第19話
ファルケ伯爵家の長男として生まれたシオンは幼少の頃から優秀だが、物事に興味関心を持つことがなかった。
そんなシオンが初めて強い興味を抱いたのが六歳の時に生まれた妹のルフィナだった。庇護欲が芽生えたシオンはルフィナの面倒を見ることに熱意を注ぎ、大事な妹を守るためにより一層勉学に励み社交や話術、人間関係を学んだ。
そんな天使のような愛らしい妹は、シオンに贈り物を届けるため学園に来た際、偶然出会ったクロードに礼儀正しく挨拶したにもかかわらず無視されたらしい。
急いでいたとか、聞こえなかったとか理由があるのかもしれないが、それでもルフィナを泣かせたことに変わりはなく、その日からクロードはシオンの敵になったのだ。
「……筋金入りのシスコンね」
アンナの呟いた言葉の意味は分からなかったが、何となく予想がつく。
妹を大切にしているだけなのに、呆れや嫌悪の表情を向けられることが多かったからだ。これまでも婚約者候補がいないわけではなかったが、シオンがルフィナを大切にするあまり嫌がらせをしようとしたり、シオンの気を惹こうと必死になったりと碌なことがなかった。
「ある意味愛情深いってことなのよね。意外なのに何だかシオンらしいと思うわ」
軽やかな笑い声と柔らかな表情は完全に不意打ちで、シオンは僅かに顔を逸らす。アンナの前で感情を出すのは得策ではない。
(これで完全に無自覚とか、本当に質が悪い)
パーティー会場で近づいたのは、完全にクロードへの嫌がらせのためだったのに、まさかクロードの宝物がこちらに飛び込んでくるとは思わなかった。
令嬢に難癖を付けられているところに割って入って、好印象を与えるはずだったのにあっさり見抜かれたのは予想外だったが、小気味良く感じている自分がいた。
アンナもまた別の目的があってパーティーに参加していることを知り、わざわざ別日に機会を設けたのはこの場で終わらせるのが勿体なかったからだ。
わざと興味のない風を装ったが、生い立ちを聞けば聞くほどちぐはぐでパーティーの時に見せた冷静さと思考回路が目の前の彼女と一致しないのだ。
(嘘を吐いている、というよりも何かを隠しているだけか)
洞察力には自信があったし、アンナはあまり隠し事が上手ではないらしい。秘密を守るにはなるべく話さないほうが良いのだが、事情を説明せざるを得ない状況のため難しいのだろう。
(それにこの子はクロードのことが好きだよな?)
客観的に事実を述べているのだが、それでもクロードについて語るときにはその声に瞳に切なさが滲むことにどうやら本人は気づいていないらしい。
通常であれば相手にせずに切り捨てるところだが、何だかもやもやするし彼女が隠している何かを知りたいと強く願う自分がいた。そういう直感は馬鹿に出来ないとシオンは思っている。
聞き出すための算段をいくつか頭に浮かべたものの、どこか投げやりに、そして挑むような瞳でアンナが語ったのはシオンの予想をはるかに上回るものだった。
(別の世界……入れ替わり……あり得ないような話だけど、彼女は嘘を吐いていない。ならばこれは本当にあった出来事なのだろう)
ぞくりとしたのは心が動いたせいか、それとも本能的な恐怖からか。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございました。ご期待に添えず申し訳ございません」
シオンが静かに動揺を宥めているうちに見切りをつけたのか、暇を告げて立ち去ろうとするアンナだが、シオンはもうアンナに興味を持ってしまったのだ。
「まだ帰るのは早いよ。今後の話が終わっていないからね」
クロードへの嫌がらせも兼ねているとはいえ、すぐに婚約することを思いついた時点で無意識に望んでいたのかもしれない。
打ちひしがれた様子のクロードに溜飲を下げたものの、それよりもアンナの様子が気になって仕方がなかった。表情を変えずに淡々とクロードにぬいぐるみの返却を要求するアンナが痛々しく感じたのは何故なのか。
その理由に気づいてアンナの部屋を訪れて声を掛ければ、堪えていた感情を涙と一緒に零す。
(自分の気持ちよりも元の身体の持ち主の気持ちを優先するなんて、まったくお人よしにも程がある)
心の中で悪態を吐きながら、シオンはアンナを抱き寄せたい衝動から目を逸らしていた。行動に移してしまえばまだ感情の整理がつかないアンナは距離を置こうとするだろう。
焦らなくても一年間の婚約期間のうちに、心を傾けてもらえばいいのだ。
(愛情深いと言われたし、身を持って体感してもらおうかな)
その行動に対するアンナの反応を想像して、シオンは見えないようにひっそりと笑みを浮かべたのだった。
彼の過ちと彼女の選択 浅海 景 @k_asami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます