第37話 ニディア動く
「どうしました?」
思わず叫んでしまった私に、背後からグリエルが声をかけてきた。
ああ、しまった…。
リンタローのことは話せない。
うー。どうしよう…。
「あ、いえ…、ちょっと…」
画面ではちょうど、国王と私の偽物が手を取り合っていた。
あ、これだ!
「……あの、そう、気分が…気分が悪くなって…」
口元を押さえながら、グリエルの方に向き直る。
「ああ、それは…」
モニターを見ていたグリエルが私に目を転じた。
少し顔をしかめている。
見せかけたかった気持ちが通じたみたいだ。
「……お部屋で少し休まれますか…?」
そう訊ねるグリエルに、
「…ええ。そうですね…」
と消え入りそうな声を出して答える。
「僕も式典が終わったら、6階の陛下のもとに参りますので、帰り際にお部屋の方へお訪ねしましょう」
背中越しに投げかけれたグリエルの言葉に私は片手を挙げて応えると、今にも走り出したい気持ちを抑えて、よろよろとリフトに向かって歩いて行った。
*
6階のフロアは静かなものだった。
誰もいないことを確認し、急ぎ足で自室に戻る。
部屋に入ってまず最初に剣を手に取った。
腰に装備し、目立たないように外套を羽織って隠す。
行き先は決まっている。
とにかく1階に行って、リンタローと女装のアッくんを探そう。
部屋を出て1階行きのリフトに急いだ。
!!
リフト前まで来たところで、はたと気がついた。
いま、リフトは5階に止まっている。
6階から下に向かうということは、リフトがその後、5階や4階に止まることも十分あり得る。
扉が開いて、ほかの人間と鉢合わせになるのは絶対に避けたい。
……。
逡巡している時間はない。
私はリフト前から踵を返して、自室の前を通り過ぎ、通路の奥にある非常階段へと向かった。
非常口をそーっと開くと、ふわっとした生暖かい空気が流れ込んで来た。
踊り場に出て柵に手をかけ地面を見下ろす。6階なのでさほどの高さはない。
顔を上げ、上方も確認する。
時計塔の外壁に沿って大時計の裏あたりまでずっと、階段が連なっているのが見えた。
うん、人の目も無さそうだ。
このまま1階まで一挙に降り切ろう。
踏板が発する甲高い金属音をなるべく響かせないように気をつけながら、私は階段を駆け降りて行った。
*
王位継承式を終えたばかりの1階ホールは、まだ退出していない来場者でざわついていた。
目立たないように少し背を丸めて節目がちに移動する。
モニターに映っていたあたりからその周辺へとしらみつぶしに捜してみるが、それらしい人影は見当たらない。
画面で目撃してからここに降りてくるのに時間がかかっってしまったし、どこかに移動していても不思議ではない。
どうしよう?
いっそのこと王宮の外へ逃げ出す?
いや、大門を抜けなければならないことを考えると無理だろう。
当初の予定通りリンタローたちを探すにしても、このままだと当てもなく探し回ることになる。
現状、八方塞がりだ。
確か、式典が終わったらグリエルが6階で国王に会うと言っていた。一度部屋に戻っておくのが賢明かもしれない。
*
元来た道を戻るのは足が重かったが、良い考えが浮かばない以上仕方がない。
1階から見上げる非常階段は威圧感があり、どこまでも果てしなく続いているように見えた。
かなり上ったつもりが、ようやくまだ3階。
とにかく足を上げるのがツラい。
ここ数日、6階と12階の間を、しかもリフトで移動するだけの生活だったせいか、足腰に怠け癖がついてしまったようだ。
もう1階だけ頑張って、少し休憩しよう。
そう自身を鼓舞してたどり着いた4階の踊り場で、私は柵に背を預け、ふーっと息をついた。
あと2階分上がって、いったん部屋に戻ろう。
そこでもう一度どうするか考えればいい。
その時だった。
4階の非常口の向こう側から、何かが破裂したような音が聞こえた。
日常ではあまり耳にしないような音。
それがドンドンこちらに迫ってくる。
あ! これはヤバいかも。
すると間髪入れずに、扉がものすごい勢いで開け放たれた。
あまりの激しさに蝶番が外れ、留め具を失った扉がこちらへ飛んで来る。
!!!
間一髪避けるが、扉は柵に当たり、私がもたれかかっていた部分が大きく引きちぎられた。
バランスを崩し地面に落下しそうになる身体を、残った手すりにぶら下がりなんとか支える。
だが、そこにとどめを刺すように、塔全体を揺らすような大きな振動が連続して襲ってきた。
手すりをつかんだ右手が耐えきれず離れる。
落下しながら、ひとつ下の階の柵に左手を伸ばして触れるが、残念ながら掴みきれない。
地面に目を向ける。
落ちてしまうにせよ、もう少しスピードを落とさなければ、良くて大怪我だ。
私は腰の剣に手をかけ空中ですばやく引き抜いた。
そして地面に目がけて、魔導剣のパワー最大で打ち下ろした。
地上に到達した魔力エネルギーが地面に反射し、強い波動となって、上方向へ押し寄せてくる。
落下する身体をうまくそれに干渉させて速度を緩めた。
あとはうまく受け身を取れれば!
しかし干渉のさせ方が良くなかったのだろう。地面に着地するや否や、私は地表を這うように転がった。
「……うがぁ」
手をつき、膝を立て、なんとか起き上がる。
が、すぐに大きくふらつき、両膝から崩れ落ちた。
そこで、私の記憶は途切れてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます