第46話 女心マスター


 ……何言ってんだ、コイツ。


 さっきからホワイトが、妙に詮索してくる。

 スノウさんの事が気になるのか?


「どうして……」


 ふむ……なんだかよくわからんが、黒幕悪役として部下のメンタルケアも仕事と言えば、仕事か。


「ふむ、ホワイト。近くに」


「えっ……」


「良い、お前の不安を最もだ。だが1つ、スノウとお前達では決定的に違う所がある」


「……違う所?」



 ホワイトが静かに俺の傍に膝をつく。

 その目はなんか、暗い。

 むーん、顔の良い人間が暗い顔をしてると、それだけでなんか思慮深いイメージあるな。


 羨ましい、やはり黒幕悪役にもその雰囲気は必要だ


「ああ、だが、その前に、良い、手を出せ」


「あ……は、はい……」


 ホワイトがおずおずと俺に向けて手を差し出してくる。

 俺はその手を掴み、じっと握る。


「あ……」


 ホワイトが押し黙る。


 なんか静かになった。やったぜ。


 そう、カースブラザーフッドの彼女達はなぜか、やけにふれあいを求めてくる。

 シンプルに抱き着いてくる者や、頭をなでる事をせびるもの、あとは、なんか全身を撫でてくれと言う奴とか、わんこか?



「……良い手だな。腕利きの農夫に似ている。見事な鍛錬だ、ホワイト」


「も、もったいない言葉だわ、カース、貴方の鍛錬に比べれば……」


「……努力とはだれかと比べるものではない。ただ、己がそれをすると決めて行動に移す、ただ、それだけで尊いものだよ、ホワイト」


「……不思議ね。貴方の言葉を聞いているとさっきまで感じていた不安が溶けていくよう、神々と話す信者ってこんな気持ちなのかしら」


「……くく、やめておけ。己の不安を他者の行動に委ねるのは健全とは言えないな……だが、不安、か。そうか、スノウさ――スノウとの接触はお前達に不安を与えてしまった訳か」


「そ、んな、こと……ごめんなさい、カース。神への叛逆を掲げる貴方にとってこのような感傷、邪魔なだけよね。私達は、貴方の剣、貴方の道具なのに……」


「道具? 何を言っている?」


「……え?」


 ホワイトがきょとんと首を傾げる。


 え?

 ど、道具?

 俺、こいつらにどんな人間だと思われてんだ。

 まずいな……なんとなく、部下を大切にしない悪役は、その、カリスマが足りない。


 ホワイト達にはエモい感じで俺を裏切って欲しい。

 己の信念とカースブラザーフッドを天秤にかけ、その上でなすべき事をなす、みたいな。


 その為には、やはり普段の振る舞いが大切だろう、うん。

 えっと、クラスの陽キャイケメン達ならこういう時――。



「ホワイト」


「か、カース?」


 俺はホワイトの白い手を強く握る。

 剣の鍛錬の影響か、見た目よりその表皮は固く、指の節々は力強い。



「……繰り返すが、良い手だ。土になじみ、場を切り開く農夫として言おう、練り上げられている。……誇りに思うよ、お前のような者が俺の仲間でいてくれて」


「な、かま?」


「ああ、仲間だ。スノウ辺境伯令嬢との交流は――俺の目的に必要な事だ。だが、やはり、彼女とお前達、カースブラザーフッドの者は俺にとって違う存在だ」


「……私は、カースにとってどんな存在なの……?」


 ホワイトが、俺の手を強く握る。

 

 うん? なんか、ぎりぎりと音がする? ウォ、骨軋んでない?

 やるな、ホワイト。さすが見た目と違って呪力強化脳筋ビルドなだけはある。


《スキル”呪力循環”を使用します》


 こういう時の対処法は簡単だ。

 ホワイトに貸し出している呪力は元はといえば、俺のもの。


 彼女と繋いでいる手を基点にホワイトの呪力を己の呪力と定義。

 そのままホワイトの肉体を強化している呪力ごと俺の中に取り込んでっと。



「ん……王……ッ、これは……」


 ホワイトが何やら顔を赤らめている。

 だが、今俺はそれどころじゃなかった。


 むむ、これは?


《ホワイトに貸し出した呪力が特性を帯びています。”呪力性質・無垢白”を獲得しました》


 ふむ!!

 新しいスキルが手に入ったぞ。なるほど、ライフ・フィールドみたいにスキルの入手方法はレベルアップだけじゃない訳か!


 色々な行動、例えば今回みたいに他人に呪力を貸し渡した状態で”呪力循環”を使う事でのみ手に入るスキルがある、みたいな――。


「お、王……なんだか、身体、が、熱い……のだけれど」


 ホワイトがか細い声をあげる。


「……痛むか?」


「んッ、いや、痛くは……ない、わ」


 苦しそう……ではないな。

 息は乱れて、新雪のような肌や耳は赤くなっているが……大丈夫そうだ。



 いやあ、スキル集めも奥が深い。


 ライフ・フィールドの醍醐味はなんといっても戦闘と収集要素だ。

 たまに同じギルドメンバーだったゆきだるまさんみたいなストーリーとか設定にこだわる変わり者もいるがここは譲れない。



「か、かーす……何を、して……ああ、貴方が……近い……」



 ホワイトも苦しんだりはしていないな。

 よし、続けよう。


 そう、この世界は妙にライフ・フィールドに似ている。

 つまり、ライフ・フィールドでも起きたイベントが現実に発生してもおかしくはない。


 思い返すだけでも、あの神ゲー、かなりふざけたアプデを短期間で繰り返してきた記憶がある。


 ライフ・フィールドの開発運営チームは小学6年生と中学2年生の仲良しグループと揶揄されるほどに加減を知らない。


 ナーフという言葉が過去のものになるほど、基本的にあの開発運営がゲームに行う調整は常に上方修正。


 そんな運営の用意するイベントはまあ、当然のように無茶難易度のオンパレード。


 もしも、この世界にあのクソ難易度のイベントがこれから起きるとするならば備えておくに越した事はないはずだ。


 まあ、呪術の練習は面白いしな。


「か、かーす、も、もう、無理……」


「おっと」


 ホワイトが俺の方へ寄りかかる。

 あれ? なんか妙に身体が熱いな、風邪か?


