第4話 アルバイト先の先輩ルートですかこれ?

アルバイト先でのこと。



「これで完了っ、と」



データをまとめ終えた俺は同じ姿勢をとり続けていた体を伸ばす。

集中していたせいか、簡単なストレッチがとても気持ちいい。

 時刻を確認するとまだシフト終了の時間には遠い。

 与えられた仕事は終えたので報告もかねて、何か仕事はないかと尋ねようと俺は白州さんの元へ向かう。



「あれ」

「あ、白州さんならさっき急いでどこかいったよ。すぐ帰ってくるんじゃないかな」



 しかし白州さんのデスクが空席だったので辺りを見回していると隣の社員さんが教えてくれた。



「そうですか、ありがとうございます」



 俺はそれに頭を下げて特にすることもないので隅によって白州さんを待つことにする。

 各所に視線を向けると置いてあるのは、所属ストリーマーやプロゲーマーのステッカーやタオル、ユニフォームなどのグッズ。

 俺もファンなのだが、持っていないものも数多く置かれており見ているだけで楽しい。

 ぼんやりと周囲を眺めていると社員さんが普段よりも慌ただしいことに気がついた。

 まだ設立から間もないにもかかわらず急に注目度の上がった会社ではあるから、慢性的に人手不足ではある。

しかし駆け回る社員さんの様子がいつもとは違うように感じられた。

 切羽詰まっているというか。

 さっき俺に白州さんの行方を教えてくれた社員さんのモニター横にもエナジードリンク積まれてたし。

 え、やばくないそれ?

 とかなんとか微妙に来年の労働環境に不安を抱いていると、白州さんが姿を見せた。

 歩きながら話しているようだ。



「あ、それと物販ブースのスペースなのですが、待機列を考慮すると今のままだと足りない気がするんですが」

「そうか・・・・・・それなら」



 ふむと一考した白州さんは早口で、しかし的確かつ端的に指示を伝えそれを聞いた社員さんは頷き自身のデスクへ戻っていく。

 続いてどうやら順番待ちをしていたらしい社員さんが白州さんに話しかける。



「あ、白州さん今大丈夫ですか?」

「ああ、問題ないよ」



 白州さんは微笑むと、見せてもらった資料を基に指示を飛ばす。

 それをきいた社員さんが自身のデスクに戻る・・・・・・。

 というようなことを入れ替わり立ち替わり訪れる社員さんに繰り返すこと3度。

 ようやく手の空いた白州さんが俺に気づいた。

 その表情には心なしか疲れが見える。



「お疲れ様です、かなり忙しそうですね」

「あはは・・・・・・まあね」



 俺が声をかけると力なく笑って白州さんは椅子にとすんと腰を落とす。

 同時に側に置いてあったチョコレートを手に取り口の中に放り込んだ。

 側にはチョコレートの空袋が置かれている。

 どうやら大量に消費しているらしい。



「きいてくれよ、雪城くん」

「はい?」



 俺の分までコーヒーを入れてきてくれた白州さんが口を開く。

 話を聞いて行けと言うことのようだ。

 仕事は良いんですかと問うと白州さんはいいんだいいんだと手を振り話しはじめた。

 隣の社員さんが呆れたようにこちらを見ているが本当にいいんですか白州さん。



「これは社外秘なんだが、今度ウチが主催するオフラインイベントがあるんだよ。所属はウチに限らずプロゲーマーとかストリーマーがたくさん出演するやつがね」

「え、マジですか。ちなみにどなたが出演なさるとか・・・・・・」



 おずおずと尋ねてみると白州さんは何て事のないように有名ストリーマーの名前やトッププロゲーマー達の名前をつらつら挙げてみせる。

 隣の社員さん諦めたみたいにため息ついてますけど喋ってしまっていいんですか?

