第45話 呪いの娘たち その2《ホワイト視点》



 自ら死ぬ。

 私が己で選んだと思った決断すら神々にとっては只の児戯。


 私の人生は全て、他者の暇つぶしに過ぎないものだった。

 

 全部が敵で、全部が嘘。


 他者は私から何かを奪おうとする。


 男は嫌い。私を見て舌なめずりしたり、下卑た欲望を隠そうともしない言葉を投げる。

 あんな生き物に身体を触られるくらいなら死んだほうがましだ。


 女は嫌い。私を見るだけで皆、私を嫌う。お前のせいで恋人に振られたとか、夫が家を出たとか。

 どうでもいい、お前達の番が私に欲情する事自体、いい迷惑だ。



 世界はきっと、私が嫌い。

 私だって、世界が――。


 唯一出会えた同類も、私と同じ結論だった。


 私達は、世界に嫌われているって。


 ――私達の中には、悪魔がいる。

 それは、蛹。

 私達の成長と共に、ゆっくりゆっくり大きくなっていく。

 私達はそれが羽化するまでの入れ物に過ぎないのは、生まれた瞬間から知っていた。


 このまま生きていれば、自分達はいずれ世界を滅ぼす。

 それもいいかって思ってた。

 だって、世界は私が嫌いなんだから。

 別に壊れてもいいやって。


 でも、出来なかった。



 私は知っている、あの時間が止まったような美しい雪原の朝を。

 粉のような雪が敷き詰まった地平線。

 海から昇る、赤いお日様が、白い雪を照らしていく。


 キラキラ輝く空気の中、自分の吐く息が白く、青い空に昇っていく。



 世界は私が嫌いだけど、私は、世界が嫌いになれなかった。


 だから私達の中の蛹が、世界を壊す前に。


 そうなる前に、いっそ――。



 ――下らん、お前たち程度の呪いなど。



 私の人生には2回、誕生の日がある。


 一度目は肉体の産まれ。

 あの白銀の世界の中で産まれ、絶望したあの日。


 二度目は魂の産まれ。

 産まれながらに死んでいた私の魂はあの日に蘇った。


 カース、あるいはカスタニタキヒト。

 呪いの王、転生勇者の落ちこぼれ――私の、王。


 いつか、貴方にも見せたいの。

 私の好きな、世界の景色を。


 遠い世界からやってきた、私の、私だけの”勇者に”。




「……ホワイト」


「っあ、ごめんなさい、カース」


 ああ、しまった。

 彼の前ですこし、ぼうっとしまっていた。

 私は、7騎士達との会議を終え、カースの住処を訪れた。


 彼は頑なに、このボロ屋に棲み続けている。

 きっと私では理解できないような深謀遠慮があるのでしょう。

 その理由を私達には決して教えてくれないけれど。


「ああ、今日は済まなかったな。俺の些事にお前達を付き合わせた」


「そ、そんな、教会の件は私達の実力不足だわ……グレロッドの件の隠蔽も、教会への報復もままならず……貴方に迷惑を」


「くく、真面目だな、ホワイト。構わん、いい暇つぶしになった。神とやらの力の一端も垣間見えたしな。それに今思い出しても愉快だ、お前達が聖堂に現れた時の連中の顔ときたら。見事だ、この短い時間でよくぞそこまでの名声を得た」


