二人の関係(次)

@rabbit090

第1話

 やっと息ができる。

 水面に浮かび上がるまでには、時間がかかった。

 でも、

 「これから飲みに行かないか?」

 「悪い、用事があって。」

 「分かった。」

 を繰り返している内に、次第に僕は孤立していた。

 

 水槽の中は、殺伐としている。

 見かけだけは、そう、

 「おいお前っ。」

 「あの子さあ。」

 「はあ…。」

 色々なモノが蔓延している。

 けれどみな、嫌だと分かっているのにここから逃れることはできない。

 なぜだろう、なぜ、この不気味な水槽から出ることを、想像しようとすらしないのだろう。

 でももしかしたら、居心地がいいのかもしれない。

 何かを考えることなく、生きていられる。

 それが楽だということは、僕もちゃんと、分かっている。


 「町子まちこ。ただいま。」

 「お帰り。」

 「あのさあ、今日もすごく疲れたんだけど、僕はあと何日、あそこへ行けばいいんだっけ。」

 「さあ、今すぐにでもやめれば?だって、だれも止めないわよ。そんなの当然じゃない。」

 「世知辛いなあ。」

 町子は、いつも僕の帰りを待っている。

 いや、正確には待っていないのかもしれない。

 だが結局、くだらないことばかりを話して、無意味だ、とさえ思うこともある。

 「嫌なんだ、何か、やってられないっていうか。」

 「あんたさ、昔からそう言ってるけど、でもそこしかないって言ってたじゃない。」

 「うん、それもそうだけど。でも僕は、本当は何もしたくないんだ。」

 「それで?」

 「何がしたいかも分からなくて、いやなくて、いややっぱり少しはあるかなあ。」

 「どっちなの?」

 「さあ、分からない。」

 「そう。」

 「うん。」

 でさ、町子。

 僕はね、君、以外には何もないんだ。

 こうやって同じところをぐるぐると回っている所が、不気味でたまらないんだ。

 だから、ぶっ壊したくて。

 「ぶっ壊したの?」

 「いや、何もしてない。でもごめん。」

 「いいの、私は分かってたから。ねえ、理解力はもう、君の考えが及ぶ範疇じゃないってことくらい、察していたでしょ?」

 そう言って、画面に映る町子は微笑んだ。

 しかし僕は、

 「分からないよ。もう君のことは全然分からない、寂しいだろ?ごめん、ホント。」

 「何よ、馬鹿。」

 ああ、終わった。

 町子は、僕が作った人工知能だ。

 もう、自分で自分を成長させることができるから、多分人間の理解の及ぶ段階ではないのだと思う。

 僕は、ほんの少し先の未来から来た、人間だった。

 それは、偶然で、本当に何たら分の何みたいな確率で、僕は今ここにいる。

 そのことを知りたくて、僕は町子を作った。

 けど、

 「束縛してごめん。また、会おうよ。」

 そのボタンは単純なものだった。

 押せば、止まる。

 けれど僕は再び、町子と会うことは無いだろう。

 僕は、もうここにはいない。

 そして、次に誰かが、町子を起こしてくれることを、望んでいる。

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