 それはともかくその豪華な出演陣に俺は驚きを隠せない。

 なぜならそういった有名人を集めてオフラインゲームイベントをするとなると、必然的に大量のお客さんが集まることが予想される。そうなるとイベントの規模はその分大きくなりかなり盛り上がることが予想される。

 そんな規模のイベントをまだまだ小さいウチの会社が開くなんてにわかには信じられなかった。

 未来の社員特権で普通にお客さんとして行きたい。



「それでその責任者に私がなることになったんだよ。まあそこまではいいんだが。私もやりたかったし」



 白州さんはコーヒーを一口飲むと盛大にクソデカため息をついた。



「それが最近ほんとーーーーに忙しくてね。今月の残業時間が怖いよ」



 なるほど、それで白州さんに限らず社内全体が慌ただしいわけだ。



「それじゃあイベントの開催は結構後なんですか? 皆さんが忙しそうになったのは最近なんで」

「そうなんだよ雪城くん・・・・・・開催は今からだいたい1ヶ月後なんだ。開催が近づくにつれてどんどんどんどん問題が出てきて・・・・・・!」



 社員さんは皆忙しいから吐き出す相手がいなかったのか、それからしばらく白州さんの愚痴が続いた。

 社内でそんなことして良いのかとも思ったが、全員忙しそうだし誰も気にする暇がないのだろう。



「というわけで最近ほんとに人手が足りなくて・・・・・・ちゃんと準備が間に合うか不安になっているというわけさ」



 コーヒーを飲み干しチョコレート菓子を一袋開けた白州さんが盛大に息をつく。

 表情には疲労が色濃く表われており、目元には隈がはっきり見て取れる。

 しかしその話しぶりや表情を見ていると分かるが白州さんはイベント企画を心の底から楽しんでいる。



「何か僕に手伝えることありますか?」



 気づいたらそんな言葉が口を衝いて出ていた。

 そんな白州さんが羨ましかったのだ。

 そもそも白州さんの所には新しい仕事をもらうためだったしな。

 デスクに突っ伏していた白州さんが身体を起こし指を鳴らす。



「そうだ、雪城くんにも手伝ってもらおう。仕事は山ほどあるが・・・・・・研究との兼ね合いも考えると任せられる仕事は――」

「・・・・・・あー」

「うん?」



 腕を組み俺に任せられる仕事を考えてくれている白州さんに口を挟む。

 白州さんが悩んでくれているのは研究とアルバイトのバランス。

 現在、俺は研究とアルバイトを六対四ぐらいのバランスで行っている。

 そのバランス内でアルバイトを行うとなるとどうしても雑務が多くなってしまうし、今回のイベント企画に大きく関わることは出来ないだろう。



「しばらくは研究に余裕があるので結構シフト入れます」



 迷った末に俺は言った。

 俺はもはや研究をすることに意味を見いだせていないし、先日の教授との言い合いから近頃は研究室の居心地も悪い。

それに何より白州さんの様子を見てイベント準備に携わりたいと思ったのだ。

 俺の提案に驚いたのか白州さんの大きな瞳がパチパチ瞬く。



「え、ほんとうか? 私としては助かるんだが・・・・・・研究は大丈夫なのか? 全然無理しなくていいんだけど」

「実は今研究が一段落したところで次の実験について検討している時期なので」

「ふーん、そうか? じゃ、遠慮なくお願いしようかな」



 適当な嘘をついた俺にかすかに目を細めた白州さんだったが特に追求することなく俺に任せられそうな仕事を見繕ってくれる。



「ならまずはこれをお願いしよう」

「・・・・・・」



 渡された仕事に思わず絶句する。

 紙であればうずたかく机の上に積み上がることが想像できるほどの仕事量。

 週五日フルタイムで働いてようやく終わる程度だろうか。

 頬を引き攣らせる俺に白州さんはかすかに微笑むと、休憩モードから切り替えるようにして周囲のゴミを捨てる。



「分からないことがあったらいつでも聞いてくれ。あと取り組んで欲しい優先順位としてはこれが1番でこれが2番、他は・・・・・・まあまた後で聞いてくれ」



 頷く俺に白州さんが続ける。



「あと一時間後にイベント会場側の人たちと会議があるんだが出てみるか? 仕事とかイベントの雰囲気とか掴むのに丁度良いと思うんだけど」



 それにも承諾した俺に白州さんは次々と指示を出し、俺は仕事を開始した。

 やってもやっても終わらないどころか増えていく仕事と必死に格闘すること数時間。



「雪城くん、お疲れ」

「あ・・・・・・白州さん、お疲れ様です」



 唐突にかかった声に顔を上げると白州さんが缶コーヒー片手に微笑んでいた。

