2-27 主導権

 怪物アウレウムは迷路の上を慣れた足取りで駆けて行く。


 ちなみに、怪物から香る匂い―――というか魅惑の呪いの発生源に居るため私は体の自由がきかない。お酒に酔った時のようにフワフワとしていて、更にお腹も減ってきた。姿を変える気力もない。怪物に振り落とされないようにぐったりとしながらも体を預けて、おとなしくしているしかない。


(ねえ、真夜の君。この呪いってどうにかならないかな?)

(ならぬのう。無意識に呪っているみたいじゃ。こいつの私達に対する認識を変えない限りは止まらない。)


 怪物が迷路の一角に降りた。周囲には人の気配が無い。それに私の杖から伸びる光の糸も別の方角を行っているのでこの近くに先生は居なさそうだ。だが、今まで見かけなかったものを見た。


 ―――妖精


 無数の妖精が彼を心配するように、周りをフワフワと周りに集まっている。


 ―――よかった。食べられてなかったんだ。


 彼は座り込み悲しそうに金色の瞳で私を見つめている。私がぐったりしているのは彼が放っている呪いの所為なので、それを止めてくれれば元気になるのだが……


 アウレウムは私に何か言おうと口をパクパクしているが言葉にならない声が漏れ出ている。そして、以前も私にしてきたように抱きしめて頬ずりしてきた。


 前回もそうだったが、敵意を感じない。……不思議なことに身の危険も感じない。彼にとって私は何なのだろう。


 意志の疎通はできないだろうか?


 もしできれば説得して、迷宮から皆を解放できる?


(真夜の君、……この状況どう思う?)

(むう。そうじゃのう……甘えられているみたいよのう。でも恋人という感じでは無いのう……)

(私の事知っている様な素振りを見せるよね?)

(むう。知人か?)

(残念ながら知らない……)

((むぅ???))


 こんな状況でも真夜の君が居てくれて心強い。

 そしてアウレウムの様子が変化した。泣いている?嗚咽が聞こえた。


 何だ何だ何だ?


 私は混乱する。何で泣いているの?

 これは落ち着くまで話も何もできない。かろうじて動く手で怪物の頭をそっと撫でた。

 ……子供をあやすように怪物の背中もポンポンと叩く。


「よしよし……大丈夫?」


 尋ねても何も返ってこない。ただ泣きじゃくるだけだった。

 そんな不思議な時間が1時間いただろうか?彼の涙も落ち着き今はただ私の首元に顔を埋めたまま動かない。まさか眠っていないだろうね?


 ―――コツ、コツ、コツ……


 私達に近づく足音が一つ。それに気づいた怪物が顔を上げ、足音の主をその目に捉えようと迷路の先を睨み、私を抱きしめる力が強くなる。

 迷路の角から黒い人影が現れる。


「彼女に触るな。【私の元に戻れ】」


 黒髪の青年……二グルム陛下が現れた。口調は落ち着いているが声がいつもより低い。怒りが含まれていた。

 右角の装飾がちりちりと熱を帯び、私の体は溶けるようにアウレウムの腕から零れ落ちた。私が居なくなったことに驚いたアウレウムは困惑の色を表した。


 溶けた私はどろりと床を這いするりと主の元へ帰ってゆく。


 これは【服従の言葉】

 召喚獣を強制的に従わせる強い言葉を召喚士は使うことが出来る。


 彼の左小指に嵌められた契約の指輪に手を添えて人型に戻り宙にフワフワと浮かんだ。

 彼の手の甲に口づけしてチャージする。彼も魔力をじわじわと消費させられていた。


「私の所為ですまなかったね。大丈夫?何もされていないかい?生徒は近くに居た集団に預けて無事だ。」

「ええ、大丈夫です。絆に気付いて頂けて良かった。敵意が無かったので彼と意思疎通をしたかったのですが出来なくて……でも、ここ迷宮を掌握しました。」


 怪物の姿は私に抱きついている間に一回り小さくなっていた。彼を宥めながらドレインさせてもらった。その為、パワーバランスが傾き夢幻迷宮の主人が私に変わる。


 迷宮内で淡く金色に放っていた光の粒が青へと変わる。

 迷宮の記憶が私に引き継ぐように流れ込んでくる。


 ―――!分かりました。……必ず!!


 私はこの迷路の環境を変える。

 怪物アウレウムはこの迷路内に居る妖精と人の魔力を吸っていたようだがそれを止めた。

 その為、この瞬間からこの幻想内でも普段のように魔法を使う事が出来るようにする。そして……もう一つ


 ずずずずず……


 迷路の配置を変えた。私から続く光の糸が一直線になる。

 これで力を多く使ったため迷宮の主導権は怪物に戻った。魔力の供給を絶った以上迷路の形を変えるのは彼には難しいだろう。


 これを見たアウレウムは私に怒りの目を向けた。裏切られた。そんな目だ。そして彼から甘い匂いが消えた。


「ごめんね、皆と先生は助けさせてもらうよ。」


 怪物は歯ぎしりをして、剣を構えこちらに向かって走ってきた。私は主を守る為、両翼を剣に変化させ受ける。あの姿を見せられて情が移ったのかもしれない。出来れば攻撃はしたくない。


 アウレウムは私が剣を受けると思わなかったのだろう。そのおかげもあって彼を跳ね返すことが出来た。

 彼は悔しそうにこちらを見て迷路の壁の上を移動し始める。しかしそれを許さない者が居た。


 氷の槍が彼の左腕を貫く。一息置いて更に氷槍が降り注ぐ。怪物は飛び退いて氷槍が刺さった壁を憎らしげに見た後、槍を降らせた犯人を捜す。

 しかしその間にも氷槍や氷塊が彼に向かい降り注ぐ。


「皆!魔法が使える。金色の怪物に攻撃して!!浮遊で近寄り過ぎないで!」


 ルルだ、集まった生徒たちに攻撃の指示を出した。

 怪物は魔法使いに周囲を囲まれている。怪物は剣を構え、魔法使いたちが居る方へ飛び込む。近距離で攻めるつもりだが、空間に氷壁が出来てその攻撃は阻まれた。更に剣が氷に刺さり、抜こうとしている間にも攻撃は止まない。


 炎の矢が怪物に降り注ぐ。


「夢の中ならこのアイテム使い放題かな~?」


 この、のんびりとした声はチャトだ。チャト達魔装具研究室の生徒も魔法アイテムを駆使して攻撃を仕掛ける。


「この弓矢自信作なんだよ~。」


 そう言って彼女は魔法の弓矢を放った。雨のように止めどもない攻撃を受けて、怪物の様子が変わった。

 迷路の壁に上り走り出した。そして天を仰いで咆哮する。


 ア"アアアアァァァァァ!!!!


 そして迷路の奥へと怪物が姿を消す。

 するとさっきまで周囲に居た生徒や先生たちが迷路から消えたのだ。

 何が起こったのだろう!?私はブローチに問いかける。


「チャトルル、今どこ!?」


 ブローチが淡く輝き反応する。


「……いった~。今現実に戻ってこれたわ!取り残しが居ないか、起こして回って確認する。」

「ラジャ、こっちもルルと同じ~。確認するよ~。」

「負けんじゃないわよ。マヤ。」


 そう言ってブローチの光が消えた。どうやら私が迷路に居たことがばれていた。

 私達の会話を聞いていた陛下が語りかけた。


「おそらく邪魔者を迷宮から追い出したのだろう。取り残されたものが居ないか確認しながら進もう。もう少しだ。」


  

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