13話 打ち上げで先輩と()


カランカランと氷がグラスにぶつかり、ガヤガヤと暖色系の明るい照明の下で酒呑み達が笑い合う。

 俺はイベントの打ち上げに来ていた。

 参加しているのは白州さんチームを中心とする方々でかなり多い。

 お世話になった社員の方々と話していると、隣に白州さんがやってきた。

 打ち上げも中盤にさしかかっているためかなりの量のアルコールを飲んだようで、白州さんはニコニコだった。



「呑んでるか? 雪城くん」

「まあぼちぼちです。白州さんは楽しそうですね」

「そりゃあそうだろう! イベントが大成功に終わったんだ! 楽しくないわけがあるまいよ!」



 唐突に叫んだ白州さんに社員さん達がワーッと盛り上がる。

 ひとしきり騒いだ後、白州さんはジョッキを置いて微笑む。



「しかしすまなかったね、当日は。君がいたおかげでイベントが成功したと聞いているよ。本当にありがとう」

「いや、僕なんか全然皆さんが仰ってくださっているほど何もしていませんよ」

「そうか?」



 にこっと笑って首を軽くかしげる白州さんにドキリとさせられた俺は誤魔化すように視線を逸らす。



「白州さんこそ倒れたみたいですけど大丈夫だったんですか?」

「ああ、一日寝たらすぐに治ったよ。まだ若いからね!」

「・・・・・・」



 そんな風におどける白州さんにジト目を向ける。

 実際に若い人は若いとは主張しないんだよなぁ。

 ただ所々窺える様子からイベント当日に関われなかったことに後悔を覚えていることが読み取れる。

 白州さんが倒れるまで頑張ったのはイベントのためなのだ。

 その当日に立ち会えない悔しさは十分に想像できる。



「次はもう倒れないでくださいよ」

「ああ、分かっているよ。次も私のサポート頼むぜ?」



 俺の顔をのぞき込むようにしてぐいっと距離を詰めてきた白州さんを「近いです」とか「もちろんです」とか言いながら押しのける。

 というか距離感近ぇ。

 ドキドキするので止めて欲しい。

 頑なに距離を取ろうとする俺にムキになっているのか白州さんは「彼女とイベント来てたそうじゃないか!」などと適当な事を言いながらぐいぐい詰めてくる。



「いやただの研究室の同期です」など言いながら距離をとり続ける俺にしばらくして白州さんは観念したのか唇をとがらせ、ビールを呷る。

「だが、次のイベントは当分先だ。だから雪城くんは卒業まで研究に集中するんだぞ」

「え?」



 俺は思わず瞬く。

 そんな俺を見て白州さんが苦笑した。



「君、最近ロクに研究していなかっただろう?」

「えー・・・・・・まあはい」



 観念して俺は頷く。

 まあ当然気付かれるか。

 研究をしていると言い張るにはアルバイトに費やす時間が長すぎた。



「君の様子から察するに研究も最低限はしていたようだが、それも睡眠時間を限界まで削った上で実現できていたことだろう?」



 なんだか気まずくて視線を逸らす俺に『まあ私は注意できる立場にないが』と白州さんが苦笑する。



「君の気持ちも分かるよ。私もそうだったからね。研究をやる意味を見失っていたしそんなことに時間を費やしたくなかった。ただ君を見ていて思うが研究は君の役に立っているよ」



 論理的に考えられるところとか、理解力が図抜けているところとか、客観的なところとか、と付け加える白州さんに俺は身をよじる。



「それに、仮に研究が役に立たないとしても研究出来るのは卒業までの半年だ。残りの人生で研究に関わることはおそらくないんだ。だから私は研究に真面目に取り組むことを薦めるよ」



 俺を見つめる白州さんの視線を受け止める。

 白州さんの言っていることは分かる。

 褒めてくれたのは嬉しいし、実際に研究により多少は得られたものもあるのだろう。

 また、人生は想像できないほどに長い。

 その半年ぐらいくだらないことに費やしても構わないとも思う。

 ただ、



「研究は卒業できる程度に流しますよ」



 やっぱり俺は研究がしたくないのだ。

 イベントに関わって思ったが俺には出来ないことがまだまだ多い。

 そのために一秒でも無駄にしたくないのだ。

 迷いなく断言した俺に白州さんは呆れるように息をつく。



「君ならそう言うと思ったよ。なんにせよ、だ。君の入社を楽しみにしているよ」



 そう笑った白州さんに気まずさもあってうすとかなんとか適当に返事をする。

 以降は打って変わったようにくだらない話をし打ち上げは終わった。

 翌日からはアルバイトに時間を割きつつ、研究にもそこそこ時間を費やすような生活をした。

 白州さんにはああ言ったが俺自身の『卒業できる程度』の研究量が少なくないこともあり研究をある程度真面目にしなければならなかったのだ。

 そのように苦しくも楽しい日常を過ごしていると時間はあっという間に過ぎ去り、元旦が過ぎ、修士論文も提出した。

 正直俺の修士論文の出来はひどいものだったがやはり大学院の卒業ラインは教授にどうにか出来ない程度には低かったようで普通に卒業できた。

 七々瀬とはイベント以降距離が縮まったように思う。

 特別なことは何もないのだが、七々瀬もゲーム実況に興味を持ったために共通の話題が増えた。それに伴い、プロゲーミングチームのグッズストアを初めとして一緒に出かけることも増えたのだ。

 そして新年度初日。

 当然のように白州さんの部署に配属された俺は自己紹介をする。



「みなさんご存じだとは想いますが雪城知也です。これからよろしくお願いします!」

「うちの期待の新人だ! 雪城くんに負けないよう私たちもがんばるぞ!」



 白州さんの声に部署の皆さんがぶち上がる。

 がんばるぞ!

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研究したくない大学院生がかわいい同期と卒業する にょーん @hibachiirori

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