天使争奪戦

「―――灰谷シュウ君、君はその幼稚なヒロイズムを卒業するべきだ」


 社長室と思わしきフロアは戦う為なのか、社長の座るデスクと椅子を除いて全てが取り除かれた様子を見せていた。そんな部屋の一番奥、机の背後に焦る様子もなく座り続けるのがJPアプリケーションズ社の社長であるジェイムズの姿だった。


 威厳のある金髪の中年の男、強さは感じないが厚みは感じる―――この業界で戦い続けてきた者としての当然の重圧感を持っていた。その横に立つ拳鬼の姿を見て、最初からここまで踏み込まれる事を前提に待っていたのが解る。


 天使が拳鬼と社長の2人を確認すると、迷う事無くあっかんべーとした。その様子を見て拳鬼が頭を掻いた。


「幼稚なヒロイズムじゃねーよ。正当な復讐だよクソボケ」


「それが幼稚なのだ。本社に踏み込んで暴れまわり、全てを破壊すればそれで満足かな?」


「……」


「解っているはずだろう? 所詮ここは私の保有する資産の一部でしかない。日本各地には支社がある。戦闘用の部隊も地域別に分けてある。今は君ではなく他の企業との抗争でで払っているだけで、呼び戻せば今の数倍の戦力が集うだろう」


 解るかな、とジェイムズ社長の言葉が続く。


「君の勝ち目は初めからない。叢雲や東光から声がかかったのだろう? あの時連中に天使を売っていれば多少はマシな結末もあっただろうが、欲張ったな」


 腕を組んで、溜息を吐く。


 まあ、この程度で企業が折れるとは思わなかったが、想像よりも相手の余裕そうな表情にまだ何枚もカードを残しているのを察する。となると特級はその気になれば後1人……いや、2人は派遣できるのかもしれない。そうなってくると流石にまあ、勝てないかも。


 いや、相手次第かなぁ。メタ通せる相手なら格上相手だろうと勝つだけの自信はある。そういう性能だし。


「大人になれ。君は最初から詰んでる」


「だから諦めて、帰れ、と?」


 ジェイムズ社長は頷いた。


「無論、君の行いそのものは愚かだと評価せざるを得ないが―――当社の精鋭を殲滅するその手腕と戦闘能力は高く評価しよう。今更ながら少々君の戦力を過小評価した点については謝罪しよう。そして今度は妥当な額を提示させて貰おう」


 真横にホロウィンドウが表示される。電子の小切手、まだ額は空き込まれてはいないが、そこに大量のゼロが並ぶ。


「そうだな……君の力とその天使を合わせて10兆円でどうだ?」


:じゅっちょうえん

:数字の桁おかしくない?

:というかここまでやられたのにキレないんか

:え、懐の広くない?

:やば

:謝った方が良いんじゃないか?

:でもそれ、天使ちゃんを売るって事だろ?

:無責任じゃね?

:そもそも襲撃する方がヤバイ

:正当防衛だろ


「だけど天使を解体する気だろう?」


「無論。その前に繁殖可能かどうかを調べる必要があるが。繁殖可能なら数を増やしてから一番古い個体を研究に回す形になる……無論、私は君を……正確に言えばその背後にいる《暴君》と事を構えるつもりは一切ない。君が望むなら繁殖で増えた個体を研究に回そう」


 はあ、と溜息を吐く。それに様子に拳鬼が苦笑を零している。ジェイムズ社長はどうやら拳鬼と違って何が問題なのかを一切理解していないらしい。だから露骨に溜息を吐いて、ホロウィンドウを掴み、それを握り砕く。電子の破片が飛び散って消える。


 それにジェイムズ社長が眉をひそめた。


「君が起こしたトラブルを見逃し、それに見合うだけの金が無くを出すと提示したのだが……解らない、君は一体何をムキになっているのだ? 彼女の存在はわが社を国内最大規模の企業へと発展させるだけの可能性を秘めている……その際に生まれる権益を考えれば他に選択肢は内容なものだが」