「ホワイト、どうした、調子でも悪いのか?」


「い、いえ、そんな事は……ただ、その、貴方の呪力と私の魔力が私の中で混ざって……」


「ふむ、魔力と混ざる、面白い表現だな。呪と魔……なんらかの親和性があってもおかしくない」


「……カース、その、こ、こういう事って、私以外ともした事あるの?」


「いや、お前が初めてだ」


「私が……その、他の騎士や、スノウとは……?」


「む? 他の騎士達には確かに呪力を貸し与えているが……循環させたのは初めてだな、それにスノウさn――辺境伯令嬢にはそもそも呪力の貸渡すらしていない」


「そう……そうなの……私が、初めて……ふふ、ふふふ、カースの初めて……」


 うん?

 なにやらホワイトの声……なんか、こう、ねばっこい気がするな。

 青い瞳の瞳孔は収縮と拡大を繰り返しているし、触れている肌はなんかしっとりしている……


 ああ、呪力強化の影響か。

 なるほど、他人に干渉された状態での呪力強化は想像以上に身体に負担をかけるのだろうか?


 面白い、新しいトレーニングに使えそうだ。


「か、カース……私だって、その……何も知らない小娘ではないわ……魔法使いが魔法使いと魔力を交わす意味、分かってる……でも、私にはそういうのが、わからないの……」


 なんかホワイトがぶつぶつ言ってる。

 顔も赤いし、体温も上がっている。

 ふむ、もう少し他人への呪力干渉と強化を試したかったが、これ以上は負担になりそうだ。


「ああ、やはり負担か、すまない、辞めよう」


「えっ」

「え?」


 何で? ホワイトがなにやらきょとんとしている。

 きついんじゃなかったのか?


「カース、違うの。その、嫌じゃないの、でも、私は今、自分で自分がよくわからなくて……スノウの事を聞いた時は、不安で、でも、今、貴方がこうして私に触れてくれてるときは、安心出来て……」


「う、うむ……」


 ぎゅうっ、ホワイトが俺の首に腕を回し、抱き着いてくる。

 ぐえっ、こいつ、無意識に呪力と魔力の両方で体を強化してやがる。

 怖……こっちが意識的に訓練してスキルを取得してんのに、こいつは自然に……。


 才能ってのは残酷だな……。




「あ……っ、また……っ」


「え?」


 あ、いかん、ホワイトの怪力から身を守るためにまた呪力を体に流しちゃった。


「ん……貴方の力は、とても、温かいのね……」


 ホワイトがふるふると体を震わせている。

 目をつむり、きゅっと口を結んで、何かに耐えるように。


「んっ、カース……」


 ぐおおおおおおおおお!!??


 こ、こいつ! 力強ぇ!!

 押し倒された!

 覆いかぶさり、そのまま俺の首に手を回すホワイト。


 呪力と魔力で超強化された身体から感じる力は、俺を以てして死をイメージさせるほどの力。


 こいつ、強い!!


「カース……私は貴方にとってなんなの?」


 今聞くこと!?

 だが、ここで狼狽するわけにはいかない。


 クールにミステリアス&インテリジェンスに!


 俺の悪役ロールプレイはここからだ!



「お前は、俺の騎士だ。そして俺の呪い。俺の、仲間だ」


「……私を支配してくれるの?」


「お前が我が呪いである限り」


「……んっ」


 ホワイトが俺の胸に顔を埋める。

 首に回された彼女の腕の力はさらに強く――。


 ぐおおおおおおおおお!! 


 更にホワイトの強化が強くなる! こいつ、無敵か!?



 びくり、びくりと何度か身体を痙攣させた後、ホワイトから感じる怪力は穏やかになった。


「……貴方の、気持ちは分かった。ごめんなさい、スノウの事を見つめる貴方の顔は、私達には向けないものだったから、少し、気になっただけ……ありがとうカース」


「あ、はい」


 すんっと、ホワイトが俺から離れる。

 あ、危なかった……。

 あかん、もっと呪力の鍛錬とスキルの研鑽に努めなければ……


「こんな事は今だけにする……貴方は私だけの王じゃない、みんなの王だから……」


「あ、はい」


「これからもよろしく、カース。貴方の舞台がどこだとしてもお傍に……」


 冷たい風が部屋に吹く。


 その瞬間、ホワイトの姿は消えていた。


 魔法の応用だろう。

 あいつ、退出の方法までなんかおしゃれになっている……。


 結局、ホワイト、何をしにきたのだろうか?


 まあ、だが、部下と良い感じに格を保ったまま交流するのも悪役プレイの醍醐味か。


 うーむ、まあヨシ!


 明日の畑仕事に備えて寝よ! 

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