紀第四 瀏如宮に風は吹き

第十二

 翌朝、瀏如宮りゅうじょきゅうへの出発の為、皓月は日の出前から起き出して準備を整えた。


「おはようございます、皇太子妃殿下。ご体調はいかがでしょうか」


 いつものように玉の音を響かせ、巫徴が現れた。

 その背後に、武官姿の青年を二人従えている。


「巫徴、おはようございます。……問題はありません」

「ご出発前にこちらの薬湯をお飲みください。心身を浄化し、整える効果がございます」


 はっきり口にはしないものの、昨日の一件は既に聞き及んでいるらしい。そう察したのは、渡された薬湯から酔い覚ましにも使われる生薬の匂いを嗅ぎ取ったからだ。

 酒を盛られたことまで把握済みらしい。


「こちらは出宮符しゅっきゅうふです。宮外に出ている間は常にお持ちください。皇上の命で宮外に出る許可を得ていることを証明するものです」


 差し出された玉符を、雨霄がまず受け取って、それから皓月に渡した。受け取った皓月は、それをじっくりと見下ろす。


 浩では、皇帝の後宮の后妃や官女、皇太子の妃嬪などは勝手に宮外に出ることを許されておらず、必ず許可がいる。

 特に後宮の后妃ともなれば、まず外出は許されないという。

 颱で自由に過ごしていた皓月が、特に窮屈さを感じるところだ。


(――これがあれば、宮外に出られるのか……)


 不埒な考えが過る。


「わかりました。――そちらは?」

「今回皇太子妃殿下の護衛を務める衛官えいかんです。皇太子殿下直属の衛官の中でも特に腕の立つ者達です」


 鋭く寡黙な雰囲気の方が羽厳う・げん、微笑を浮かべ、軽やかな雰囲気の方が羽騎う・きと名乗った。

 名から察するに兄弟のようだ。

 見た目も雰囲気も全く似てはいないが。両名とも太子備身たいしびしん、則ち皇太子宮に宿直し皇太子の傍近くで護衛する衛官である。


「ありがたいことではございますが、皇太子殿下の護衛が手薄にはなりませんか」

「東宮には他にも優秀な衛官はおります。ご心配には及びません」

「……そうですか。それでは宜しくお願いします」


 言うと、羽厳が見た目の印象通り、生真面目そうな礼をした。一方、


「私どもが付いていれば、万に一つも心配はありませんよ! あ、因みに私と兄のことは名前でお呼びください。なにしろどちらも“羽太子備身”で紛らわしいですからね~」


 言っていることは兎も角、軽々しい口調で言った羽騎の脳天に羽厳の拳が落ちる。


「――ってぇ!! き……兄上、何するんですか」


 抗議の声を上げる羽騎を、羽厳は無言で睨み返した。


「し、仕方ないじゃないですか。こういう性格なんだっ……」


 言い返す羽騎に二度目の拳が落ちる。目を回している羽騎の首根っこを掴んだ羽厳が頭を下げる。おしゃべりな羽騎に対し、羽厳は極端に無口らしい。


「せ、性格は少々……ですが、腕は確かですので」


 場を取り繕うように巫澂は軽く咳払いをしてから言った。

 宜しくお願いします、と微笑んで頷きながらも、皓月は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。



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