第四十五

「瑞耀の都の作りは、こうの都に倣い、大きく見ると二層の構造になっています」


 舟から下りて、歩きながら巫澂が説明する。


「皇宮も含めれば、三層とも申せましょう。この城壁で、都を大きく内城と外城とに分けているのです」


 堅牢な城郭がぐるりと都中に巡らされ、四方に陸路用と水路用の門がそれぞれに設けられている。


「内城は概ね士族や富裕層の居住区で、中央の雲龍大路うんりょうたいろを境として、西側が士族きぞく層、東側が富裕層という住み分けがされています。諸王の邸宅も、すべて西にございます。一方の外城は、商工業区及び庶民の居住区になっております。あの南昤門なんれいもんの外がすぐに、酒楼や宿、茶館や劇場などが集まっている地区です。因みに、外城は外側に行けば行くほど、治安が悪うございます。もし不測の事態に出くわしたとしても、決してそちらへは行かれませんよう、お願いいたします」


 この時だけ、穏やかな巫澂の表情が硬くなった。皓月は、内心の好奇心を悟られたかとは思ったが、本当に心配してくれているらしい。まあ、白虎の守護があるとは言え、巫澂は皓月を、“儚げでお淑やかな皦玲姫”だと思っているのであろうから、それはそうか。


 その上、皓月は護衛も連れていない。


 だが、皓月が今髪に挿している簪は暗器だし、懐には短刀を隠し持っているし、その他にも様々なところに暗器を仕込んでいたりする。その上、慎もこっそり付いてきている。余程の事ではない限り、手出しはしないが、皓月的には万全の体勢である。


「わかりました、旣魄。ですから、早く案内してください」


 出て来る前に、教えてもらった名で呼ぶと、巫澂は少し困ったような表情をして頷いた。


 門をくぐると、一気に華やかな装飾を懲らした建物が現れた。赤い吊灯籠がそれぞれに下げられている。夜になれば、別世界のように幻想的な光景が見られることだろう。


 華やかな音曲や人々のさざめき。怒濤のような人いきれの中、飲み込まれそうになる。軒を連ねる酒楼などからは、香辛料の刺激的な香り、肉の焼ける香ばしいあぶらを含んだ香りが漂ってくる。かと思えば、また別の店からは茶の香りなども高く香ってきて、皓月の興味を大いに引いた。


「ものすごい人ですね」

「ええ。この南昤門外は、浩国一の繁華街ですから。正面の馨林けいりんが、都一の名店として名高うございます。士族たちが外で宴席を持つ時などにも利用されますね」


 都第一というだけあって、品良くも華やかな構えの店である。店主の趣味の良さがうかがえる。


 ふと、馨林の三階の楼台に腰掛けている見知った顔を見つけた。琴を膝に置いてぽろんぽろん弾いているから間違いない。


 巫澂も気付いたのだろう。一瞬、物凄く微妙な眼をしたのは気のせいではなかろう。


「旣魄。尚お……あの方に気付かれる前に参りましょう」


 ええ、とすぐさま反応があったのでその場から一先ず離れる。


「せっかく街までおりてきたのですから、浩の人々により広く親しまれているものを食べてみたいです」


 言うと、巫澂は少し考えた風にしてから、一つ頷いた。顔の半分以上は覆われているが、わずかにのぞく鼻梁や顎に掛けての造形の整ったことは、矢張り、人々の目に留まると見える。先程から、老若を問わず、熱を帯びた視線が突き刺さっていた。 


 が、巫澂は、それを知ってか知らずか、一顧だにしない。


 周囲から頭一つ飛び抜けて背が高いのもあいまって、かなり目立つようであった。尚王も同じくらいはあるから、浩ではそれ位が普通なのかと思っていたが、道行く人々を見るに、そうではないらしい。……などと、分析する皓月もまた、巫澂に劣らず、人々の視線をさらっているのだが。皓月は自覚が無かった。

 

「承知致しました。果実なども有名ですが、浩の食材といえば、なんと申しましても魚介です。二つ通りを越えた所に、評判の店がございますから、そちらに参りましょう」


 そう言って連れてこられた海賓館かいひんかんという店もまた、人気店らしい。まだ昼時には早い時間ながら、既に多くの人が出入りしていて、活気に溢れている。客層は、質素な身なりの者もいれば、富裕層とおぼしき品の良さそうな者まで、様々だ。


「ああ、しん様。いらっしゃいませ。お久しゅうございます」


 巫澂が入っていくと、店の者が親しげに破顔して迎えた。知り合いらしいが、沈というのが巫澂の姓なのだろうか。


「お久しぶりです。席は空いていますか?」

「ええ、ご案内致します。――様はご一緒じゃないんですねぇ」

「私とて、いつも彼と一緒という訳ではありませんよ」


 どうぞ、と巫澂が皓月に道を指し示す。それで店の者は、皓月に気付いたのだろう。


「おや、こりゃまた――仙女様もかくやと言わんばかりの別嬪さんをお連れで。ご結婚を?」

「……余計な穿鑿せんさくはせずに、店主自慢の料理を出して差し上げてください」


 からりと笑う店の者に、巫澂もまた爽やかに、しかしぴしゃりと返した。


「はははっ! これは、――承知いたしました! どうぞ」


 日光に弱い巫澂に配慮してか、奥まった場所で、仕切りも付いていた。皓月は被っていた笠を外して席に着いた。


 程なくして様々な料理が運ばれてきた。どれも東宮でも見たことの無いものばかりで、皓月は我知らず、目を輝かせた。皇宮の食材は、品は最高級のものだが、管理上、制限されているものも多いのだという。


 あれこれと説明してもらいつつ食べてみる。評判というのも頷ける味わいだ。基本的には素材の風味を生かした繊細な味わいのものが多いが、中にはかなり凝った味付けのものもあり、飽きることがない。


「浩の食はお口に合いますか?」

「全体的に淡泊ですが、深い味わいで、見た目も美しいものが多いのが素晴らしいと思います。お茶ともよく合いますね。どの料理がどんなお茶と合うか、組み合わせを考えるのも楽しいです」


 久しぶりに外へ出られた解放感と、未知の体験とで高揚していた皓月の頬が自然とほころぶと、金緑の瞳が醸し出す世俗離れした印象が薄れる。


「それは宜しゅうございました」


 一層笑みを深め、巫澂が頷く。

 そこへ、新たに運ばれてきた品に、皓月は首を傾げた。

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