2-21 師弟対決

 先生の担当する授業が終わり、私は出席票を集めて黒板を綺麗にした。そして更衣室で髪を結い、動きやすい服装に着替えた。


 演習場に向かう途中ロッドを担ぐように持った先生と会ったので一緒に向かった。

 彼は私の姿を見て……


「やる気十分だな。感心感心。」

「はい……しっかり準備しないと、本当に危ないので。」


 どうか、無事に授業から生還できますように。私は自分の杖をギュッと握り締め祈るように願った。それをみて彼が私の杖について触れた。


「そうだ、マヤは杖の作成依頼を出していなかったな。」

「ええ、どの工房に依頼するか悩んでいて。この通り今は自作の簡易的な物しかもってないです。」


 ―――杖。そうなのだ。

 魔法の精度と威力を上げるためには杖は必須なのだが……私は自作した簡易的な小さい杖しか持っていなかった。


 普段は杖なしで魔法を使っているが、授業では杖が必須なので慌ててこしらえた。

 掌に隠れるコンパクトさで、以前手に入れた宝石や骨を使用して、先生に教えてもらいながら作った。ちょっとしたお気に入りだ。初級中級の魔法なら十分耐えられると先生にもお墨付きを頂いてる。


 しかしこの演習は上級魔法の入門演習なので、杖の力不足が不安になる。杖をかばいながら魔力でゴリ押せば行けるかもしれないが。効率は悪いだろう。最悪折れちゃうかもしれない。それは嫌だな……。


「短講中は自作の杖で乗り切るつもりだったので、終わったら工房に依頼しようかなと考えてました。」

「そうか、マヤはエルフの森の工房がいいだろう。あそこは魔法だけでなく呪いも強いからな。」


 そう! エルフの森。


 この世界にもエルフが居るのだ。あの耳がとがってぴんと長い。

 国の北部にエルフが住まう森が有り、妖精に近い彼らが作る杖は魔法使いの憧れの品である。ただ彼らは気難しく中々依頼を受けてくれない。中古の杖でも高値で取引されることもある。私にとっては夢のまた夢だ。


「マヤの杖もいいが、今日の演習で折れたらまずいからな。俺が昔使っていた杖だが新しい杖のつなぎとして持っててもらっていい。丈夫さだけなら一級品だ。今はこのロッドしか使っていないから問題ない。」


 彼はそう言ってホルダーから40cm程の杖を一本取り出し私に渡した。結構使い込まれている杖だ。木の自然の形を生かした杖で色は黒く紋様が彫られていた。


「ありがとうございます。今回の演習は特に不安だったので助かります!お言葉に甘えてお借りします。」

「ああ。これで演習思いっきりできるな。」


 彼は笑顔でそう言うと満足そうに演習場の講師陣の位置に付くのだった。

 私は生徒たちの後方にひっそりとついた。


 思いっきりですって? やばい……今日も彼はやる気だ。


 ◇ ◇ ◇


「ええ、授業を始める。先週までは攻撃魔法だったが今日からは防御魔法だ。氷の壁を展開して防御してくれ。じゃあ、見本をエスタ先生に見せてもらう。」


 そう言われて先生は氷壁の展開方法を使い方を説明した。

 地面から氷壁をはやす方法もあるがそれは中級までらしい。今回は空中に氷壁を展開して防御する。つまり氷魔法と浮遊魔法……重力操作魔法この使い方が肝になる。


 私も生徒の後方で聞きながら少し試す。展開する氷の厚みやどのくらいの強さで重力を操作して力を相殺若しくは逃がすか。瞬時に判断しなくてはいけないので経験がものを言うかもしれない。これは習うより慣れろだ。


 説明を聞いた後生徒たちは数グループに分かれ布が詰められたボール……運動会の玉入れで使ったような球を魔法で投げてそれを氷壁で防ぐと云った演習を行う。

 さて、私も生徒に混じろうかな……


「こっちで模擬戦を始める! 希望者は観戦してくれ。」


 模擬戦か……また先生たちで戦うのか。では私は生徒たちの補佐を……


 生徒達に混じろうと振り返ると、ぼふっと誰かにぶつかった。

 恐る恐る顔を上げると……


「じゃあ、行こうか? マヤ。」


 にっこりとほほ笑んだエスタ先生が私の腕を引き、ずるずると引きずりながら模擬戦会場へ向かい出した。なんでこの人はこの授業の時だけ気配が無いの!?