 俺はそれをありがたく受け取りそういえば今何時だろうかと時計を探す。

 二十三時を回っていた。

 慌てて周囲を見回すとオフィス内に人はほとんど残っていなかった。

 現実感のない光景に固まっていると白州さんが口許を抑えてくすりと笑う。



「初日から頑張りすぎじゃないか? さ、帰ろう」



 言いながら既に帰り支度を整えた様子の白州さんに俺は慌てて荷物をまとめる。



「仕事は順調か? 分からないところとか」

「まあ何とかなってます」



 白州さんが丁寧に教えてくれるおかげでかなり今日はスムーズに仕事が進んだ気がする。



「そうか、なら良かった。にしても君の仕事を片付ける速度は凄まじいな。私の先輩としての立つ瀬がないよ」

「や、僕からしたら白州さんの仕事っぷりの方が信じられないですよ。凄まじい量の仕事をこなしながらリーダーやるってどういうことですか」

「はは、そんなの慣れだよ慣れ。君だってすぐに出来るようになるし私なんかすぐに抜かせるさ」



 そんなことを話しながらビルを出ると初秋の冷えた空気が肌を撫でた。

 しかし寒いということはなく一心不乱に仕事をし続けた影響か火照った体に心地よい。

 全身を満たす疲労感が気持ちよかった。

 休日を達成感と共に過ごせそうだ。



「このあとはどうする? せっかくだし飲むか?」

「いや飲みませんけど・・・・・・」

「えーつまらんなー」



 唇を尖らせる白州さんに俺はジト目を向ける。



「というか飲めないでしょ。家が辛うじて近い白州さんはまだしも俺は終電ありますし」

「そんなのどうとでもなるだろう。タクシー呼んでもいいし、なんなら私の家に泊まってもいい」

「うん・・・・・・?」



 聞き間違いかと白州さんの方を見ると、口の端が吊り上がっていた。

 からかわれたことを理解した俺は顔が熱くなるのを感じつつコホンと咳をする。



「婚期逃しそうだからって大学院生捕まえようとするの止めてください」

「私の地雷を踏んだな⁉」



 涙目になった白州さんに思わず笑ってしまう。

 まだギリアラサーじゃないからとか、学生時代モテてたからとか、今が仕事の頑張り時だからとか白州さんが理由を並べ立てる。

 婚期逃す人間の言い訳なんだよなぁ。



「一緒にお酒のもうよ~」

「いや飲みませんて。白州さんの家に泊まるわけにもいきませんし」



 すっかり幼児退行してむくれてしまった白州さんに笑いながら答える。

 アルコール飲んでない状態でこれなら飲んだらどうなるんだろう。

 白州さんがぼそりと呟いた。



「・・・・・・本気なんだがなぁ」

「・・・・・・えっと」



 かすかに耳に届いた呟きに俺は言葉に迷う。

 文脈からして解釈は一通りしかないし、聞こえるか聞こえないかぐらいの呟きなのも妙にリアル。

 だが白州さんがまさかそんなことを考えているとは思えなくてそっと白州さんの表情をうかがうとやっぱりからかうように笑っていた。

 残念なようなほっとしたような。

 静まった胸の高鳴りに苦笑する。



「からかうの止めてくださいよ。白州さんみたいな美人さんだとドキドキするんで」

「ふーん? 私のことそう思ってるんだ」



 少し前を歩きながら振り返らずにそういった白州さんにドキリとする。



「冗談、ですよね?」

「さあ、どうだろうね」



 深夜に乱反射するオフィス街の電灯が白州さんを縁取り、シャツがかすかに透ける。

 長時間働いたからかかすかに滲んだ汗が白州さんの体温を伝えるように俺の視覚を刺激し、ずっと先輩で尊敬できる白州さんが俺よりもずっと小柄であることにふと意識が向いた。

 女性なんだな、みたいな。

 結局。

 それ以降は何もなく普通に帰宅したのだがしばらく白州さんと会う度にドキドキが止まらなかった。

 そしてアルバイト漬けの日々を過ごし大忙殺され続けたある週末。

 とうとう例のイベントが告知されSNSは大いに湧いた。

 イベント名で検索してみれば『絶対見に行く』とか『一生分の運使っても良いからチケット当選しますように』とか『楽しみで寝られない』とか『運営ありがとう』とか『生きる理由が出来た』とか。

 過剰なくらい喜ぶ反応が無限に感じられるぐらい投稿されていた。

 あまりに殺人的な仕事量に投げ出したくなったりとか、全く見えないゴールに本当にこれで喜んでもらえるのかとか色々考えながら過ごしたここ数週間が本当に報われた気持ちだった。

 やってよかったと、最後まで頑張ろうと、心の底から思った。

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