みらいのふくのみらい

阿下潮

星の誕生

 仮想現実はもはやただの現実となり、服をかたちづくるものは繊維から情報へなりかわった。


 人は多層的に重ねられた複数の現実の中で生きている。複数の取捨選択の果てで、物理的衣服を脱ぎ捨て、情報的衣服をまとって生活を送ることが一般化した。

 もちろん人としての尊厳を守るため、最低限の下着は身につけている。が、その上にきかざっているのは、常時演算され全方位に認知作用させるデータの衣類だ。

 産まれてすぐに多層現実の受信装置を眼底に装着することが義務づけられたのは四半世紀ほど前のこと。産婦人科医に情報工学の技量は欠くことができない。

 いまどき新生児のお祝いに贈られるベビー服は、ブランド物の情報的衣服が主流だ。デジタルドレス世代が中心となった現代、王様は裸だ、と指摘できる子どもはもういない。みんな、裸だからだ。

 

 素材が物理から情報へと遷移したことにともない、服は重さから解放された。その結果、巨大化の傾向が進んだ。大きければ大きいほど、センスがよく、かわいくて、強い。

 服の素材たる情報量が増えれば、通信量も増える。黎明期には、情報量の増加に追いつけず、通信が遅くなることがあったらしい。身の丈にあった服を着ないといけないのは今も昔も変わらない。昨今は機器の高度化とインフラ整備によってこの問題は解消されている。

 より大きな服を着ている者がより小さな服を着ている者を見くだす構図が社会的によく見られる。学校では服の大きさでカーストが定まり、会社では社長より大きなスーツを着た社員が左遷された。

 自分をより強く、より上位の存在だとアピールするための手段として、自らのシルエットを大きくする。火星の開発が推進される現代において、ごく動物的で原始的ともいえる選択をする人間が多数派であったことは、非常に興味深い。


 こうなると権力者はひたすら服の巨大化に力をそそぐようになる。

 ある県知事は国政にうってでるタイミングで、国会議員の標準的なサイズを超える大きさの服をしつらえ選挙にのぞんだ。具体的には三大都市圏の一つを占める面積ほどの大きさである。しかし、その情報をあらかじめ入手していた都知事がさらに倍の大きさ(三大都市圏ののこり二つ分)でむかえうったため、野望をいだいた県知事のジャイアントキリングは達成されなかった。

 この結果を受けて、為政者の権力の大きさと服の大きさは比例するものであるという認識が、広く社会に浸透することとなった。なお、時の内閣はさらに倍の大きさの勝負服を用意していたため、ひそかに入閣を目指していた都知事の目論見ははずれた。


 服の巨大化の流れはこの国に限った傾向ではなく、全世界で同時並行的に多発していた。

 ある大国の最高宰相は、敵国への武力侵攻と交渉をすすめながら、自らの服の巨大化を隠密裏に遂行した。拡張したその服で国境を越え、隣国を飲み込んだ。我が服は国民とともにあり、国民の服は我とともにある、とうそぶいた演説は数十年後の教科書に掲載されることになる。

 別の国では、磐石とされたセキュリティがテロリストにやぶられ、時の大統領は文字どおり丸裸にされ失脚した。新大統領はより巨大で堅牢な服をまとい、国をまとめあげることに成功する。テロリストと袖の下でつながっていたという噂もあったが、今ではその袖も海をわたるほどの大きさとなった。


 そうして服は膨張し続け国家となり、今や一つの星となった。

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