愚かな矜持と行い

 戦闘が開始直後、サキの頭に過った事はとてもシンプルな事だった。


 ―――どうしよう、何も解らない。


 初速から早すぎた。動きが複雑すぎる。目で追える範囲を逸脱している。25の手? 25の武器? 何故その全てをバラバラに動かせているのだ? どうしてそれに対応出来てるのだ? どうしてそんな風に戦闘が出来るのか。それだけで最初の5秒が経過した。


 その最初の5秒で大きく戦闘が推移したのに、サキの中にあったのは混乱と納得―――これが上の領域の戦いなのだと。


最強:まあ見ていて解らない人も多いからここは僕が解説を入れよう


 そう出現する配信のコメント欄をサキは見て、その間に戦闘が終わった。戦闘が終わるの早すぎると思いながらコメントの抽出を行い、解説してくれる“最強さん”の発言を追う。


最強:まずは初手、拳鬼くんが動いて灰色くん迎撃

最強:これは灰色くんがメタ装備を取り出した事に原因があるね

最強:見た感じあの杭で速度に上限を設定したのかな?

最強:空間に干渉するタイプの装備品は相当高い筈だからお金かかってるね

最強:それはさておき、速度上限を設定すると、あのスペックなら簡単に速度上限に届くね

最強:灰色くんはそうやってなるべく対等で戦えるステージにまで寄せてきたわけだ


 成程、とサキは納得する。速度で上回れるとどうしようもない、だから勝てるように相手の速度を削いだのだろう。それは理解できる話だ。


「そしてそこから、勝てるように腕を増やした……って事?」


最強:正解

最強:正確に言うと恐らくは奥の手に類する何かだとは思うけど

最強:ともあれ、速度が一緒なら手数が多い方が勝つのは当然の理

最強:だから手数を増やして圧倒した……だけど拳鬼くんは状態復元による蘇生持ち

最強:頭を潰した所で潰す前の状態まで回帰するから殺せない、って事だね

魔法少女:クロックワーク・タイムズ社かなあ

鉄人:欧州の時計屋ですね。ここまでも無茶苦茶な復元能力はあそこ由来でしょう


「……私が灰谷……灰色さんを見つけた時は心臓に穴が開いた状態で死んでて……そこからエリクサー? 使って蘇生したけど……上位の冒険者ってそう簡単に蘇生できるものなの?」


最強:保険によるかな

全裸:リレイズ派閥とゾンビ派閥の溝は深い

鉄人:クローン派は少数ですねぇ、体への投資がなくなるので

企業人:リレイズ派でも詰みに持ち込まれると無限に死に続けるだけだからね

最強:結局全部勝てばモーマンタイだけど

戦士:それを言えるのはお前だけでは……?


「色々とあるんだ。そしてあの人はその中でも特に強力なタイプを使っている、と。灰色さんもそんな感じ?」


最強:アレは単純に異様に死に辛くなってるだけだと思うよ。体質かなあ

魔法少女:魔法の言葉・親

最強:あぁ……

鉄人:おぉ、もう……

戦士:哀れ

:この流れ前に見た


「灰色さんのご両親……天使さん知ってる?」


「知らないです……ですけどお母さんの話をする時の灰色さんは何時も微妙な顔をしてるから微妙な人だと思います」


「そっかぁ」


最強:うん……まあ……解説に戻るけど?

最強:言っちゃえばメタのごり押しなんだよね

最強:速度上限設定して相手の機動力を削いだら火力勝負に持ち込む

最強:ように見せかけて、今度は次の杭で火力を制限

最強:たぶん同時に2個は共存できないのかな? 2個目を出す前に足を破壊

最強:終わってから出して速度を火力制限で上書き

最強:相手の攻撃を通させて動きを止め、その隙に加速薬を投与

最強:超加速状態に入ったらそのまま回復阻害に効果を置き換えてフィニッシュかな?

最強:今は相当疲れてギリギリに見えるけど

最強:試合内容的にはパーフェクトゲームかな

最強:この短時間でメタ構築してリベンジ達成するの、かなり偉いよ




 ―――お褒めの言葉がチラっと配信画面に映ってちょっと笑顔になってしまう。


 床に転がる拳鬼を見て、これで障害は排除出来たと……判断は出来ない。空間に突き刺さった最後の杭は長時間稼働できるわけではない。そしてこれが持ち込んだ杭のラスト1本。これが破壊されたら流石にもう対処する手段がない。


 だからこうやって相手が封じ込めている間にどうにかしなくてはならない。だから武器を突き刺したまま背を拳鬼に向け、社長室の奥、待ち構えるジェイムズ社長へと向き直る。ちらりと刃に反射する自分の表情はかなり辛そうで、目が真っ赤に充血している。


