優しい死神

春色の雪解け。

第1話 死ぬにはいい日だと思った

死ぬにはちょうどいい日だと思った。

雨雲が空を覆っていて、雫はしとどに、そして絶え間なく辺りを濡らしていて。

普段何気なく通り過ぎるその踏切が、今日は私を呼んでいる気がした。

何があったとか、何が積み重なったとか。

そんな明確な理由は私にはなくて、けれど暗闇へと私を唆す声は確かに私の耳元で響いていて。

嫌になるくらい明るいライトを撒き散らし、私を轢き殺すために迫り来る鉄の塊。

どうしようもなく眩しいそれに目を向けると、ただ目を細めているだけなのに笑えている気がした。

「さよなら。」

誰に向けたわけでもないその言葉を音にして漏らすと、涙か雨かもわからない何かが私の頬を伝った。

やっと終わる。

覚悟さえ決めてしまえば案外呆気ないものなんだな、なんて息を吐いた次の瞬間。

「おねーさん、だめだよ。」

まるで鈴の音みたいに綺麗な声で囁いた誰かが、私の腕を優しく引いた。

刹那、とてつもないスピードと風圧をともなった私の死神は、光の尾を引いて走り去っていく。

「あっぶね…よかった、間に合った。」

そう言って首を振った彼は黒いパーカーのフードを深々と被っていて、けれど目元だけは不思議な輝きを秘めていた。

うまく言い表すことはできないけれど、得体の知れない色気と魅力を秘めた彼は、私を見てふわりと優しく微笑んだ。

その笑顔を見た途端、私の脳裏には先ほどの光景がフラッシュバックして、どうしようもない感情に襲われて。

「ぅ、えっ…!」

耐えきれない不快感に嘔吐した。

「おねーさん、大丈夫?」

慌てて隣に駆け寄ってきた彼は優しく私の背中を摩って、いいよ全部吐いちゃいな、なんて泣きたくなるくらい優しい声で囁いた。

「なんで…。」

どうしてそんなに優しくしてくれるの。

必死に彼を見つめて問いかければ、彼は一等優しく笑う。

「おねーさんが、好きだから。」

彼の言葉は何度噛み砕こうとしても私の脳内で処理されることはなく、私を襲う疲労感に身を任せて意識を手放した。

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