歳徳神
やざき わかば
歳徳神
ここは天界と地獄界の境目。年末年始を目前にして、忙しさもピークのようで、神、天使、悪魔があたりを駆けずり回っている。
通常、彼らは担当する地域が決まっており、その担当地域によって忙しさが変わってくる。そして、年末年始は一年で最も忙しい時期であり、天界と地獄界が上を下への大騒ぎとなるのである。
さて、その中でも担当地域が「日本」である彼らは、他の地域よりも多忙さが抜きん出ている。その忙しさで脱落者が絶え間なく、人員の確保もままならない。
「なぁ、そろそろ年が明けるけど、『歳徳神』係の人数は足りているのか?」
「いや、全職員総出であたることになっているけど、まだ少し足りていないらしい」
「日本の全地域、全戸数を回らなければならないんだぞ。大丈夫なのか…」
何故「日本」がそこまで忙しいのか。それは日本人が「お祭り好き」であることが原因となる。
大きなお祭りとしては、正月に始まり、「追儺(ついな)」という儀式を由来とする節分の豆まき、バレンタインデー、桃の節句、ホワイトデー、灌仏会(かんぶつえ)、端午の節句、七夕の節句、各地の夏祭り、お盆、重陽の節句、ハロウィン、新嘗祭、クリスマス等々…。
元々が多神教で、包容力のある神道が生活に根付いているために、宗教に寛容である日本人は、次から次へと他宗教のお祭りを取り入れてきた。お祭りどころか、各宗教の神なども別け隔てなく接してきた。
結果、日本を担当する神々や天使、悪魔たちが忙殺されることとなったのである。
この「歳徳神」とは何か。別名を年神様、正月様といい、年が明けると山から降りて来て、各家に新年の幸福を与える存在である。
今までは祖先の霊たちがその役を担っていたが、核家族化や、出身地とは別の土地に移り住むことが当たり前となった昨今、彼らだけでは手に負えなくなってしまった。
つまりは、年明けの瞬間から朝までに、日本全国、全都道府県、全市町村、全戸をまわって福を配っていくという、スピードと物量がものを言う仕事をしなければならないのである。
歳徳神の詰め所を覗くと、みな一様に緊張の面持ちである。当然だ。年明け一発めの仕事、仕損じるわけにはいかない。椅子に座り精神を落ち着かせる者、他の業務に追われながらも度々詰め所に来る者、開き直ったと思いきや、すぐ顔を青くする者…。
落ち着かないのも当然だ。あと数時間で、彼らは過酷な仕事に飛び込んでいく。
人間風に言えば、彼らはブラック企業の社畜だろう。だが、忙しさに脱落する者はいるが、意地でも日本担当を離れない者も多い。
それもそのはず。
彼らの報酬は天界、地獄界からも支払われるが、一番の報酬は、人間からこぼれてくる「信心」である。
日本は宗教のごった煮と言って良いほど、あらゆる宗教的イベントが用意されている。とくに神々を信じているわけでもない人々が、お祭りに触れ楽しむことにより産まれてくる、敬虔ではないが自然な「信心」。
これが彼らにとっては素晴らしい報酬となるのだ。
さて、日本の…、いや、世界の「一年」というものは、我々現世に住む人間だけでなく、彼ら神々、悪魔、妖怪に物の怪といった、違う世界に住んでいる者たちも協力して作り上げている。
今年もそろそろ終わる。また来年も、幸も不幸もあるだろうが、恙無く過ごしていける年でありますように。
本年はありがとうございました。
また来年も、よろしくお願いいたします。
歳徳神 やざき わかば @wakaba_fight
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