 引きずられながら彼に問いかけた。


「前回みたいに講師陣で戦うのでは……?」

「あぁ、あれな。俺とアイツでの模擬戦は先々週禁止されたんだ。だから今日はマヤを誘った。マヤとやるのは禁止されてないからな。」


 学院側の詰めの甘さを垣間見た。どうせならエスタ先生の模擬戦参加を禁止してほしかった。

 すでに先生はハイになっている。笑顔の中に狂気を感じる。や……やられる。

 模擬戦のフィールドに入ってしまった。


「では模擬戦を開始する。今日はエスタ先生と弟子のマヤさんが挑戦する。両者とも氷系の魔法を使用する事。杖を手放した方が負け。では5分間。始め!」


 始めの合図とともに先手必勝で先生が氷槍のジャブを打つ。今日の授業の要で有る防御魔法の氷壁を展開して防ぐが先生の攻撃が早い。仕方なく地面から氷の壁をはやした。中級の魔法使ってごめんなさい!!


 ギリギリのところで防いでほっとしたのも束の間、氷壁の上に人影が有った。


「実践だったらやられてるぞ?」


 彼はそう言って至近距離で氷塊を飛ばしてくる。


 ちょっと! 早いって!


 私は目の前に氷壁を出して攻撃を受けようとするが、しまった。これは厚みが薄いから破られる。威力は半減されるからもうこのまま浴びよう。


 攻撃を受ける事を前提に次の行動を取る。氷槍を準備する。

 頭をガードして氷塊を受けたけど思ったより威力は無かった。想定より壁が厚かったのかもしれない。


 攻撃を受け、すぐに準備していた槍を放った。先生が飛びのいたので

 私も広い方へと逃げる。このままではいけない。攻撃せねば。

 大丈夫……煽るくらいだから少し本気でかかろう。


 私は意を決め幾つかの氷の礫を先生目掛けて放った。

 彼は防御せず直撃しそうなものだけロッドで払いよける。


 防御しないの?授業はどこに行った。


「こんなんじゃ攻撃に……」


 私はそのつぶてを起点にとげ状に氷を成長させた。

 先生は寸前で跳躍と浮遊魔法で上に飛びのいたのでもちろん無事だ。


「ほう、面白いことするなっ!!」


 そう言って私めがけて大きめの氷槍を投げつけた。大きいけど軌道は単純だ。小さく厚い氷の壁を展開して先生の槍にぶつけて相殺させた。この槍はおそらくデコイ。

 さっきまでの私の氷壁の大きさを想定して私の視界から先生を消すのが目的だ。予想通り先生は私の左に回った。だから……


 私の左側すぐそばとその後方、二箇所に向けて槍が上から降るように展開した。

 予想通り左側すぐそばに先生が現れる。この槍をよける為後ろに跳べば詰みのはず。

 もし先生が防御したらすかさず攻撃を打ち込もう。


「いい読みをしているが、甘い。俺は逃げない。」


 そう言ってそのまま突進してきた。

 嘘でしょ? 杖狙いだ! 先生の手が私の杖目掛けて伸びてくるが


 私は後ろに倒れるように受け身を取って先生の手をかわす。

 先生も私が急に消えたのでバランスを崩して転ぶ。


 双方急いで起き上がり氷魔法をそれぞれ展開した。

 その時だった―――


「また教室の水分も持ってかれています!! いい加減にしてください!!」


 ―――!!

 私は叫び声に気を取られ、動き出しがワンテンポ遅れてしまった。

 ぱしっと手を掴まれて杖を封じられてしまった。準備していた氷槍は力なく地面に落ちて砕けた。


「気をとられなければもう少し戦えたのにな。」

「そこまで! 魔法初心者とは思えん。よくここまで戦ったな。こりゃまた叱られるぞ。えー……二人に拍手。こんな風にだな戦略的に使う事が実践では重要で……」


 叱られるほど?そう言われて驚いて周りを見渡す。


 お互いそんな派手な魔法は使ってないけど……周りを見渡すと氷の残骸の量がおかしい。明らかに想定よりも量が多い。こんなに沢山撃っただろうか?

 それに、この量の攻撃を先生はいなしたの?驚きを隠せず先生の顔を見た。


「杖を変えたから効果が倍増したようだな。気にするな。俺はあれくらいでちょうど良かった。加減はこれから覚えればいい。」


 先生は満足そうにそう言った。

 恐ろしいことを……!!


「先生が相手で良かったです。ありがとうございました。道具って恐ろしいですね……。」


 私達は握手の後、観戦者にぺこりと挨拶をして模擬戦は終わった。

 心なしか観戦していた生徒が引いている。そりゃそうだ、私も同じ立場なら引くだろう。


「おーい! 二人とも。授業が終ったら教務課へ来いってさ。」


 この後、授業担当講師、エスタ先生と私の三人はこってり叱られた。

 結論エスタ先生は模擬戦禁止。私は以前の杖を使う様にと指導を受けた。


 先生は終始ぶすっとしていた。

 しかし、これで学院の平穏は守られたのかもしれない。

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