龍の泉が輝く時 ーうちの姉ちゃんー

風と空

第1話 相変わらずの関係

 「なんだぁ、この惨状は⁉︎」


 俺が正月休みに入り、帰省した途端に言った言葉がコレ。


 俺こと相模さがみゆう(19)は、一人暮らしをしている大学生だ。


 そして実家であるマンションに一人暮らしをしているのは、俺の義姉でもある相模さがみ れい(22) 。


 腕ききのキャリアウーマンで、その見た目と仕事ぶりから職場からの信頼は厚い。しかも理想の女性って言われているくらい美人でもある。

 

 だがその実態は……


 「だから洗濯はマメにしろって言っただろ!」

 「やってるよぉ。週一回」

 「週にせめて二回はやれよ……」

 「あー、侑ちゃん!それは洗った下着なのぉ!」

 「この洗濯物の山が⁉︎」


 この会話でわかってくれるだろうか。そう、うちの姉ちゃん家事となると駄目な大人の見本になるんだよなぁ。


 じゃあ、一緒に住んでやれよって?

 ……それが出来たら苦労はしない。


 そもそも、俺と姉ちゃんは血が繋がっていないんだ。


 姉ちゃんと最初に会ったのは俺が小学生の頃。親父が再婚して、一緒に住むようになったのが母さんと姉ちゃんだ。


 最初は普通に浮かれていたんだよ……美人の母さんと姉ちゃんが出来るって。

 

 実際家族関係は上手くはいってたんだぜ。でも、親父と母さんが、事故で亡くなった時から変わったんだ。


 事故当時、大学生だった姉ちゃん。自分も同じ立場だったにも関わらず、不安定な感情になった高校生の俺を支えてくれた。


 「侑ちゃん。一緒にご飯食べよ?」

 「侑ちゃん、お風呂入れるよ?」

 「ねえ、侑ちゃん!この映画面白いんだって!一緒に見よ?」

 

 正直、姉ちゃんがウザいと思った事もあった。でも、そんな態度の俺を変わらない笑顔で接し続けてくれた姉ちゃん。


 保険金があったとはいえ、俺の為に大学を中退してまで働き出した姉ちゃん。仕事で疲れて帰って来た時でも……


「侑ちゃん、見てぇ!ゲットして来たよ〜」

「は?あの予約制の餃子買えたのか?」

「あそこのおばちゃんとよく会話するからねぇ」


 時には、自分の外面の良さを利用してまで、俺の好物を買って来てくれる姉ちゃん。


 ……これで惚れない奴がいたら見てみたい。


 そう、俺が大学に入って一人暮らしした理由はそこにある。まあ、もう一つ理由があるけどさ……


 「あー!侑ちゃんなんか買って来てくれたのぉ?」

 「……常盤堂のプリン。食べたいって言ってただろ?」

 「きゃあぁ!侑ちゃん大好き〜!」


 俺の手にケーキ箱がある事を見つけた姉ちゃん。覗き込んだ後、ぎゅっと俺の首に抱きついてくれるのは正直嬉しいけど……


 「さすが我が自慢の弟!ありがとぉー」


 ……やっぱりな。


 ウキウキと冷蔵庫にプリンを入れに行く姉ちゃんの姿を見ながら、そっとため息を吐く俺。


 相手にされてねえんだよなぁ。だから意識してもらう為に離れたんだけどさ。そしたら……


 「姉ちゃん、このウーロン茶にミニチョコくっ付いてるの何?」

 「あ!長谷部さんから貰ったのぉ。でも飲みたいなら飲んで良いよ〜」


 床に落ちている物を片付けていたら、何やら姉ちゃんが飲みそうに無いものが置いてあったんだ。しかもメッセージ付きのミニチョコが貼り付けられていたやつ。


 またかよ……。しかも『お疲れ様』メッセージ付き。明らかに好意持ちだな。


 そう、ウチの姉ちゃんはモテる。更に、今一人暮らしの事が職場でバレてから、こうした貢ぎものが多くなってしまったんだよなぁ。


 モノには罪はないから、見つけたらちゃんと俺が処分してやっている。わざわざ姉ちゃんに飲ませるかってんだ。


 一気飲みしてチョコもボリボリ食って、いつも通りペットボトルのラベルを剥がしたら……


 『辰年キャンペーン企画!QRコードを読み込んで、願い事が叶う龍の泉を見に行こう!』


 胡散臭え企画を見てしまった。


 そう思いながらも『願い事が叶う』に惹かれて、つい携帯を取り出す俺。


 「なぁに?侑ちゃん何か面白いのあったの?」

 

