第8話 鬼無里涼と若菜冴子
「ハ〜イ涼♫久しぶり〜♡」
小洒落たオフィス街の摩天楼…
その中にひっそりと佇むちょっとレトロチックなビルの地下一階…
【〜雫〜】
と書かれたドアを開くと、そこには大人の色気を感じさせる、そんなロマンスグレーな紳士が出迎えるバーへと繋がっていた。
そこへ現れたモデルの様なお洒落な女性…
店に顔を出す早々、カウンター席で一人静かにグラスを傾ける男性に気安く声をかけると躊躇する事なく隣の席をキープした。
「あの〜冴子さん…いつ
「ウフ♡ナ・イ・ショ♪」
こんな妙に距離感がおかしくて、大人の関係を匂わせる様なやり取りを交わす二人…
彼女の名は《若菜冴子》。
そう、あの若菜華恋の実母である。
世界トップクラスのデザイナーであり、起業家…
そしてブランドメーカー【WAKANA】の代表。
つまり…
以前華恋の同僚である麻音が言っていた事が事実なら彼女は一見若くは見えるものの、なんと太郎と同じ年だったりするのだ。
それとそんな彼女の隣の席に座る男性…
彼の名は《鬼無里涼》。
猫丸産業営業部統括責任者&営業本部長。
つまり…
太郎の直属の上司であり、彼が入社した際の教育係。
そして部長昇進時、当時第二営業部課長だった彼が太郎を自分のポストへと会社側に推薦した人物なのである。
「これはこれはお久しぶりですね、御二方がウチに揃って顔を出されるのは」
そんな二人にむかってカウンター越しにダンディな初老のマスターが気さくに声を掛けてきた。
「でしょ〜♡あ、カクテルはいつものをお願い」
注文の仕方からして二人共どうやらマスターと古くからの顔見知りのようだ。
「かしこまりました」
そう答えたマスターは優しく微笑むと、何やら準備を始めた。
「ところで冴子さん、よく私がここに居るのが解りましたね」
「
「そういう事ですか(笑)」
冴子のその口ぶりからして鬼無里の奥さんとも知り合いらしいが、何だか只の知り合いではないのだろう事は、そのリアクションで容易に想像がついた。
そしてそうこうしていると、マスターが彼女の眼の前にレモンの輪切りをグラス端に添えた白色系のカクテルをそっと置いた。
「おまたせいたしました《いつもの》でございます」
そのカクテル名は…
【X・Y・Z《エクス・ワイ・ズィー》・冴】…
ヘヴィなラム酒をベースにちょっとアレンジを加えたオリジナルだ。
ちなみに他にも♪
透明色の【X・Y・Z《エクス・ワイ・ズィー》・薫】
琥珀色の【X・Y・Z《エクス・ワイ・ズィー》・涼】
二つのカクテルがここにはある♡
「じゃ〜取り敢えずカンパ〜イ♡」
それを手に持ち改めまして乾杯する二人…
グラスが奏でる澄んだ音色がとても心地よい。
「仕事忙しそうですね」
「おかげさまで♡でも今は結構セーブかけてるから割と落ち着いてるわよ」
そのカクテルを彼女が一口呑んだのを確認した鬼無里は、ゆっくりと口を開き話しかけ始めた。
「おや…華さん絡みで何かあったんですか?」
「そ♡相変わらず勘が良いわね〜(笑)」
冴子のそんな答え方に察しがついたのか、彼は直ぐに確信がついたらしい。
と、言うよりも妻である薫にコンタクトまでとって自分の居場所を探している時は、大体何時もそうなのだろう(笑)
「それでね…その…さ…貴方が勤めている猫丸産業に…山田太郎って男性が勤めてるでしょ?」
「ん?第二営業部の山田課長?彼私の直属の部下ですけど…彼が何か?」
この質問は鬼無里にとって意外過ぎる質問だった。
そもそも何故、冴子との接点が無い筈の太郎の名がこの場で出てくるのか解らなかったからだ。
「ぶっちゃけ…どんな男性なの?」
「ん〜そうですね…簡潔に言えば良くも悪くも営業職らしからぬタイプですね…」
しかも彼女のその質問の意図がまるで解らない…
鬼無里はちょっと躊躇い、答えの内容を少しボカして冴子の反応を伺う事にした。
すると…
「いや、そうじゃなくて!人柄とか身持ちとか!その辺を含めて…その…身辺調査っていうか…さ…」
「………」
「あーーもう〜バラしちゃわ!!実はね、華が惚れちゃったみたいなのよ!その…太郎って男性に…」
直ぐ様冴子は困った顔をして、彼に詰め寄って畳み掛けて尋ねた。
しかも最後語尾が小さくなりながら、とんでもない事実をぶっちゃけたのである。
「え!だって華恋ちゃんて…確か高校卒業したばかりの筈じゃ…それに彼と華恋ちゃんじゃ倍位歳が離れてる筈だと思いますが…」
それを聞いて流石に同様を隠せなかった鬼無里は、うっかり配慮に欠けるセリフを口にしてしまった!
