鉄、巫女、異世界◆妹が人食いでも神社経営がはかどれ(願望)

Chromehalf

『人食いの化け物と姉妹になろう』編

1.大晦日の半端巫女となんか毛むくじゃらでちんちんついてるやつ

 大晦日おおみそかの夕暮れ、半端な月が昇る頃。

 神社の境内でマキタのブロワーが唸りを上げる!


「ヒャッハー!」

 最ッ高の気分だ!

 だって巫女なんだよ? わたしはいま、巫女として参道を掃き清めているんだ!

 たとえ使っているのが箒じゃなくても!

 たとえ着ているものがラズベリー色のダウンジャケットでも!

 たとえ忙しい時期だけ駆り出される実家の手伝いバイトでも!!


 ……やっぱり、箒がいい。


 バイトなのはしょうがないけど、さすがにブロワーは巫女っぽくないよ。

 巫女といえば竹箒でしょうが。


 じゃあどうして、うちの神社がホームセンターと仲良しかっていうとね。

 うちは町中まちなかの神社としては敷地が広くて、いわゆる鎮守の森が小中学校のグラウンドとかオリンピックプールくらいある。

 それを普段は神職と巫女のふたりで回しているんだから、ちょっとくらい効率化しないとやってられないわけだ。

 忙しいときだけ投入されるわたしに、箒を使う暇はないってこと。


 一方で、厳格な運営をしていないおかげでジャケットを着られるのは助かる。

 こんな寒い日に、薄っぺらい紅白なんか着られるか!

 去年の例大祭の準備でわたしが暴れたので、下に装束を着ていればジャケットOKになったのだ。

 ますます半端巫女だけど、寒いのはしょうがないじゃないか。


 でも。


 わたしに氷水で身を清めるくらいの覚悟があれば、もしかしたら正式な巫女になれたのかもしれない。

 今の巫女ならそのくらいやってのける。


 わたしは、巫女以外の進路を想像できず、他の『やりたいこと』についてしばらく考え込んでしまった。

 ペットの調教師とか、宝飾系とか、憧れはたくさんある。けれど、そういうのはいくら考えても具体的リアルな『やりたいこと』になってはくれないのだった。


 さ、掃除しよ。





「あらぁーミミちゃん今年もお手伝い?」

「そうなんですぅ~」

「将来は巫女を継ぐのねぇ」

「んふふ、どうでしょうねぇ~」

 ふたり連れでひやかしに来た近所のひとには、営業スマイルで対応する。

 呪ってやる。

 そういうのあんまり信じ込むタイプじゃないけど、とりあえず呪っておこう。

 ふたりはそのまま参道を通り、拝殿前で色々と準備中の神職をひやかしに行った。



「すいませーん、北岩代から来た者なんですけど、参拝はどちらで?」

 今度は10人くらいの団体さん。

 北岩代といったら、隣町の隣町の隣町くらいの距離だ。


 うちには本来の祭神のほかに、よそから左遷されてきたような神様がいる。

 そういう左遷組をまとめてしまえば色々と楽なのだろうけど、うちの方針でそれぞれの御神体を別々に祀ってある。


「えーと北岩代はたしか、ここから拝殿の左側をかすめてまっすぐ行ったところですね。来歴のプレートがあるので、間違えることはないと思います」

 こういう参拝客は大抵、なぜか肝試しに来たように腰が引けている。

 この団体さんも、顔を見合わせたり頷き合ったり、誰が先頭を行くかで少し揉めてから目当てのお社に向かった。



 それから、ちょっと気合いが入った、学生風の仲良しグループ。

 新年まであと7時間はあるから、カウントダウンが目的なら早く来すぎだ。

 派手に騒ぎそうに見えるけれど、喋りに夢中で声が大きくなったら、仲間の誰かが合図をして声を落とす。


 そりゃ当然だよね。

 だってこの神社には、出るのだ。


 巫女が……


 うん、巫女。この神社の正式な巫女で、わたしのお母さん。

 ちょーっと都市伝説めいて色々と言われているおかげで、参拝客もおとなしいもんだ。


 だけど、ちょっとだけ気づかいが足りない。

 仲良しグループがいるのは手水鉢の前で、通り道を半分塞いじゃっている。

 巫女が見たら『やんわり』とたしなめられているはずだ。

 だが、 今日の巫女はひとりじゃないのだよ。

 唸れマキタ!