 やべ。姉ちゃんに見つかった。


 「姉ちゃん、なんか願い事ある?」

 

 咄嗟に姉ちゃんの為を装ってみたら、疑いもなく答えてくれる姉ちゃん。


 「侑ちゃんとずっと一緒に居れたら良いなぁ」

 「……そうかよ」


 天然はこういう時怖い。照れもせず、サラッと言うんだからなぁ。こっちは普通を装うのが精一杯なのに……。


 そう思いながら携帯のカメラでQRコードを読み込むと、いきなり光り出した画面。


 眩しくて目を閉じてやり過ごしていたら、『ゴトッ』と携帯から物音が聞こえて来たんだ。それもあって目を開けてみると……


 「……ここ何処だ?」


 自宅に居たはずの俺は何故か外にいた。それも知らない場所の石畳の上に……


 「ゆ、侑ちゃん?どうなっているの?」


 俺の腕にガッチリ捕まる姉ちゃん付きで。


 「わからないが……此処が家じゃない事だけは確かだな」


 正直、俺も突然の事で、平静を装うのに精一杯だった。けど、姉ちゃんが一緒に居る手前、そんな事いってられなかったんだ。


 俺の腕に縋って震える姉ちゃん。

 訳がわからない事に巻き込まれて怖がっていたんだ。

 

 ふう、と息を吐き自分を落ち着かせてから、姉ちゃんを抱き寄せる俺。しばらくその態勢でポンポン背中を叩いていると、姉ちゃんも震えが少し収まったみたいだ。


 「大丈夫。俺も一緒なんだから」


 耳元でそう言ったら、今度は動きが固まった姉ちゃん。


 ん?まあ、震えが止まったから良いか。


 そう思った俺は、姉ちゃんを抱いたまま現状の確認をしたんだ。


 どうやらここは何処かの町の広場のようだ。真ん中に石で囲われた泉があって、その奥に建物らしき物が見える。


 コレ、日本じゃねぇな……ビルもなければ家の造りも違う。それに、今の時刻は真夜中だろうか?静かすぎる。


 まあ、夜なのにでもなんで見えるのかっていうと……


 「ねえ、侑ちゃん。あの泉……光ってない?」

 「……姉ちゃんにもそう見えるか」


そう、泉自体が青く光っていたからなんだ。流石に気味が悪い……。


 そう思っていると、突然俺が握っていた携帯も、画面がピカピカ光り出した。


 姉ちゃんと二人で画面を覗きこむと、新たなメッセージ画面が表示されていたんだ。


 『mission!龍の泉が輝く時に木箱をフリックせよ!』


 「……木箱ってなんだろうね?」

 「さあ?取り敢えず文字タップしてみるわ」


 俺も多少不安を抱いたが、ともかく文字をタップしてみると画面上に古ぼけた木箱が現れたんだ。画面には『mission!龍の泉に携帯を向けてフリックせよ!』って指示付きで。


「怪しさ満載だが、やるしかねえよな」


 画面上で指の動きに合わせて動く木箱の画像。それを光る泉向かって上にフリックすると……


 大きな木箱が突然俺たちの前に現れたかと思ったら、スウっと泉に取り込まれていったんだ。


 その後ズズズズ……という地面の振動の後、泉から空に向かって一筋の青い光りが立ち上がったんだ。俺らが驚いて立ち竦んでいると、光は徐々に形を成し青く巨大な龍へと変わっていった。


 は⁉︎龍って!まさかのピンチかよ⁉︎


 俺は咄嗟に姉ちゃんを後ろに隠し、改めて龍を見上げると頭の中に声が聞こえて来たんだ。


『我の腕を取り戻してくれたのは、其方達か?』

  

 いきなりの事で思わず周りを見渡してしまったが、やっぱり目の前の龍が話しかけていたらしい。


 『よくぞ届けてくれた……!おかげで我を封じておった忌々しいこの鎖を解くことが出来た……。さあ、対価を与えよう。願いを言え』


 はぁ⁉︎本当の事だったのかよ!


