恋の啄み

志央生

恋の啄み

 何事においてもタイミングというものは大切である。一度でも仕損じてしまえば二度目は永遠にやってこない。そう、どんなこともタイミングさえ読み切れば事はうまく運ぶのだ。

「で、いつになったらキスするの」

 人の声があちこちから聞こえる中で私の眼前に座る男はため息まじりにそう問いかけてきた。酔いの出来上がりを待たずしての言葉に「いきなりだな」と返して手元の酒を飲む。

「いきなりも何もないだろう。お前が付き合い出してから三ヶ月、事あるごとに惚気を聞かされているのは俺だ。なら、少しくらいお前の恋に口出しする権利くらいあるはずだ」

「そんな無茶苦茶な論理で権利を主張されても困る。確かに話は聞いてもらっているが、それだけで人にキスのタイミングを決められるのは違うだろ」

「なら、今お前らの状況を言ってみろよ」

 そう言われて私は口を噤んだ。その指摘は深く刺さるほど痛いもので、付き合い始めて三ヶ月が経つが私と彼女の関係は少し冬を迎え始めている。

「何も言えんだろ。お前は付き合う前からタイミング、タイミングって口にして逃げ腰のところがあった。それが付き合ってからも出ているんだよ」

「なっ、それはこじつけが過ぎますよ。タイミングを見ることは大事ですし、それを逃げる言い訳にしているつもりはありません」

「それ本気で言っているのか。俺はお前から聞かされる惚気話を聞いた結果、そう結論を出したんだがな」

 彼は酒を一気に飲み干してから私を睨むような目つきを見せた。

「いいか、今時は小さい子供でも恋愛するんだぞ。そんな中で子供と同じ思考レベルでデートしているお前を逃げ腰と言わずして何と呼ぶ」

 思ってもいなかった言葉に私は声を出せなかった。自分が考えうる最大のデートが子供のレベルと同じだと言われたのだ。認めたくない事実に頭が受け入れを拒否する。

「大人な恋愛とは言わないが、もう少し男を出したらどうだ」

「そんなこと急に言われても」

 言葉尻が小さくなりつつ私は自信が持てなかった。それを察してか彼は手を叩いて最初の言葉を口にする。

「そこでキスするんだよ。まぁ、いきなりでハードルが高く見えるし逃腰になるのはわかるが、それを乗り越えればきっとうまくいくさ」

 そう声高らかに言って笑顔を見せる彼に私はなんとか笑みを作って返す。まだ、手すらに握ったことがないことを内に秘めながら。

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恋の啄み 志央生 @n-shion

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