第二章 魔法学園編

第48話 高校生達の憂鬱《クラスメイト視点》


「スノウはまだ、部屋に閉じこもったまま、か……」



 金髪の美青年が物憂げに呟く。


 豪華な部屋。

 貴族としてこの世界に生を受けた彼らが過ごす屋敷の中の歓談室。


 辺境伯家に仕える騎士として訓練を受ける彼らは、この暖かい部屋で夜を過ごす。


 本来なら彼らがよく打ち合わせやくつろぎの時に使う部屋に、スノウの姿はない。



「あ、アキ君……うん、まだ帰ってきてないよ」


「スノウちゃん、思いつめた顔して、自分の部屋に籠ってる感じ……」



 双子の美少年と美少女。

 粕谷焚人がリア充一軍チームと呼ぶ彼ら、その中でもえりすぐりのトップ層。


 今、重苦しい雰囲気が漂う。


 学校は社会の縮図だ。

 独自の世界でありながら、そこには確かにカーストが存在する。


 顔、家柄、学力、運動能力、コミュニケーション能力。

 ありとあらゆる不可視のパラメータで自然に格付けは行われる。


 彼らはそのカーストの中で頂点に立つ存在達だった。

 ここにいるメンバー以外にも目立つ存在はもちろん存在する。


 だが、彼らはそんな目立つメンバーの中でもさらに顔がよく生まれも才能も特別で。


 誰もが、彼らに憧れていた。



「……スノウは最近、どこかおかしい……俺が、もっと支えてやらないと」


 ハリウッドから飛び出してきたのかと見紛う正統派金髪美青年。


「アキ君は充分頑張ってるよ」


 少し華奢な黒髪の美少年、鮎川夏樹がフォローする。

 ベイビーフェイスで学生の身でありながらモデルやタレントとして活動していた特別な者の1人。



「うーん……スノウちゃんと一度しっかり話し合った方がいいかもなー。あの子、責任感がほら、私達とは少しレベルが違うっていうかさー」


 オレンジのポニテの美少女。

 鮎川春香。

 芸能界においてすでに彼女の名前を知らない者はいないとされる現役トップアイドル。



 顔の良さというカースト上位に必要な条件を備えた彼らはこの世界においても、恵まれた環境にいた。


 だが、彼らの間にはどこかぎこちない空気が漂う。

 理由は単純。

 グループの核となる人物の、様子がおかしいのだ。


 スノウ。

 このグループは彼女を中心として自然と出来上がった特異なものとなる。


 彼女のお付きであるアキ・フォン・シュバルツ

 彼女の友人である鮎川春香、鮎川ナツキ。


 騎士、モデル、アイドル。


 全員本来なら群れる必要のない生まれながらの強者達。

 そんな人物を結び付けているのが、彼女、スノウだった。


 太陽がその重力で星々を率いるかの如く。


 だが、今は――。



「……昔、スノウが似たような状態になった事があった。中学生、まだあの国にいたころの話だ」


「それって……2人が日本に留学する前の話?」


 ソファに座り込んだアキにハルが問いかける。


 鮎川春香。

 現役高校生アイドルのセンターとして活動していたスーパー高校生。


 彼女もまた本来は仕事以外では群れる必要のない強者。

 オレンジのポニテ、いつもなら天真爛漫、に見えるように振りまく愛想は今はない。


「ああ。家族に趣味が禁止された時だった。部屋に閉じこもって、誰の呼びかけにも答えなくなったんだ」


「趣味って?」


「ビデオゲームだ。結局、貴族の教育にふさわしくないって判断されたんだろう。あのゲームを取り上げられた日から、少し、スノウは……暗くなった」


 珍しくアキがスノウの事を語る。


 ハルとナツは静かにその言葉を聞くだけ。


「俺は……あいつの騎士として何も出来なかった。それからだ。スノウがより貴族らしくなったのは。親や一族はその姿を喜んでいたが……俺には危うく思えた」


「危うくって?」


「……よく言うんだ、スノウが。貴族の責務を……って。それは良い、立派な事だ。だが、この状況であいつは少し、抱えすぎている」


「へ、部屋に行ってみる?」


「……いや、よそう。あいつはアレで意地っぱりだ。俺達が行ってもきっとあの張り付いた笑いが強くなるだけだ……俺は、あいつの騎士なのに、無力だ……」


「アキ君ってさー、スノウちゃんの事好きなの?」


「好き……? 当たり前だろ。スノウは俺の家族だ。あいつをこの世のどんな呪いからも守ってやりたいって思ってる……たとえ俺があいつに嫌われようとも……」



 どこにでもいるただの無力な少年少女。

 たとえ、どれだけ強大な力を持っていても皆、庇護されるべき学生だ。



「ふーん、なるほどなるほど。アキ君はさー、どんな方法でも構わない感じ? スノウちゃんの元気が出るんならさ」


 ふと、鮎川春香がアキに声をかけた。

 パチッ、暖炉の木が僅かに爆ぜる。


「鮎川、どういう意味だ?」


「うーん……これは同じ女の勘なんだけどー……スノウちゃん、最近なーんか怪しいんだよね。何かをずっと考えている……何かやりたい事があるけど、どうもそれをうまく達成するための方法が思いつかない……それで、私達に迷惑をかけたくないから、一人で考えている、みたいな」