「どけどけー、巫女のお通りだーっ!」

 なんて言わないけれど、進路を邪魔する学生の群れを真っ二つにする勢いで、わたしは参道を『掃き清めて』いった。





 月が高くなるにつれて、雪がちらついてきた。

 白くなりゆく鎮守の森とは対照に、降るなり雪の溶ける参道が、鳥居と拝殿を結んで鮮やかに浮かび上がらせている。


 拝殿前では神職が祭具を並べて、最終チェックをしていた。

「掃除、終わったよ」

「おうよ」

 報告する。

 神職はこの神社の宮司トップであり、わたしの祖父おじいちゃんでもある。


 普段はこんなに神職らしくない人もいないのだけれど、こうやって装束を隙なく着こなしていると、立派な宮司に見えてくる。

 曰く「何事も威勢だぞ、められちゃいけねえ」らしく、どの祭具もピカピカに磨かれて、重厚な木の台にのっていた。

 たしかに、この着こなしと祭具を見れば、資質を疑うひとなんていないだろう。


「鳥居の前もやったか?」

「階段は昼前にやったよぉ。見てたでしょ、高圧洗浄機でがーっと」

「そうだったな。それじゃ次は……」

 装束の袖から腕時計が出てくるのがちょっと面白い。

「ちょっと休憩したらよ、あいつを呼んできてくれ」

巫女おかあさんだよね? わかった」

 それというのも、巫女には電波が通じないのである。





 プレハブの戸を引いて、社務所に入った。


 社務所は神社の事務所と紹介されることが多い。

 たしかに事務作業もするけれど、だいたいの神社ではおみくじとか絵馬を提供している場所も社務所の一部だったりする。

 うちの場合、そういう細かい神社アトラクションはセルフサービスなので、社務所のほとんどが休憩室になっている。

 冬場は入ってすぐコタツだ。


 今日は誰ものんびりする暇がないので、飼い犬のために赤外線ヒーターだけつけてあった。

 中型犬だから大丈夫だろうけど、念のためね。


 その犬は、ヒーターの前にヘソ天で寝転がったまま、コタツから垂れ下がるサツマイモの皮を食べようと腹筋みたいな動きを繰り返している。

 バカ犬め。名前はタロー。

 わたしが昔、妹が欲しいと騒いだときに、お母さんがどこからか連れてきたのだ。

「うぉー、ちんちんついてる」

 タローをひっくり返してぼやいたのを憶えている。というか、お母さんが今でもからかってくる。


 あれ?


 床に、お祖父ちゃんが定期購読しているバカ高い科学誌が落ちていた。

 シルバー割引で98%引きだと言っていたけれど、それでも安くはない。お祖父ちゃんもそこそこ丁寧に扱っていて、いつも必ず小型冷蔵庫の上に置いてあったはずだ。

 拾い上げてみると、犬の歯形がついていた。


「タロー、なんか言ってみ?」

 見るといつのまにか腹筋をやめて、死んだふりをしている。

「ま、わたしのじゃないし、破ったりもしてないから、いいけどさ」

 いいけどさ、の『いいけ』くらいで、タローがバッと反転して起き上がり、水に濡れた犬みたいに全身を震わせる。

「おいコラぁ」

 そしてまた死んだふり。


 科学誌はとりあえず冷蔵庫の上に戻しておいた。

 小型っていっても、この冷蔵庫1メートルちょっとはあるよなぁ……

 コタツくらいしか踏み台になるような物がないけど、跳べるか? この高さ。


 ついでにアイスバーも取り出した。おなじみ安くてシマシマのやつ。

 これ食べ終わるまで、ちょっと休憩。

 アイスのフィルムをはがして、コタツそばのくずかごに捨て――

 ――背後から、たたっ、とタローの足音。

 あ。

 振り返るより先に、背中にドーン! と衝撃が走って、壁までふっとばされる。手をつくときにアイスを取り落とし、そのアイスを空中キャッチするタローが視界の端に見えた。


 油断した!

 そう、油断したのだ。

 タローはこういうヤツだ。ただ、襲撃と襲撃の間をたっぷり開けるせいで、なかなか避けきれない。

 焼き芋のときは襲撃期間を空けずに正面から来るから、わりと対処できるんだけど。

「それチョコ入りだよ」

 タローは構わずアイスを貪る。


 普段はおとなしい犬なんだ。

 ときどき突進して食べ物を奪うのも、よその人にはしたことがない。

 だったら生まれ持った個性ってことで、無理に矯正しない。いつかの家族会議でそう決まっていた。


「タローがうらやましいよ。いつも前のめりでさ」

 その結果、よく変な物を食べて苦しむとしても、タローはいつも楽しそうにしている。

 まあ、大した量でもないし、無理に吐かせなくたっていいか。

 もう一本アイスを取り出して、休憩をやり直すことにした。





 冷たいコタツで休憩していると、装束を着ているせいか進路の悩みがぶり返してきた。


 わたしも進路についてはいろいろ考えた。なにか相談するたび、お母さんはいつだって『好きになさい』と肯定してくれて、そこにお祖父ちゃんが『具体性が見えねえな』とダメ出ししてくるパターンだったんだけど、このあいだお母さんに巫女になりたいと言ったら、途端に『やめときなさい』だ。

 あのあと祖父ちゃんは『この神社は面白いぞ』と言ってくれたけど、お祖父ちゃんに『具体性が見え』たんだとしたら、お母さんにはいったい何が見えたんだろう。


 巫女の考え方はよくわからない。

 そもそもお母さんとわたしでは似ている部分のほうが少なかった。

「見た目はわたしのほうが巫女っぽいと思うんだけど」

 タローをつついて同意を求めても、迷惑そうにするだけ。

 お母さんは癖っ毛で背が小さい。普段は愛嬌があるというか、表情のひとつひとつが大きくて、マスコットみたいなところがあった。


 問題は中身なんだろう。

 わたしも、なんでダメなのか詳しく聞ければよかったんだけど、あれからなんとなく話を切り出せずにいる。


 足りない部分は巫女になってから補えばいいじゃないか。

 もしかしてこういう考えがダメなんだろうか。

 それとも……


 気付くとアイスはとっくになくなっていて、わたしは残った棒を歯形だらけにしていた。

 きっと今は、これ以上考えてもダメなんだろう。

 よし、休憩終わり!

 あー、逆に疲れた気がするよ。

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