第2話 人形の怪2

 遠野課長との時間が。あの幸せな時間が、無くなってしまった。

 悲しみにくれながらも、私は、新人の柳田を連れて現場に向かう。


 はぁぁぁぁ。


 盛大なため息。

 私は、こんな若い男の子には、一切興味ない。

 やっぱり男は、枯れててなんぼ。枯れてそこでなお良しならば最高なのだ。


「お姉さん、すっげえ嫌そうだね」

「お姉さんじゃない。南方先輩だろ。新人!」

「南方……先輩」

「そう!! 全く。先輩の私が運転してやっているんだ。もっとほら、殊勝な態度を取ってだな、敬語で話すとか!!」

「ごめん。南方先輩。俺、そういうの分からないから!!」


 屈託のない笑顔。なんだかちょっと変わった子だが、悪い子ではなさそうだ。

 仕方ない。

 

 私の邪な欲望は、今のところ忘れて、ちゃんと新人の面倒もみてやるか。

 この子が立派に独り立ちすれば、遠野課長が褒めてくれるかもしれないし。


 クフフフフフ……。


「南方先輩……なんていうか、ちょっと気持ち悪い?」


 不気味に笑う私に、柳田が引いている。

 いかんいかん。

 煩悩は、ちょっと置いておこうか。


 コホン。


 一つ咳ばらいをして、かしこまる。


「えっと、新人の柳田よ。ヘッドハンティングって言ってたな」

「そう。あの遠野っていうおっさんが、俺に区役所に来いって言ってくれたんだ。助かったよ。俺、住む場所も無かったし」


 住む場所も無かった……ということは、孤児? ふうん。

 遠野課長が関わった事件の最中に見つけた孤児を、憐れに想って拾ったということか? さすが、遠野課長。人格者だ。私が惚れ込んだだけのことはある。


 だが、遠野課長が妖課に誘ったということは、ただの孤児ではないだろう。

 それなりの能力は持っているはずだ。

 まあ、それは、後々に分かるか。


「今回の資料はもう読み終わったか?」

「さっき渡された資料は、今読み終わったよ」

「では、問う。被害者は?」

「ええっと、中年の男女が死亡。血まみれで見つかっている。女は恐ろしい力で首を絞められて、男は心臓をえぐり出されている。あとは、少年は大やけどで入院中」

「警察の見解は?」

「まだ捜査中。警察では、金銭目的の強盗か、恨みによる惨殺……少年が、うわごとのように『人形が……人形が……』って言っていたけれども、それは恐怖のあまり見た妄想だと報告しているし、医師もその可能性が高いと言っている。少年の言っている『人形』らしきものも、まだ見つかっていないし」


 よし。ちゃんと読めている。


「だけれども、妖課の鵺原ぬえはらって調査員が、怪異の可能性が高いって報告をあげて来たから、俺たちが本格的に調査に乗り出すんだろう?」

「そう。鵺原は、優秀な調査員だから、彼女が怪異の可能性が高いというのなら、恐らく私たちの案件だ。警察には手に負えない」


 ふうん。柳田は、ペラペラと資料をめくりながら、浮かぬ返事をする。


「どうした?」

「いや……人形がね……と、思って」

「というと?」

「人形ってさ、人間が作った物だろ? だから、何かしら人間の作為が混じらなければ、怪異には成りにくいかなぁって」

「良く知っているではないか。柳田新人」


 柳田の言う通り、人形とは人間が作った物。

 人型をしているそれには、人間の魂が入りやすい。

 恨みや後悔、悔しさなどの心を吸いとって怪異となる事がままあるが、人形が怪異になる時は、まず人間の負の想いありき。

 

「誰かが、この家族を恨んでたんかなぁと、思って」

「思ったよりも優秀だな。その辺りは、鵺原が、引き続き調査してくれている」


 そう。優秀な調査員である鵺原が、そこは調べてくれている。


「だから、私と柳田は、人形を探す。今なお次の犠牲者を狙っているであろう人形を探し出して、くいとめる」


 私は、車を停める。

 ここは、お屋敷の前。

 あの人形に襲われた家族の住んでいた家。

 今は、惨殺事件の現場として、警察が黄色いテープを貼って立ち入り禁止にしている。


 『区役所妖課』

 

 そう書かれた腕章を柳田にも渡す。

 私も、右腕にそれを装着する。


「行くぞ! 新人。後れをとるなよ」


 さあ、仕事の始まりだ。

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