「……どういう意味だ?」


「アキ君が自分で言ったんじゃん。スノウちゃんは元の世界でもこの世界でも貴族たれと生きている。あの子の思う貴族らしさと、あの子がやりたい事ってさ、ほんとはいつも相反してるんじゃないのかな」


「……あいつが思う、貴族らしくない事、それが今のあいつのやりたい事ってわけか?」


「正解。スノウちゃん、悩むのはいつも自分の事じゃなくて、他人の為に悩むでしょ。今回の悩み事って結局は多分、私達に絡む事なんだよ。……だからさ、友達として、私はあの子の背中を押してあげたいかな」


「……鮎川、お前……思ったよりも、良い奴、なのか?」


 ぽかーんと口を開けたアキ。

 にひっと笑う鮎川春香。

 若干16歳で歌手としても、アイドルとしても日本中を虜にしたカリスマがいたずらに嗤って。


「ううん、私はただ可愛くて才能があって頭が良くて天才なだけ。性格は悪いよ」



 けろっと傲慢な言葉を言い放つ鮎川春香。

 若く才能に溢れた少女はしかし、芸能界という生き馬の目を抜く世界によって研磨され、最適化されていた。


 他と己を正しく認識し、必要なものを己から出力する行為。

 世渡りと自己認識。



「嫌いな人はどこまでいっても嫌いだし、他人の事はどうでもいい。でも、アキ君も、スノウちゃんも他人じゃない、大事な友達だもん」


「お前……」


「異世界で生まれ変わっても私は私。私はね、ただ自分の身内には幸せになってほしいだけ。だってスノウちゃん好きだもん、さ、ナツ。黙ってないで準備して」


「えっ? ハル、き、急に何??」



 びくっと、鮎川春香によく似た顔の美少年が身体を跳ねさせる。


「スノウちゃんのとこ行く準備。もしかしたら部屋に精霊魔法による防御結果張ってるかもだから。アンタの召喚魔法で中和しないと」


「鮎川……ありがとう」


「いーよ、別に。私がやりたいだけだから。……でも、ふむ……少し、嫌な予感がするかな」


「嫌な予感……?」


「うん、スノウちゃんのこの悩み、もしかしたら……粕谷焚人が関係しているかも」


 鮎川の口からこぼれた、人名。


 ザ・ぼっち、はみ出し者、はぐれ物。

 およそ日本では彼らとかかわるはずもない文字通り住む世界の違う人物の名前。



 アキの表情が硬くなる。


「……スノウはああいう人間だ。今回、神明裁判に出向いたのも、クラスメイトが危機に巻き込まれたからってだけのはず、それ以上でもそれ以下でもない」


「ふ、む……いや、そうであるとは私も思いたいけど……粕谷焚人ってのが厄介だね。私、あの人怖いんだ」


「……え? ハル姉に怖いものなんてあった――ひえっ」


 鮎川の双子の弟、ナツが口をつぐむ。

 姉の無言の笑顔にこれ以上しゃべらない方が良いと理解した。


「……どういう意味だ? あいつは、学校でもそんな目立つタイプじゃなかったろ。どこのグループにも所属出来ないはみだし者だ」


「うーん、私もこの世界に来るまでの粕谷焚人のプロファイルはその認識だったんだけど……それにしたってあの人……この世界に来てからの動向がおかしいんだよね……そもそも、普通の学生がさ、何も知らない世界にきて、家無しっていうホームレスみたいな環境で数年生き残れるものかな?」


「……スノウが援助していたはずじゃ?」


「それも不十分だよ。スノウちゃんは確かに辺境伯家の令嬢だけど結局彼を家無しっていう立場から救う事は出来なかった。にも拘わらず彼は普通にこの世界で生きている。想像してみてよ、右も左もわからないこの世界で私達がもし、彼の立場だったら? 親も家も、この世界の事を教えてくれる人も助けもないまま生き残る事、できる?」


「「……」」


 アキとハルの沈黙。

 それは答えのようなものだ。


「それに、あの裁判……信じられないけど、この世界での神といわれる存在に対して彼はなんらかの干渉を行った。魔法の教育も勇者としての訓練も受けていないはずなのに。……決定的なのは、あの人脈。帝都冒険者ギルドのS級パーティーのリーダー。魔法学院の七賢の一角。そんな大物が彼の助命に現れた。どう考えても粕谷焚人はおかしい」