 驚く俺に俺の腕をまたキュッと掴む姉ちゃん。そうだ……!姉ちゃんが居た!だったら……


 「俺達を元の世界に帰してくれ!」

 『当然だ……それ以外の願いはないか……?』


 願い、か……。俺の願いは……



 


       ********

 


 「……戻って来たか」

 「うん。戻って来たね……」


 まさか雑然とした部屋が安心するとは思ってなかったな。


 「さてそれじゃ……」

 「侑ちゃん先にご飯にしよー!」


 家に帰って来た途端に復活した姉ちゃん。イヤイヤ、先に片付けなきゃ座る場所ねえよ……


 「じゃじゃんっ!見て見て!ほらこんなおっきい蟹があるんだよ!」


 冷蔵庫の脇から発泡スチロールに入った立派な蟹を見せる姉ちゃん。


 あ、また散財したんだな。……まぁ、いっか。


 「わかった、わかった。どーせなら鍋にしようぜ」

 「きゃー!わかってる!あのねあのね……」


 どうやら帆立や鮑まで買って来ていた姉ちゃん。ウチの姉ちゃんは食べることに情熱を燃やす人だからなぁ。どーせまたこの為の貯金でもしてたんだろ。


 でもそんな姉ちゃんがあんな事言うなんて思わなかったけどな……





 『そこの女、お前には何か願いはあるか?』


 俺の願いは姉ちゃんに振り向いて貰う事だったが、そんなん自分で努力しないと意味ねえし。


 そう思って俺は「帰してくれりゃそれでいい」って返答したんだ。そうしたら龍の矛先は姉ちゃんに向かったんだよ。


 振り返ると俺の腕をぎゅっと掴みながら考える姉ちゃん。そんな姉ちゃんが口に出した答えは……


「ちょっとしたいい事が世界中の人達に起こるようにする事……でも良いですか?」


 だった。これには龍も沈黙したが、


『……良いだろう。その願い聞き届けた』


そういって龍が了承した途端、光に包まれて戻って来た俺達。





 「姉ちゃんさぁ……なんであの願いにしたんだ?もっとさ、金持ちになりたいとか、宝くじ当たりますようにとかあったんじゃねえ?」

 

 グツグツ煮える鍋を囲んで、気になってた事聞いてみたんだ。キョトンとした顔の後、返って来た答えが……


 「だって、私……侑ちゃんが居てくれて幸せなんだもん。だから周りの人にもお裾分け出来たらなぁって思っただけだよ」


 ……これだよ。この純粋さと素直さと天然が合わさると、破壊力が半端ねえんだよ。これが素で言っているから余計にタチが悪い。


 「そおか……」 

 「ふふっ、そおだよ?侑ちゃんは?」

 「……姉ちゃんと同じだよ……」

 「やった!両思いだね!」


 嬉しそうに蟹を剥く作業にまた没頭する姉ちゃんを見ながら、内心俺の片思いだけどな、と呟く俺。


 「あーでもねぇ……耳元で大丈夫だって言われた時と、庇ってくれた時はキュンとしたよ?侑ちゃんもやっぱり男の子なんだなぁって思っちゃった」


 蟹の殻と格闘しながらも、照れ笑いを見せる姉ちゃん。そんな姉ちゃんの笑顔を見て、俺は即座に立ち上がったんだ。


 「……蟹の殻入れるもん用意するわ」


 正直めっちゃ可愛いかった!

 てか、嬉しすぎて変な顔しそうで逃げたんだけどさ。


 ヘタレって言うなよ。九年もの純愛舐めんな!


 まあ、後ろで姉ちゃんも「もう〜、照れちゃってぇ」とか言ってるけどさ。


 くっそぉ、今に見てろよ姉ちゃん!



 こんな感じで、今年も見事に相変わらずの俺らだけどさ。

 

 この日は日本でもちょっとした幸運が続き、SNSが歓喜の声で溢れていたらしい。


 彼氏、彼女が出来た

 家族から感謝の言葉と贈りものが届いた

 めちゃくちゃ美味い店を見つけた

 満員電車で若者が進んで席を譲ってくれた

 家族が家事を代わってくれた

 懐かしい友達とあった

 引きこもりの子供が一緒にご飯を食べてくれた

 

 空が青かった事に気付いた……


 姉ちゃんが願った事は、いろんな背景の人達に影響を及ぼしたらしい。

 

 蟹を美味しそうに頬張る姉ちゃんは、1番幸せそうだったけどさ。


 この笑顔は今のところ俺に向けられている。


 なら、俺はこれからもこの笑顔を見続ける努力をすれば良い。


 ずっと隣で笑顔を見る為に。


        ********************

  作者より  少し改訂しました(18:00)

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