「本当に、何も解ってないんだな、お前」


 あぁ、もう、解った。そもそもこいつとは会話すること自体が間違いだったという事実を。話は通じないのだ、初めから。相手は自分の意思と行動が当然のもので、それがただしいのだと考えている……実際の所、ここを潰しただけではJPアプリケーションズを潰す事は出来ないだろう。


 だから徹底的に、全てを破壊する必要がある。それが勝利条件だ。ここを襲撃する事、そして破壊する事は長い戦いの始まりでしかない。


「ジェイムズ氏、お前の言う通りだ。これは愚かな行いだ。俺が戦った所で特級を2人投入すればそれこそ雑に俺を殺せるだろう。ここでお前を殺したとしても、恐らくクローンを容易してあるだろ。死んだらその直後稼働させて事業を引き継いで制裁してくるだろうな」


「良く解っているようだな。なら効かせてほしい、何故君はそんな幼稚なヒロイズムに身を焦がす? 君には君の身だけではなく、友人や家族、幼馴染もいる筈だ。その軽はずみな行いが全てを巻き込んでいると解っているのではないか?」


 その言葉に頷く。確かに、俺の行いはその全てを巻き込むだろう。まあ、そこは申し訳ないとは思う。


 ―――が、それ以上に我慢ならない事がある。


「お前は俺を舐めた」


「……」


「あの時、そこのおっさんが俺の頭を潰さなかったのはお前の指示だろ。心臓ぐらいならどうにかなる……頭を潰して完全死亡に追い込んだ場合、ウチの母さんがどう動くかが解らなかっただろう。それが怖くてお前は俺の頭を潰さないように指示を出した……違うか?」


 俺の言葉にジェイムズ社長は頷いた。


「然り。《暴君》は国レベルで相手して勝てるかどうか解らないレベルの災害だ。故に相手をしない、敵に回らないのが理想だ。可能であれば君と敵対するのも悪手だ。だが天使は必要だ……故に君を死亡にまで追い込んだ事を警告させて貰った。その程度なら問題はないだろうからな」


 解るだろう、と言葉が続く。


「アプリケーションの一部はサイバーウェアやルーン刻印と比べれば規模が小さい……それはアプリケーションを通した仮想現実拡張による干渉力では所謂特級と呼ばれる領域に踏み込む事が出来ないからだ」


 技術力の限界。技術的ストッパー。それがJPアプリケーションズという企業を中流最大規模から国内最大クラスの大企業へと成長する事を阻害している。JP社からすればそのブレイクスルーにもなりそうな天使の存在と、その解析データは喉から手が出るほど欲しいだろう。


「我が社が天使の解析に成功すれば、その解析データを通して新たな次元の力を開く事が出来る。解るか? サイバー化、刻印なしで新次元の力を発揮する事が出来るようになる。彼女は技術特異点の塊だ。その体1つで一体どれだけの価値があるのか―――」


「―――興味ない」


 言葉を止める。


「そんなもの、俺は興味ない。人類のあーだこーだはインテリ連中が勝手にやってれば良い。俺が興味を持つのは隣人の幸福と、そして俺自身を更なる高みへと押し上げる事だけ。もっと強く、さらに強くこの身を磨き上げる事」


 だがそれは、何もどういう手段でも良いという事ではない。


「強くなる事は、純粋でなければならない。外道で得た力等に価値はない。それは強さに対する信仰心を、純度を穢す行いだ。そしてこの娘は、何も知らずに生まれてきたんだ……だったら自分がどうするかは、自分で選ぶべきだ」


 そう言うと天使が中指を突き上げたので、サキと一緒に天使の手を抑えて下ろさせる。どこでそんな事覚えたのぉ? 駄目だよ女の子がそんなジェスチャーしちゃぁ……え、俺を見て覚えた? あんまり行儀が良くないよ……うん、やらない方良いよ……もうやっちゃ駄目だよ?