 鮎川春香はおよそ高校生らしくない思案に耽る顔で自嘲する。



「いや、ほんと。自分がまだまだ子供で若輩者だって気づかされたな。ああいう目立たない子を無意識に脅威じゃない、ううん、見下しちゃってたんだから。これは反省だな……わからないものは本当に怖いよ」



「……それが、スノウと何の関係が?」


「え? わかんないの? スノウちゃん、粕谷焚人の事、どう見ても好きじゃん」


「「……え?」」


 アキとハルがまた固まる。


「だって、学校でもたまにスノウちゃんはあの人に話しかけたりしてた。知ってる? スノウちゃんって実は他人に自分から話しかけるのってすごく珍しいんだよ。修学旅行の時にそれが顕著に表れたって感じかな。でも……多分、粕谷にその認識がないのはもちろんだけど、スノウちゃん自身も自覚はないね、多分。それに、クラスで粕谷焚人が浮いてたのはそのせいでもある」


「え……え? す、スノウが……??」


「か、粕谷君が浮いてたのは、あの人、誰ともしゃべったりしなかったからじゃ? いつもスマホ見たり、寝たり……放課後は気づいたらいなくなってるし」


「うーん、それはまあ、学生特有の人間関係の妙って事かな。ほら、今は少し疎遠になってるけど、クラスでも目立つ子達いたでしょ? あのイケメンと可愛い子たちばかりのグループ。七咲君とかの」


「あ……七咲グループ……いるね。うん」


「あの子達が無意識に一時期、粕谷君を意図的にクラスの異分子扱いしてた時期あったじゃん。あのきっかけってスノウちゃんが粕谷焚人に話しかけたからなの、しってた?」


「え、そうなの?」


「そっ。ナツ、あんたは顔の印象と違って他人に無関心すぎ。今だけだよ、人間関係にアンテナ低くて許されるのは」


「はい……すみません。そ、それで、ハル。なんでスノウさんが粕谷君に話しかけただけでそんな事に?」


「嫉妬。それ以外ないでしょ。七咲君達のような目立つグループにとってもスノウちゃんはそれ以上に目立つ存在。嫉妬も届かないほどにね。で、彼らのような集団ヒエラルキーのトップ層ってのはより上位の人間を取り込もうとするの。ああ、別に七咲君達が悪者って言ってる訳じゃない。人間の習性上、仕方ない事だからね。彼らは彼らなりのルールと距離感でスノウちゃんと仲良くしようとしてた。そんな中にぽっと出てきたのが、粕谷焚人という異分子」


ぱっと、鮎川春香が形の良い指を立てる。


「彼らからしたら本能レベルに面白くないの。自分達のように身だしなみや周りの評価、自分の格、どれだけイケてる存在とつるんでいるか。そういった価値観を共有していない人間が急に、スノウちゃんっていうトロフィーみたいな子と仲良くなっている。彼らは本能的に、粕谷焚人を排除しようとした……あとは簡単な構図かな」


「お前の姉ちゃん、やっぱ怖くねえか?」

「……芸能界でいろいろあったから……」


「はい、そこよく聞く。かなしいかな、学校って社会の縮図なの。スノウちゃんを頂点としたクラスのカースト。カーストの特徴に下位の者はより上位の者に気にいられたい、あわよくばその上位に入りたいという心理が働くの。七咲君達の微妙な空気を察した彼らより下のカーストの子達、粕谷焚人の事、舐めてたでしょ? あれはつまり、七咲君達と仲良くする為にやってた事なんだよね」


鮎川は止まらない。

人を魅了する美貌は今、鋭く己の思考に耽る政治屋のようで。



「ふむ、自分で言っててなかなか良い視点かもね。そうか……スノウちゃんめ。多分あれだな? 自分が助けようと思っていた粕谷を、別の、自分よりも優れた人間が助けちゃった事による自信の喪失と、自分でも理解できない感情、そしてそんなものに私達を巻き込んだ事による自分への失望でダウンしてるな? もう、可愛いんだから……そうすると、次の、スノウちゃんの行動は……ははーん、なるほど、あの子の描いた絵が少し、見えてきた」


「おい、ナツ。お前の姉貴、怖いんだけど」


「アキ君、ああなったハルはもうダメなんだよう……」


「2人共」


「「はい」」


「スノウちゃんの所、行くよ。多分、あの子、私達に言いたい事があるんだろうから」


「い、言いたい事?」


 アキは目の前の小柄な美少女に問う。

 貴族階級の上位者、海千山千の謀略に長けた老獪なマダムの影をアキは鮎川春香に見つけて。


 日本の芸能界が鍛えた天才がにっと嗤う。


「粕谷焚人を、私達のグループに入れたいってお願い、かな」



「「なんで????」」


 男子組が同時に首を、傾げた。

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