 彼が喉を鳴らしながら笑う。

 胸が、きゅっと痛む。

 スカーレットとクロ、他の叙勲された騎士達も、彼が笑うと同じく胸が痛むらしい。


 顔が変になる、ふにゃふにゃと唇が緩む。

 駄目、彼にそんな顔は見せられない。

 顔に力を入れて。



「……寛大な言葉に感謝を」


「良い。助けられたのは俺の方だ。それで、何か用か?」


「え、ええ。ごめんなさい、呪力の鍛錬をしていたようね。邪魔をしてしまっているなら日を改めるわ」


「いや、気にするな。喋りながらでも鍛錬は出来る。続けろ」



 彼はこともなげにそう呟く。


 すごいーー。

 私は彼が何気なく行なっている行為に衝撃を受ける。


 呪力というものは扱いが難しい。


 私達7騎士は彼に、呪力を分け与えられている。

 魔力とは違う大いなる力、己の奥底から湧いてくる、熱。


 それは取り扱いを間違えると、飲み込まれてしまいそうになる不安定なものだ。


 呪力を意識し、動かすだけでも私達には至難の業。


 なのに。


「……ふむ、少し呪力の巡りが悪いな」


 彼はいとも簡単にその力を身体中に巡らせている。


 ぐるぐると彼のお腹を中心に巡回する呪力。

 私が同じ事をすればこの身は呪力により弾け飛ぶだろう。


 でも彼は違う、弾け飛ぶどころか、その身体は呪力を巡らせる事でより強固に……



「ホワイト……?」


「あっ」


 彼が少し心配そうな顔で私に視線を向ける。


 ああ、それだけで私は嬉しくなってしまう。

 彼が私を見てくれる、ただそれだけの事がこんなにも。


 私の王。

 死すべきだったはずの我が運命を変え、私の呪いを解いてくれた人。


 少しでも、貴方に近づきたい。

 貴方に触れたい、貴方の考えを理解したい。


 だから、聞かなければならない事がある。



「我が王……今日は、貴方に聞きたい事があったの」


「聞きたい事? なんだ」


 彼は目をつむったまま美しい呪力を練りながら答えてくれる。

 少し、怖い。


 この問いはきっと、私達の知らない彼の過去への問いになるからだ。


 でも、私達は、いえ、私は、もっと、貴方に近づきたい。


 だから、勇気を出すの。

 死ぬ勇気じゃない、生きる勇気を。

 貴方と共に生きていく為に。


 ――貴方だけが呪いの道を歩まなくても済むように。



「……何故、スノウに近付くの?」


「……」


 

 淀む事なく循環していた彼の呪力が、一瞬動きを止めた。


 精神の力である呪力の乱れはつまり、彼の心に何か動きがあったという事だ。


 ああ、なんでだろう。

 スノウの名前に貴方が反応した。

 その事実を認識したとたん、胸がきゅうっと痛んだ。


 これは、なに――。



「お前に関係あるのか?」


「――ッ」


 冷たい、声だった。

 彼の美しい茶色の瞳、水底のように静かな眼差しが私を見つめる。


 引きつりそうになる喉を震わせ、私は言葉を紡ぐ。


 駄目、声、震えないで。

 私はホワイト。カースブラザーフッドの騎士。

 大丈夫、冒険者としては既に最高位のパーティーを率いる長にもなった。

 私は、大丈夫。


 だから、お願い――。


「答えろ。お前に俺と、スノウさ――辺境伯令嬢の事が何か、関係あるのかと聞いている」


「わ、私は、貴方の、部下として……今後の組織の動きを考えなければならない」


「それで?」


「――そ、それで、その、……彼女に近付くのは、リスクが高いわ……スノウはS級ギフトの持ち主、その能力は――」


「精霊術だろう。知っている、それで、お前は俺が間抜けにも彼女に正体を見破られると思っている訳だ」


「あ……違、貴方の、能力を疑っている訳ではないの! でも、でも、なんで――」


 言葉がうまく回らない。

 皆を代表してこの場に来たのに、これじゃ、ダメだ。



「ケヒッ」


 彼が、嗤う。


 けれど、顔はぴくりとも笑ってなくて――。


「うれしい誤算だ。お前達が、よもや、そこまで――」


 よもや、そこまで?

 何?

 何を言っているの、カース。


 うれしい誤算って、なに?

 貴方は何を考えているの?

 わからない。


 貴方は私のことをどう思っているの?

 なんでスノウと仲良くするの?

 なんで私達に黙って仲良くするの?

 なんでスノウとの事を教えてくれなかったの?

 なんで。


 頭が真っ白になる。

 知らない、知らない、こんなはずじゃなかった。

 もっと冷静に、もっと――


 私の混濁した意思とは裏腹に唇は、舌は、喉は、心は素直に今、私が一番聞きたかった事を言葉にしていた。



「スノウは、貴方にとって、大事な人――なの?」


「――そうだと言ったら?」



 胸が、また、きゅうっと痛い。


 これは、何?


 知らない、知らない、知らない。

 これは、一体――。



「ホワイト。俺にとって彼女が大切な存在であったとして、それがお前になんの関係がある?」


 ああ、呪いの王が、私を問い詰める。

 ただ彼の美しい呪力が煌々と。


 彼は、無表情で私を見つめる。


 ――スノウには、あんなに笑いかけるのに。


 どうして。


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