「えい!」


「ダメダメダメ。駄目です。手を下ろしなさい。封印! それは封印!」


「あのね、天使さん。それは女の子がやるととてもはしたない事なのよ? そういう事をしてると灰谷……灰色さんに嫌われてしまうわよ?」


「大丈夫です、灰色さんは絶対に私を嫌いになりません、だって私が大好きですから!」


「無敵かしらこの子……?」


 精神的には割と無敵だよこの子。


 えーと、どこまで話したっけ。あぁ、そうだった。


「まあ、細かい話は抜きにしよっか、主義主張を語っても企業にそれが届くとは思ってもないし。どうせここまで来たら俺を今度は完全に殺して連連れ去るって考えだろうし。まあ、確かにここが潰れた分を補ってあまりの収入は出そうだよな」


「……」


 軽く声を放ってから、怒りに身を焦がす。


「こっちは、最初からキレてんだよ。女の子一人手に入れようとして暴れやがってお前ら全員。あぁ、そこにいるアンタだけじゃないぞ。お前だよ、配信見てるカス共。画面の向こう側から好き勝手言ってるカス共の事だよ」


 画面の向こう側から結局は笑ってるだけで何もしないお前らもウザい。


「他人事だからと、女の子がどうなろうとも気にせずにへらへら笑ってやがる。吐き気がする。恥を知らねぇのか、目の前で起きそうな悲劇に何かしようとする気概もねぇのか。まあ、ねえよな。だから言うぜ、俺は―――お前らカス共全員、かかってこい」


 ちょいちょい、と人差し指を社長さんに向けて挑発する。


「利益とか何のためとか聞き飽きたんだよ。所詮俺の体にもカスの血が流れてるらしい。全てが敵だと分かった瞬間からずっと怒りと興奮が抑えられそうにないんだ。来ると解っている強敵や激戦、死線に心が躍ってる」


 故に、告げる。


「お前は敵で、俺から天使を奪おうとするもの全てが敵だ。そして俺hあその全てと相対し、滅ぼす覚悟がある。良いぜ、その体が潰れたら次のクローン体に切り替わるんだっけ? じゃあ残された残機全部潰せば良いな」


 支社? 支部? 残された資産?


「全部吐き出してこい。各地に散った部下も、部隊も全部出してこい。全部潰してやる。丁度良い研磨剤だ」


 強さは純粋でなくてはならない。


 強さとは信仰心である。


 強さとは戦いの中で築かれるものである。


 強さとは、狂気である。


 家訓、或いは真理。母より受けた教え、しかし同時に納得した事。母親としては失格だが、化け物としては、強者として二重丸を与えられるほどに正解。本能的に何をすれば強くなれるのか、どうすれば強くあれるのかを解っている。


 その教えは生まれるよりも前に、この肉と骨と魂に刻み込まれてる。


「今日、この日JPアプリケーションズという柱が折れる事に二言はない。お前の会社は今日、ここで潰す。その尊厳を奪って破壊しつくす。の子冴えたものも全て破壊する―――天使に触れたものがどうなるか、というのを徹底して叩き込む」


 そしてそれでもまだ、求めるなら。


 かつて黄金に群がった愚者たちのようにまだ天使の存在を求めるというのであれば。


 是非もない。


 これは宣戦布告である。JPアプリケーションズ社に対して? いや、違う。そんな小さく狭い世界の話ではない。これは地球上に存在するあらゆる生命、あらゆる組織、あらゆる人々に対する宣戦布告である。


 企業は無敵ではない。その柱が折れて崩れる事もある。


 それを誰かが成し遂げれば?


 そうすれば始まるのだ―――世界規模での戦国時代が。


「―――それじゃあ始めようぜ、天使争奪戦をよ」


 天使という聖杯を求める者達による戦国時代を始めるのだ。

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