「…私とタメよ…」
「あ、スミマセン」
…そう言う事である…
事実、太郎と冴子は同い歳だ。
「何よワザとらしいわね(怒)貴方だって2コしか違わないじゃない!本当にそういう所が鼻につくのよね」
「それよりもその話…ウラは取れてるんですか?」
どうやらワザと鬼無里がそういうツッコミを入れたと勘違いしたらしい。
だが、お陰で彼は会話の中身を自分のペースに持ってこれた。
「ウラもオモテもないわよ…だって直接華から聞いたんだから」
「また…変な縁ですね…」
深刻な表情を浮かべ暗くなる冴子を見て、不思議な縁だと内心思いつつ、その信憑性を確信に変える鬼無里…
「で、どうなの?」
そして再び詰め寄る冴子…
「個人情報ですからノーコメント、そんなに気になるなら直接自分で調べたらどうですか?」
「ウ!それがやれてたら頼まないわよ…もしあの子に調べてるのがバレでもしたらさ…」
凄く真っ当な答えで返す鬼無里。
確かに自分の部下の事を第三者にペラペラと話す事は出来ない。
そんな事は重々解っている筈なのにあえて自分に涙目で尋ねる所をみて、相当焦っているのだろうと理解した鬼無里は…
「…見たまま…ですよ」
「え?」
「だから見たままですって♪」
「……」
彼はギリギリのラインで話始めた。
「パッと見、冴子さんは彼を見てやり手の営業マンに見えました?とても私の後任で課長に抜擢される程の実力があるなんて見えないでしょ(笑)」
「それでも猫丸産業きっての花形、第二営業部課長…か…成る程ね…ありがとう〜教えてくれて♡」
そんな冴子から見る太郎の第一印象…
【童貞臭がする枯れオジ】
【挙動不審で頼りない男】
【お人好で気が弱い中年】等など(笑)
太郎にとって失礼な話だが、まぁ〜そんな所である。
しかし現実では仕事が出来る実力派で、プロフェッショナルな中年オヤジ(笑)
「ちなみに私一推しの部下ですから、お勧めしますよ♡」
だそうだ。
ここまで聞く限り鬼無里自身、その年・役職からして彼も相当やり手の人物なのだろう。
そんな人物から推されいる、それが太郎なのだ。
「あらそう、それも判断材料にしとくわね♪」
冴子は彼に笑顔でそう言いながら、イッキにカクテルを呑み干して席を立つと、颯爽と店を後にするのだった。
『暫く様子を見ようかしらね…』
そんな事を呟きながら…
当然の様に代金も払わずにだ(笑)
すると…
「マスター、冴子さんの分は何時も様に」
「ハイ♪涼様の奢りですね(笑)」
二人は少し困った様な微笑みを交わしながら、そう話すのだった。
…続く…
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