 それを誤魔化すように、虚勢を張るように笑みを浮かべた。


「これで障害はクリアだな……覚悟は出来てるか、ジェイムズ社長」


「何をだね?」


 ふむ、とジェイムズ社長はぼろぼろの椅子に座ったまま足を組み、肘掛けに肘をつき、たっぷりと余裕のある表情と様子を見せている。ジェイムズ社長はたっぷりと数秒、此方を観察すると拍手し始める……此方の健闘を称えるように。


「予想外だった。いや、実に予想外だった。まさかその歳で特級を退ける事の出来る実力があるとは思わなかった……拳鬼、まだ戦えるかな?」


「まあ、後10分ほどありゃあなんとか戦える状態までは。あの杭、長持ちしそうにないんで……所でそれ、東光社の新作か? 良い性能してるなあ、おい。特に対抗するには自社製品で上書きする必要があるって辺りが良い商売してる。後でチェックしとこ」


 呆れた。


 もう息を取り戻してる。肺も潰してる筈なのに。杭の効力が弱い? いや、単純に拳鬼の体に施されている状態復元の質が高いだけだ。相手の方が良いものを使っているからこっちの拘束力を上回って回復している。想像よりも時間がない。


「成程、事実上の負けか」


「1回勝ってますぜ」


「だが私の前で負けた。それが結果だ……そして、褒めさせてもらおう、君の努力を。確かに君は心臓を潰されて敗北した。圧倒的なまでの敗北だ。だがそこからたったの数時間で完殺するまでのルートを構築して攻め込んだ……異形とでも言うべき精神性と才能だ」


 私はそれが、と言葉を区切る。


「とても、とても恐ろしい。やはり《暴君》の息子だな。君はいずれ彼女に匹敵する怪物に成長するのだろう。既にその片鱗が見えている」


「おしゃべりはもうおしまいにしようぜ、社長さん。喋る事よりもここでギブアップして貰った方が俺は嬉しいな」


 社長の前の机を横に蹴り飛ばし、お互いの間に遮るものをなくす。その状態で弩を抜いて突きつける。引き金を引けばその瞬間蒸発するように殺せるだろう。だが……それをこの男は恐れはしないだろう。そもそも死んでも次のスペアボディが稼働するだけだろうし。


「評価点を改めよう。で、幾らで当社の為に働く?」


「ウチの可愛い子を攫う様な奴はお断りだよばーか」


「ふむ? 成程、本当に金にも名誉にも靡かないか」


 少しだけ驚いたような表情を浮かべると考えこむ様に首を捻り、時間稼ぎに見えるその行動を牽制するように頭に銃口を突きつけた。その行動に笑みを浮かべた。


「何を焦っている? それとも自分が詰んでいると理解したかね? そうだ、君は詰んでいる。私をここで殺しても別の私が目覚めるだけだ。このビルを潰しても別の支部で業務を再稼働するだけだ。人員は再び雇えば問題がない……私は別にここでこの私が死んでも問題はないのだよ」


 ―――無論、クローニングした所で100%同一人物になるという訳じゃない。


 クローニングした所で生まれるのは限りなく本人と同じような別人だ。記憶と同じような体をしているだけで、本質的には全くの別人だ。自分の対場がスワンプマンに奪われるような心地、それがクローニングに付きまとう恐怖だ。


 自分が死んで自分の変わりが生き続ける。


 その恐怖を乗り越えたものだけがクローニングという永遠を手に入れるのだ。


「最初から詰んでいるのだ。戦った所でどうにかなるとでも? そういう問題じゃないのは君は最初から理解している筈だ」


「それでもだ」


 それでも、抗う。


「無理だ、大変だ、現実的じゃない……そんな言葉の前にいちいち膝を折ってたら探索者になんてならないんだよ、社長。俺達は何時だって無理無茶無謀という現実と戦ってきたんだ。詰んでるから諦めるなんて選択肢は最初からない―――俺に、そんな選択肢はない」


「はは、イイ吠えっぷりだ灰色」


 ギギギ、と音がする。時間をかけ過ぎたかもしれない。拳鬼が起き上がりつつある。枝を更に深く突き刺して床に縫い留める。それでも回復されたら突破されるだろう……そうなると周囲へと気を配る事も難しくなる、か。


「それでも抗うか―――結構」


 指のスナップ。社長の背後のガラスが割れ、新たな影が社長室に突入する。明確の圧を放つ気配に、相手が雑魚ではない事を察する。


「ならばもはや問答は不要だな。特級越えご苦労―――では再度、挑戦して頂こうか」

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