2-20 気の緩み

 今夜で、王の催眠に通う最終日だ。二週間あっという間だったなぁ。


 私はいつも通り準備をして王宮へ向かう。妖精の体になってフワフワと飛んで向かっていた。いつもと違う点をしいて挙げれば、王都を歩き回った為か疲れている……すこしぼうっとする。

 

 そう言えば……夢の中以外でも獣の姿に変えられるかなと思い、試しに挑戦したが失敗に終わった。夢の中以外では服を変える位が限度のようだ、残念!


 ニグルム陛下の寝室に入り、椅子に座る彼と挨拶を交わす。


「こんばんは。今日もお邪魔します。顔色すっかり良くなりましたね!」

「ああ、マヤのおかけで心身ともにかなり良くなった。医師たちとも話して、来週からは城の魔術医の催眠に切り替えることになった。マヤに会うチャンスが減って寂しいが、最終日の今日も宜しく頼むよ。」


 彼はそう私に優しく微笑みかける。

 最初に出会った時とは別人のようだ。暗い影も無く、今は春の太陽のように明るく穏やかだ。私もつられて笑顔になる。

 彼は催眠にかかる準備を整え。私も位置に付き最後の催眠をかけた。

 彼はすっと眠りに入り、私も彼の夢に引きずり込まれる。


 夢の中に降り立つと風景も当初より変わった。

 曇り空のもとにさびしく佇む荒れた遺跡というイメージが、爽やかに晴れた草原の中にある綺麗な遺跡になっていた。

 二人で遺跡の階段の踊り場に腰掛け、今日も世間話をする。


「マヤ、そういえば対価は決まったかい?」


 ―――対価!!忙しくて忘れていたなんて口が裂けても言えない。全然考えていなかった。現状の気持ちだけでも陛下に話した。


「すみません。まだ決めかねていて……。ただ、陛下の命を奪うというのは候補に無いので安心してください。」

「そうか、急かして悪かったね。それに、そう言って貰えて正直ほっとしている。君は命を懸けてくれたのにね。……君さえ良ければ……」


 急に強い風が吹いた。陛下の声が風に攫われてしまった。……どうしよう聞き取れなかった。私が不思議そうな顔をしていると、彼は照れたように笑った。


「……いや、なんでもない。忘れてくれ。対価はゆっくり決めて欲しい。」

「?―――ありがとうございます。お時間頂けて、うれしいです。」


 彼は空を見てそのまま寝転がった。

 私も真似て寝転がってみた。空が綺麗だ!しかし、今日は歩き回って疲れた。こんな気持ちのいい陽気の夢だと寝てしまいそうだ……。


「なあ、マヤ。……また、こうやって話せると僕はとても嬉しい。できるかな?」

「そう言って頂けて嬉しいです。ええ、そうですね……また、こうやって……一緒に……。」


 気持ちがいい青空の元、段々と意識が遠のいて行った。遠くで陛下の声が聞こえた気がした。


 右角がほんのり温かい。


 ◇ ◇ ◇


「はっ! ―――しまった! うたた寝しちゃっ……た?」


 慌てて目をカッと開いて目に映った光景は……寮の壁だった。

 私……寮の布団の中で寝てる? 体に戻ってる―――と、言う事は?


「ひぃっ!!!!!!!!」


 声にならない悲鳴を上げて、体を起こした。そして頭を抱えながら自分の行いを悔いる。

 まさか、ニグルム様と話し中に寝落ちした?でも何で体に戻って来てるの?

 ただ眠っただけなら王宮に居る筈だし……むしろ戻された?と言う事は陛下より先に眠ったって事!?


「あーーーーーーー!!!!!」


 何たる不覚。しかも最終日になんてことを。

 ―――コンコンコン!慌てて扉がノックされる。


「どうした!?中に入るぞ?」


 どうやら心の叫びが口から漏れ出て先生に聞かれてしまったらしい……

 本当にどうしよう……。


「ぁぁぁぁ……先生……すみません……大失敗をしてしまいました……。」

「大失敗?顔色が悪いぞ。」


 それはそうだ。大失態だ。血の気が引いているのが分かる。


「寝てしまいました……。」

「は? 寝た?」


「陛下の夢の中で、陛下より早く寝落ちしてしまいました。……ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

「ん? つまり……兄貴に催眠をかけた後、夢の中で話しをしていたら、先にマヤが眠って服従の言葉でここに戻されてたと。……それだけか?」

「はい……。」


 ―――はぁ~~~~。

 彼は呆れたように深く長い溜息を吐かれた。

 私も自分に呆れています。


「バカバカしい。心配して損した。怒っていたらその場で起こして、何か言うだろう。それをしなかったと言う事は怒って居ない。もとより、それくらいじゃ兄貴は怒らん。マヤの正式な仕事は現実の兄貴を眠らせるまで。そこから先は非公式だ!」

「はい……」


「ったく! いくら見知った仲とはいえ無防備過ぎだ。気を引き締めろ。―――そうだ!気を引き締めるために、今日の魔法実技の手伝いにマヤも来い。」

「ひぇっ……」


 魔法実技は以前先生が演習の手伝いに行っていた授業だ。先生同士の模擬戦が過激すぎて学院サイドに怒られた前科が彼にはある。


 ―――それとこれとは話が違うのでは??

 自分の頬が軽く引きつっているのが分かる。


「返事は?」

「はい。」


「今日は戦闘向きの着替えを持ってこい。じゃぁ頼んだぞ。」


 彼はそう言って部屋を出て行った。

 まずは、この演習を無事にこなすことに集中しよう。

 この演習を無事にこなさないとニグルム陛下への謝罪が出来なくなってしまう。

 今日も疲れるぞ。

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