10話 女の子といちゃついた


雲一つない青空の下、最寄り駅の改札前で俺は七々瀬を待っていた。

 検索するのはイベント名で、出てくるのは期待の声。

『今日のために生きてきた』とか『楽しみすぎて寝られなかった』とか『既に泣いてる』とか。

 今日のイベントを待ち望んでいた人々の声が多く目に留まり無意識に口許がほころぶ。

 確実に期待を上回るイベントになっているので楽しんで欲しい。

 そんなことを思いながら早くも報われた苦労に感動していると、



「すみません、お待たせしました」



 鈴の鳴るような声とともにちょんちょんと肩が叩かれ、顔を上げる。

 大きな瞳が長いまつげに縁取られ、初雪の様に白い肌に淡く朱がさす。ゆとりのあるニットを大きな胸が押し上げ、黒のフレアスカートがひらりと舞う。



「えっと・・・・・・雪城くん?」



 言葉を紡いだ艶やかな唇に思わず喉が鳴る。

 固まる俺に七々瀬が不思議そうに首をかしげる。

 狙っているのか、異様に可愛らしいその仕草に再度心を奪われながらもようやく体の制御権を取り戻した俺は照れを隠すようにふいと横を向く。



「や、何も・・・・・・じゃあ行くか」



 言って背を向けようとした俺に七々瀬が小さく手を伸ばす。



「あの・・・・・・」

「?」



 振り返った俺に七々瀬は口を開いて――閉じた。

 その袖はちょこんとつままれ、かすかに腕は上げられ体は開くようにこちらに向けられている。

 なおも何かを言おうと試みる七々瀬はやがてふるふると首を振ると「行きましょう」と歩き出した。

 どうするべきか迷った末に俺はそのまま七々瀬の隣を歩く。

 休日ということもあり駅の構内はかなり混んでいた。

 家族連れもいるし、大学生の集団もいるしカップルもいる。

 だから当然周りは騒がしくて、余計に俺と七々瀬の間の沈黙が際立つ。

 何か言うべきなのだが適当な話題が見つからない。

 見つかっても相応しくない気がして口に出せない。

二四にもなってこんなことになっている自分が情けなくて泣けてくる。

少し前にいる高校生カップルの方がよほど進んでる。

ただ何か言おうとする度に顔が熱くなって、言えなくなるのだ。

気づけばホームに辿り着いていた俺たちは並んで電車を待つ。

・・・・・・まあ七々瀬とは知り合ってもう3年になる。

すぐにいつも通り話せるようになるだろうから気にする必要はあるまい。

とは思いながらも話題を探していると、七々瀬がそっと息をついた。

 聞き逃してしまいそうなほどに小さなため息ではあったがそれは間違いなく俺が原因で。



「似合ってるよ」

「なっ」



 半ば反射的にその言葉が俺の口を衝いて出た。

 明後日の方を向いて口にした言葉は確かに七々瀬に届いたようで、バッと振り向いた七々瀬の顔がカッと赤く染まるのが視界の端に映る。

 しかし言葉は続かない。

 というか続けられない。

 普通に恥ずかしすぎて死にそう。

 永遠にも感じられる沈黙の末に七々瀬がこほん、と咳払いをした。



「服装の感想を求めた覚えは少しも微塵もこれっぽっちも完全完璧にないですが、・・・・・・ありがとうございます」



 ちらりとこちらを上目に見つめた七々瀬にういとかなんとか適当に返事をする。

 そんな俺を見て呆れたように息をついたかと思うとくすりと微笑んだ。

 とてつもなくバカにされている気がするが、当然の評価な気もするので特に反論はない。



「そういえば今日、アルバイトはいいんですか? 以前当日も仕事があるとか言ってませんでした?」



 しばらくして七々瀬が口を開いた。

 気を使われたことに情けなさを感じながらも、いつも通り会話をするために乗っかることにする。



「・・・・・・まあな。俺も手伝う気満々だったんだけど社員さんが当日は自分たちだけでやるから休めって言ってくれたんだよ」

「え、手伝う気満々だったんですか?」

「? そうだけど・・・・・・?」



 イベント会場で忙しく動き回っているだろう白州さん達に申し訳なさを感じていると七々瀬がパチパチと瞬きをした。



「その場合私一人になりますが・・・・・・?」



 怪訝な視線を向けてくる七々瀬に心臓がドキリと跳ねる。

適当に嘘をついておくべきだった・・・・・・。

俺はすーっと視線を逸らす。



「・・・・・・結果的にならなかったから良くない?」

「良くないですが・・・・・・」



 まずい。

 七々瀬の中で俺への評価がものすごい勢いで低下している気がする。

 状況を打開しなければと、滝のような汗が流れるが上手い言い訳が思いつかない。

 そんな俺にしばらくジト目を向けていた七々瀬だったが「まあいいですけど」とため息をつく。

 どうやら許されたらしい。

 その事に安堵しながらホームに止まった電車に俺たちは乗り込む。

 休日ではあったがまだ時間も早かったので、適度に混んだ車内で吊革につかまり七々瀬と隣り合う。

 イベント会場までは電車で三十分ほど。

 いつもと比べて微妙に固い雰囲気をどう打開するか考えていたのは最初の数分で、気付けばすぐにいつものように俺は七々瀬と雑談をしていた。

 適当に話していると時間はあっという間に過ぎ、目的の駅に到着した俺たちは電車を降りて会場に向かう。



「おぉ・・・・・・!」



 駅を出た直後、熱気を感じた。

 周囲の人々の声のトーンや歩き方、隠しきれない表情は同様の人々が大勢いることも相まって大きな波となり『熱』を生み出していた。

 駅を出た直後ですら感じられるのだ。

 会場周辺の雰囲気はどうなっているのか想像もつかない。

 今日のイベント自体に興味のない七々瀬ですら雰囲気に当てられて頬がかすかに上気している。

 オフラインイベントの良さがここにある。

 楽しむためには雰囲気というのはとても重要な要素であり、それを提供する極めて有効な手段の一つがオフラインでイベントを開催することなのだ。

 なんてことを考えながらも七々瀬と同様にテンションが上がっている俺は、自然と吊り上がる口角を自覚しながら足を速める。

 会場への入り方が分からず七々瀬とうろうろしていたとき、俺のスマホが着信を知らせた。

 まだイベント開始には余裕があるので七々瀬に断り電話に出る。

 相手は白州さんの部下である社員さんだった。

 曰く、



「白州さんが倒れたから来て欲しい」



「は?」

「雪城くん? どうかしましたか? 早く入場しないとグッズ売り切れてしまうかもしれないので急ぎたいんですけど」



 唖然とする俺に七々瀬は焦るように俺の袖口をぐいぐいと引く。

 イベントを全力で楽しんでいる七々瀬はさておいて。

 俺は社員さんに指定されたとおりに控え室に急いで向かった。

 

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