冬空の夕焼け

升一繭弥(馬の骨)

冬空の夕焼け

 高いようで低い音を耳元で響かせながら、時折カラカラと木の葉が踊る。そんな秋風に吹かれて私は近所の神社に来た。

 今私が着ている巫女装束のコスプレ衣装は防寒性がなく、一度風が吹くと痛むように凍える。好奇心で買ったこの服が意外にも気に入り、今日はそれに加えて狐のお面も付けた。今の気分を変えたくて映える服で外に出た結果、大して効果がない上に寒いだけだ。

 そんな服を着ていても、冷たい空気を感じていても、やっぱり一時間前の事が頭から離れない。私は十三年少々生きてきて初めて『告白』をしたけど結果は惨敗。私のことをよく知らないから、と断られた時を思い返すと自分の早計さが恥ずかしくなる。もちろん都合のいい言い訳で逃げられたのだと分かっているが、今はまだ現実から目を背けていたい。

「会いたいな……」

 秋風に流される声。振られた直後なのに想いは消えない。誰かに見られる前に帰ろう。こんな小細工では気分は変わらないらしい。

 秋風に逆らうように身を翻す。視界の端に映る人影。今の私はあまり人に見せられる状態じゃない。特にこの神社の神主さんに見つかったらきっと怒られる。相手の顔だけ見て危なそうなら逃げよう。

 見覚えのあるくすんだ白のスニーカー、上下で統一されたデザインのジャージ。短く切り揃えられた髪が整った顔立ちを引き立てる。私が一時間前に告白した相手が、冬の夕焼けに照らされていた。

 まさか自分が告白した相手と会うとは。狐面のおかげで正体がバレていない内に逃げなければならないことは分かっている。

 でも本音はもっと話したい。「よく知らない」なんて理由で振られて。せっかく勇気を振り絞って告白までしたのに最後はその他大勢の他人の中に埋もれるなんて嫌だ。バレてもいい。爪痕を残そう。狐面で熱が籠るはずなのに唇が震える。

「…………あな、たは、運命を信じますかっ?」

 何十分にも感じられる永い時間の後、たどたどしい声が出た。

 私とあなたがここで会えた、その運命を感じてほしい。逸る気持ちがこぼれだす。

 薄く開く口がひどく緩慢に動いて見える。

「……信じません」

 相手からアクションがあったことにまず安堵した。肩の力が抜けるが、期待を裏切られた無念さが続いて肺が強張る。

「巫女さんは信じているんですか?」

 しかし、会話は続けられた。

「巫女さんは分かりませんけど、私は信じたいと思ってます」

 今を逃せば次に話せる機会はないかもしれない。頭の中まで心臓の音で満ちる。

 対して相手はどこか怪訝そうな表情。肺の緊張が強くなる。

「どうしてですか?」

 そんな顔をしつつも話を続けてくれる。

「……奇跡は起こせると信じたいから、かな」

 正常に働かない肺から頭に酸素を回して、声をのせて吐く。私が運命を信じる理由を。

「奇跡?」

 あなたの声に応えたい。あなたに声を届けたい。

「決められた運命も、奇跡があれば変えられる。そんな世界だったら、頑張りたいと思える、から……」

 私の声であなたが応え、会話を続けてくれたように。結ばれず、会話もなかったはずの運命を私は変えられた。それが私の思う奇跡で、私がこれから頑張る理由。

 一瞬だけ相手の口角が頬と共に上がる。私の言葉がこの人の笑顔を作れた。もう一歩だけでも近づいて、できれば隣に居たい。こんな仮面なんて外して笑い合ってみたい。

 重心を変え右足を浮かせかけた時、人の気配を感じる。ガラッと戸が開く音が鳴り、神主の裾が詰所の戸から覗く。

 私は今巫女装束を模した服を着て狐面を付けている。捕まったらきっと怒られてしまうだろう。

 口からつい「やばっ」と声を漏らし、言うより先に駆け出す。

 動きにくい服装で走る間も、夕焼けに彩られたあの人の笑顔が頭に残る。自分の影を追いかけながら狐面の中で頬が緩むのを感じる。

 何をすれば私を知ってもらえるだろう。明日からはもう少し積極的になりたいな。

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