ。シミュレーターでは継戦出来なくなった艦船は消えてしまうのだろ?」

「はい提督。シミュレーターと実践の違いは例えばこんな所です」

 提督の問いに答えたのは笹本ではなく笹本の傍に控えていたエチエンヌ・ユボーだ。

 艦が向き直り後退を開始している中、主だった西暦年間の海戦と違い誰一人足元が揺れたりひっくり返ったりする人が居ないのは、全員が履いている靴が影響しているのだろう。

 自分が無意識に床だと思ったその場所が床になるように重力調整したその靴は良く出来ている。現に第一戦艦船団に乗りこんだ航海長でアルジェリア宇宙開発事業団から派遣されたフセイン・ゼルコウト航海長は、艦が傾いた瞬間にヒョイヒョイと何かに足をかけて重心を移動し、今は航海レーダーパネルの横合いでしゃがみ込んだ姿でいる。

「ああ、そうでした。こんなことしなくても良いのでしたね」

 などと笑いながら身体を傾けながら本来の床に降り立った。

「こんな便利な靴、アルジェリアには無かったものですから」

 この靴でなければその人が下と思う位置を下には出来なかっただろう。

 

 この瞬間を敵のパーラ提督が逃すはずも無かった。自分の目の前がぽっかり空いたその時、残存する艦船をそのまま全速前進させて第6艦隊の今は下側、恒星カノープス寄りをすり抜けていった。その時どさくさ紛れにサントスが落としていった宇宙機雷に何隻も触雷し爆発炎上した。

「全艦敵の残党を攻撃、使える物は何でも使って」


 笹本もそこが戦場である事を咄嗟とっさに思い出し、パーラの艦隊への攻撃を指示した。第2戦艦船団に逆揚陸を仕掛けた例の駆逐艦に乗りこむべく、メンテナンス担当のウルシュラ・キタが大騒ぎしながらパソコンを抱えてテレポーターで出掛けて行った。

 帰ってきた者もいる。まずは高速戦艦を指揮していた叢雲が、次に右翼側の防衛をしていたサントスが帰還した。

「先輩さん、まずは戻って参りました」

「ケンジ、あれが撤退になればいいね」

「終わってくれないかなぁ」笹本は期待交じりで曖昧な答えを返した。

 そんな期待交じりで戦局を眺めていた笹本に別の所から声がかかる。

「ササモト、貴方ならここからどう挽回する?どう?継戦できる?」

 エチエンヌ・ユボーが声をかけてきた。

「僕には出来ないかな。サントスならここから防御戦を展開するだろうけど。実際公国はここに何しに来たんだろうね。それ次第だよね」

 こんな時に居て欲しいのは何故か情報通のウルシュラだが、今ここに居ない。そのウルシュラがけたたましい声で無線を送ってきた。

「おい笹本君、皆に敵の駆逐艦の内緑の発色をしている艦を撃たないように伝えて!それ私が捕まえた船だから。どんどん増やすから期待してね」

 無線は画像入りでウルシュラの声のトーンで大きさが変わった。どうやら新しい機能のようだ。この旨は提督が全軍に通達してくれた。


 パーラの艦隊への攻撃は続いている。もはや損害を無視してひたすら前進を続けるパーラ艦隊。上手い事に航宙隊を嫌がった対宙機銃などを使っていない為、直感の鋭い小島さんも観察好きな叢雲も指揮艦が分からないでいた。

「多分指揮艦を探しても無駄だよ」と、ぼそりとサントスがこぼす

「サントスさんもそう思いますか。多分居るとしたらうちの艦隊が溶解する場所だとは思っているのですが」

「僕もそう思う。そうなると攻撃も何も届かない。精々上からモノを落とす程度だね」

 仲が悪いわけではないがサントスと叢雲が話をしているのを見るのはこれが初めてだ。

 そうこうする内そこに通信手のミアリー・ラボロロニアイナが声をかけてくる。

「提督、副提督、電文が入っています……パーラ提督から」

「なぁ?」

「なんて?」

 思わずグエン提督と笹本が声を荒げる中、ミアリーが淡々と電文を読み上げる。

「貴艦隊の勝利を讃えるとともに将来に再戦を期待する。との事です」

 

 艦内が静まり返り、それがしばらく続いた。やがて誰かが堰を切ったように絶叫する。

「勝った~!!」

 それを皮切りにクルーから一斉に拍手が巻き起こった。第6艦隊は恐ろしいほどに得難い一勝が出来たのだ。外ではコントロールアウトした戦闘艦が衝突を繰り返しては爆発し、恒星以外の光のショーを演出している。戦場を離脱したパーラ提督の艦隊は外宇宙航行速度に切り替わり、あっという間に見えなくなった。少なくとも今すぐの再戦は無いようである。


「勝てたんだな……」

 思わず笹本が小さく呟いた。この戦いは当初カノープスの戦いという名前だったが、笹本の作戦名『難破船作戦』が世に知らしめられると、その名の通り難破船の戦いと謳われるようになった。

 この戦いは、のち100年経っても掃宙が追い付かないくらい多くの難破船の墓場になった。

 また時代が西暦から宇宙開発歴になって初めての本格的な会戦であり、世界中の宇宙軍が注目する中での勝利は宇宙軍会戦の大きな研究対象となり、どこの士官学校でも学ぶ有名な戦いになった。時は宇宙開発歴286年10月。それでも戦争は始まったばかりなのである。

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